2016 再開祭 | 婆娑羅・1

 

 

「・・・妙だ」
大護軍の声に部屋内の兵はそれぞれ深く頷いた。
祠前の見張りの兵舎。
窓外の木々は俺達の心そのままに、左右へ波打つように揺れている。

ざわざわと揺れる裸枝の立てる大きな音に、大護軍の溜息が混じる。
「こう頻繁に」
「しかし、目の前であの男が天門から出て来た以上・・・」

あの天門から俺達の目前に吐き出された男。
今まで見た事もない、鮮やかな金色の髪。
大護軍が医仙をお迎えした折に天界から持ち帰った透き通る盾とは違う、到底盾には使えぬような小さな板を小脇に抱えて。

そして大護軍の不機嫌の理由はそれだけではなかろう。
目を離す訳にも行かず、かといってそのまま返す訳にも行かず。

一先ず兵舎へ連れ込んだ男は部屋の隅、事もあろうに医仙と同じ卓で向かい合い話に花を咲かせていた。

「カイくん」
「はい」
「・・・韓国人、よね?江南、奉恩寺って言ってたし」
「当然でしょ?」

カイと呼ばれた男はきょとんとした目で医仙をじっと見た。
「ここはどこ?時代劇のセットですか?すげえ手が込んでるけど・・・奉恩寺で撮影中だったとか?気付かずに紛れ込んだのかな」

その目。俺達は誰一人として、そんな真直ぐに医仙に対面する度胸はない。
無論、そんな暴挙に出ても医仙は決して無礼だなどとお怒りにはならんだろう。
俺達が懼れるのは医仙ではなく、唯一人。

「・・・チュンソク」

地を這うような唸り声。
天人二人へと逸れて行た視線を戻せば眉間に深い皺を寄せ、麒麟鎧の両腕を硬く組み、半ば目を伏せた彫像のような横顔。
軍議の卓、最上席の椅子に腰掛けたまま眸だけが上がる。

「返す」
心を決めたようそれだけ言って大きな両掌を卓へ付き、大護軍が椅子を立つ。
「カイ」
「何?チェ・ヨンさん」

チェ・ヨンさんと呼ぶ軽々しい声に、部屋中の兵らが騒めいた。
憧れ、追い駆け、尊敬し、慕い、この人の為なら喜んで命を懸ける。
そんな大護軍を初対面で軽んじるような態度に、部屋中に兵らの敵意が渦を巻く。
・・・何処まで怖いもの知らずなのだ、天人と言う方々は。
天界からいらしたばかりの頃の、医仙の態度を思い出す。

そんな俺達を往なすように手を上げると、大護軍は上げたままの指で荒れる窓外を指差した。
「帰れ」
「あ、もういいの?無罪放免・・・って、別に俺悪い事してないけどね」

カイという男はあくまでも気軽に言うと、がたりと音を立てて医仙の向かいの椅子から立ち上がった。
「じゃあ、帰るんで」
そして最後に医仙へと視線を移し
「よく判んないけど、多分部外者に言えないような事なんだよね?俺もこの後すぐ出国するし、誰にも言わないから安心して良いです。
その代わり・・・って言ったらなんだけど、もしもこの後誰か来て何か尋ねられたら、俺の事だって判っても知らんぷりしてくれませんか」

医仙は意味が判らないように
「・・・うん、もし・・・もし万、万、万が一、そんな事が、あればね」
そう言うだけに留まり、瞳が無言のままの大護軍を見た。

男は話は済んだとばかり肩を竦め、四方八方に乱れた金の髪を後ろで纏め、腕に嵌めていた紐で器用に結ぶ。
胸を過った、何処か懐かしい姿。
あの時王命を受け、丁度今目の前のあの開いた天門をくぐり、医仙をお迎えに行った頃の大護軍。

あの頃の大護軍よりも今のこの男は幾つか年若だろう。
髪の色も無論違う。大護軍がこんな金の髪になどなる訳もない。
そしてよく見比べればカイという男は大護軍よりも少し小柄だ。
それでも後ろで纏めた髪が似ている。あの時医仙をお迎えに出た頃、今より少し年若だった隊長に。

男は卓の足許に置いていた袋を肩へと掛け直すと小さな板を小脇に抱え、飄々とした足取りで扉を出た。
あの門を潜るまで見届けない訳にはいかん。部屋の俺達も大護軍を先頭に、その背に続いて扉を抜ける。

カイという男は俺達が背についても、振り向きもせん。
線は細く年若いが、妙に度胸は据わっているらしい。そんな処までがあの頃の隊長によく似ている。
男は続く俺達を特に気にするでも、かといって意識して無視するでもなく、門から真直ぐ天門へ向かい最後にくるりと振り向いた。

「じゃ!」
「・・・うん、えーと・・・気を付けて、ね?」
医仙が言い淀む声に大きく笑んで頷くと片手を挙げて
「チェ・ヨンさん、お邪魔しました」

そのまま俺達の視線の中を、真直ぐ光の中へ歩いて行く。
あの日の隊長のように迷いなく。

全てがそっくりだった。男の様子はあの日の隊長を思い出させた。
天門は烈しく光っていた。風は音高く吹いていた。

そして呼び寄せられるように天門へと向かったカイは眩しい光の前、初めてあの日の隊長とは違う目に遭った。

天門に吸い込まれる事なく弾き飛ばされ、もんどり打ち地へ転がり。
その脇に抱えていた小さな板が腕から離れ、底に付いた車輪が地を滑り、奴の行方を見ていた先頭の大護軍の軍沓の爪先に当たってようやく止まる。

 

 


 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

3 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    エッ?
    天門の渦に入れない?
    弾き飛ばされた?
    …と、言うことは、天が、その男の入ることを認めていないということですね。
    キチョルみたいに…
    でも、このまま高麗に残ることを、ヨンは嫌がっている。
    だって、ウンスと馴れ馴れしく話すし。
    ヨン、絶対に嫌ですよね!
    この金髪染め男、穴に入れないほど悪い男?
    ウンスに近寄らないでー。

  • SECRET: 0
    PASS:
    ヨンは明らかに 不機嫌ですね
    ( ´艸`)
    まだ 事情がわかってない カイくん
    ウンスもドキドキ~
    様子を伺いつつ… 帰れるものなら帰っていただきましょう。
    あ… 弾かれちゃた!

  • SECRET: 0
    PASS:
    なんだかワクワクする様なお話の始まり方ですね^^
    このカイ君のモデルは、もしかしてEXOのカイ君かな?
    さらんさん、KPOPに詳しそうなので、そうなのかな~って思いました(*^▽^*)
    今後の展開楽しみにしています♪

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です