2016 再開祭 | 木香薔薇・丗肆

 

 

「じゃあ、お願いね?」
「はい」
タウンさんがしっかり頷いてくれたのを確かめて、今忍びこんで来た裏口からもう一度外に出る。

母屋の日陰になった裏庭。
砂利の音がしないように細心の注意を払って、母屋の庭の声がどうにか聞こえる角まで戻る。
角から目だけを出して確かめると、お盆を運んだタウンさんが台所のドアを開けて
「大護軍、お茶はいかがでしょう」

本当にさり気なくいつもの声で聞きながら、持ったお盆を縁側に音もなく置いてくれた。
うーん。お芝居が上手なのか、本当に大したことじゃないって思ってくれてるのか。多分前者ね。

あの人がテギョンさんを促して、二人が並んで縁側に座る。
何しろどっちも背が高いし、足も長い。縁側に深く座られると、その膝から先だけしか見えなくなる。

でもこれ以上は近寄れない。隠れられる場所もない。
ただでさえさっき使った板を返すために庭を離れる口実が出来ただけで、ラッキーだったんだもの。

あの人は気分はよくはないと思う。もしもテギョンさんがまだ私について、あれこれ言ったとすれば。
でもチャンスは今日しかない気がする
テギョンさんが1人で、あの人に会いに来てくれるなんて。

最初に驚いたのは、テギョンさんの足首の回復具合を見るためのあの人の手法。
21世紀のスポーツ医学やリハビリ医学と変わらない。
靭帯の回復度合いの確認方法、可動域の確認。
本当はそういう医学知識を持ってるんじゃないの?って思わず疑いたくなるくらい。

捻挫から2週間足らずであそこまで回復してるテギョンさんもすごいけど、あの人の的確な判断能力にはもっとビックリよ。
そしてそれを黙々とこなすテギョンさんとあの人の間に絆っぽいものを感じたのは、あの人が板に乗るテギョンさんに渋々ながら手を貸した時。

私が触るよりマシだって思っただけかもしれないけど、今しかないと思った。
カウンセリングで一番大切なのは、お互いの間の意思疎通。
患者がカウンセラーに心を閉ざしたら、絶対に上手くいかない。
あの人が心理学を勉強してない以上、逆もしかり。
あの人がテギョンさんと話をする気にもなれなかったらおしまいだって心配してたけど、ああやって手を貸したり、並んで座ってくれるなら。

私は神様に祈る気持ちで、その場にこっそり座り込む。少しでもあの2人の会話が聞こえるように。
万一揉めたら、何気ない顔でいつでも止めに飛び出せるように。

私が聞くより、あの人が聞いた方がいいと思った。
あの人が辛抱強く聞くかどうか、テギョンさんが素直に話すか、どっちも自信がなかったけど。

キム先生が、そしてあのお付きのソンヨプさんが、たとえ周りの誰がなんて言おうと、テギョンさんが私を好きだとはどうしても思えなかった。
そして好きだって思われても、私は断る以外の道は選択しない。
それが分かってる以上、どこまで係わるべきか。

きっとイヤだろうなと思った。好きです、ごめんなさいなんて会話、交わせば交わすほどお互いに気分が滅入る。
言う方も嫌だろうし、断る方だって嫌だし。

どこまで関わる事が許されるんだろう。
どこまで患者に関われば良い医者で、どこで見限れば悪い医者なんだろう。
まさか高麗に来てまでそんなことで悩むなんて、思ってもみなかったけど。

医者である以上、救える外傷や病気なら救護救命は当然。
だけどそれ以上のレベルになったら?
あの人が苦しんだような心の傷は、たとえ程度は違っても、今の時代のみんなが多かれ少なかれ持ってる。
あまりに容易に人は死ぬ。21世紀なら救える傷や救える疾病で。
あまりに頻繁に戦が起こり過ぎる。その規模に大小はあっても。

自分の親が、子が、兄弟が、姉妹が、大切な家族の誰かが。
恋人が、友達が、仲間が、慕ってくれた部下が、信頼した上司が死んでいくのを目にして、心に傷を負わないなんて無理。
その心の傷をどこまでケアすれば、良い医者になれるんだろう。私の体は1つしかないし、1日は24時間って決まってる。
どんなに慣れたって錯覚しても私は21世紀で生きてた人間で、その心の傷をどこまで理解してるか、本当のところ自信もない。

あの人の心も体も守れるように、もしも傷つけば癒せるように。
そう思うだけで精いっぱいの私が、あの人以外の他の患者を一体どこまで救えるんだろう。

まさにars longa, vita brevis 人生は短く、術のみちは長い。
人生は短く、術のみちは長い。機会は逸し易く、試みは失敗すること多く、判断は難しい。
さすがヒポクラテスは先見の明があったわ。

そう思いながらじっと傾けてる2人の声。
テギョンさんは、思った以上にあの人に心を開いてる。
自分のこと、弟さんのこと、周囲のこと。私には言わなかったそんな話を、あの人には素直に伝えてる。
それより驚いたのが、不愛想ながらあの人がひとつずつきちんと答えてること。

テギョンさんの口ぶりからあの人を尊敬していそうだったし、少なくとも育った家庭環境は似てるかなあと思っただけだったけど。
そしてテギョンさんは言った。

「奥方様の事を知った時、すぐに思いました。私が騒いだりして大護軍様に申し訳なかったと。
ご結婚されているのを知らなかったとはいえ、ご気分を害された事と思いま」
それにあの人は不機嫌そうな声をかぶせる。
「止めろ」

ああ、と思った。
テギョンさんはきっと、ご両親のいろいろな様子を見過ぎたんだ。だから結婚してると知って、すぐに気持ちを切り替えた。
多分自分のお母さんの悩む姿を見て来たんだろう。お父さんが家に連れて行った弟さんと、その弟さんの実のお母さんの事で。

結婚している人とどうこうなるのは絶対にダメだって倫理観が、多分そこで形成された。
結果的にはいい事だったはず。少なくとも女性絡みで、面倒な事に巻き込まれる可能性は低くなる。
あの人だってそれが分かれば、テギョンさんがうちに出入りするのに少しは安心だろうと思って、思わず安心の溜息を吐いた時。

「イムジャ」

前ぶれもなくいきなり確信に満ちた声で呼ばれて、ビックリして顔を上げる。
体勢を変えた拍子に、しゃがんだ足元の砂利が大きな音で鳴った。

 

 

 

 

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