2016 再開祭 | 夢見路・柒

 

 

「医仙」
「うん」
「先程お尋ねになりましたね。理由があって留まっているのかと」
「うん、だって流れて行くのが好きな先生が留まるんだから、何かよっぽど理由があるのかなって、知りたいじゃない」
「私は、隊長に救われた事があるのです」
「救われた?」

今でも大きな借りとして、私の心に残る一件。
誰に打ち明けた事も無く、そのつもりもなかったのに。
「先々代の王、忠穆王が御病死された時です。侍医だった私は責を問われ、殉死を賜ってもおかしくはなかった。
それを次王として既に元の冊封を受けていた慶昌君媽媽に掛け合い、救って下さったのが隊長です」

あの時、隊長は決めたのだろう。
私の命と引換に、少なくとも慶昌君媽媽の御代の間は御守りすると。
したくもない駆け引きをして、また自由から一歩遠ざかって。
隊長の心はまた更に深く淀み沈んで、氷が厚くなった筈だ。

だから私は決めたのだ。隊長がいる限りは皇宮に留まる。
己が自由になるのは、隊長が自由になった姿を確かめた後だと。

しかし医仙は私の告白に、承服しかねるように唸った。
「・・・うーん。あの人、助けたなんて思ってるかな」
「少なくともその一件で、隊長の自由が奪われたのは」
「奪われた、とか思ってるかしら」

腑に落ちぬよう首を傾げ、医仙は声を和らげる。
「この時代の人たちはすごく真剣よね。理由は分かってきた気がする。
ちょっとでも気を緩めれば、それが即、命にかかわるから。先生もあの人も。
私だって先生からたくさん学んだわ。今も学んでる。感謝してる。だから」

医仙は再び大きく笑うと、私の腕をその手で軽く叩いた。
励ますようにも、慰めるようにも思える力加減で。

「私も教えたいの。人間は力を抜いて、リラックスするのも必要よって。
馬鹿みたいなことを考えたり、下らないことでふざけたり、遊んだり笑ったり。
それが上手に出来る人が少ない気がするの。でも先生は ドク・・・医官だから分かるでしょ?
緊張してばっかりじゃ精神的にも肉体的にも、絶対良くないの」
「・・・医仙」
「今度のお茶会だってそう。良いのよ。いろいろ用意して、好き嫌いおいしいまずい、それだけで。
ゲームもいろいろあるみたいだし、種類当てクイズもあるんでしょ?
そういうことで、気楽に楽しれめばそれで良いじゃない。先生もあの人もみんなも、私も一緒に楽しめば」
「ここにいらして、悔いはないのですか」

気楽に一緒に愉しむ、そんな言葉に少なからず驚く。
医仙は絶対にそんな事は考える訳などないと思っていた。
魘されていたあの時の辛さの中に、今もおられると思っていた。
辛いのに口には出せず、ただ誤魔化していると思い込んでいた。

「ちょっと前までは、悔いだらけだった。猛烈に腹が立ってた。連れて来られたのも、帰れなかったのも。
足止めした王様やチェ・ヨンさんにも、キチョルにも、回りのみんなにも。だけど」
私の目を見つめて頷いて、医仙は口を尖らせる。

「後悔しながらここにいるなんて損よ、いるなら楽しい方が良いでしょ?
だから今は、毎日どうやって楽しもうかなって考えてる。
先生みたいにすごく真剣に考えるのも良いわね。まじめに医学と向き合ったら、もっと良い医者になれそう。
ほら、私ってただでさえ腕は良いし」
「・・・はい」

私が頷くと医仙は、怒ったように腰に手を当てる。
「だから、違うってば!そこは俺の方が腕は良いだろ、うぬぼれるなよって突っ込むとこだってば!」
「いえ、医仙には到底敵いません」

正直に首を振る。 医術の腕もその知識の量も、私では大人と子供だ。
「私、お世辞は嫌いだから正直に言うけど。確かに私の科学的な医術の知識は、先生より豊富だわ。
でももし同期だったらと思うと、勝ち目が薄い気がする。先生は手先も器用だし、着眼点が良い。
きっと西洋医学なら、多角的なアプローチが出来る。そもそも薬を作る発想が私にはないわ。そこが負ける」
「・・・医は、勝ち負けではないですから」
「でもライバル心は大切でしょ?」
「らいばるしん、ですか」
「あいつは友達だけど、でも負けないぞーって気持ち。正々堂々勝ちたいな、って思う好敵手。
そういう人いない?チャン先生には」

大切な朋だが負けない。負けたくない。譲れない。譲りたくない。

瞬時に脳裏に浮かんだ横顔に、私は頷いた。

「・・・います」
「ほーら、やっぱり!誰?私?」
この心の中などご存じない医仙が、嬉し気に問い返す。

「違います。医仙ではありません」
「えー、違うの?つまんない!私なんて敵じゃないってこと?!」

竈に焚いた火のおかげで、ようやく温まって来た狭い部屋。
私は宥めるようにその肩へ手を遣る。そろそろ良いだろう。
濡れた衣。濡れた髪。このままでは風邪を得る。

「脱いでください」

脈絡ない唐突な申し出に、医仙は驚愕したように眼を瞠る。
「・・・なんて?」
「お喋りは終いです。脱いでください」

医仙は驚いたように両手で上衣の袷を固く握り締め、曖昧な笑顔で後へ一歩退いて首を振った。
「わ、たしは大丈夫だから。ええと、ほんとに」

それ以上は追わず、自分の長衣の腰を絞っていた飾り紐を解く。
この方が口を噤んだせいで静まり返った空気の中で、衣を滑る飾り紐の音がやけに響く。

濡れた長衣を脱ぎながら、正面の医仙を目で促す。
医仙は薪の焔の中、髪も頬も紅くして私から目を逸らす。
両手はまだ袷を掴んだまま、それ以上脱ぐ様子はない。

医仙に背を向けて脱いだ長衣を部屋の中央、煤けて傾いた柱の木釘へ掛ける。
「医仙」
背後は振り返らずに、柱へ向けて声を掛ける。
「念の為お伝えしますが、私は医官です。お忘れではないですか。
濡れた衣を纏ったままで、風邪をお召しになりたければ別ですが」

その声に観念したかのように、背後で濡れた衣の擦れる音がした。

 

 

 

 

4 件のコメント

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    お話へのコメントではないのですが、
    さらんさん。皆さま。
    ごめんなさいm(__)m
    さらんさん❤
    私…とっても恥ずかしい思い違いをしてました(^^;
    あれから【太王四神記】を見ているのですが、弓を射るのは、コ将軍。
    的になったのは、鎧を着たパソンでした!
    自分の記憶力に呆れております(^_^;)

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    高麗にきてしまった 後悔よりも
    生き方の 後悔ね~
    一日一日 大切に 一生懸命
    誰かの為に 自分の為に…
    そんな 生き方してなかったもんね~
    何もない 時代では 
    見つめ直す いいキッカケに
    えええ 脱げと…
    ドッキリしちゃうわ( ´艸`)

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    さらんさん、おはヨンございます❤️
    職種の畑は違えど男として負けたくないのはヨンですよね*(\´∀`\)*:
    どんな状況、場所でも精一杯自分の出来ることをして生きようとする力、ウンスの強さですよね。
    うん、濡れてたらね、風邪ひいちゃうよね。
    医官であるのはもちろんわかってるけどね、そりゃー意識しちゃうわ。
    キャーー!ドキドキシュチュエーションw
    ヨンが飛び込んで来るかな( ´艸`)

  • こんばんは。
    ウンスみたいな人が近くにいて、そして異性だったら、好きにならずにいられない!ですよね。
    ただでさえ、別の世界から来て、今まで聞いた事もない全く別の価値観 を持ち、ひらりと自分を越えていくような存在。深く惹かれてしまいますよ。
    自分には無いものをもってこいる不思議な魅力に溢れた人。しかもすごい美人。
    ヨンが、チャン先生がなぜ惹かれるのかわかります。さらんさんのウンス、素敵です。

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