2016 再開祭 | 婆娑羅・19

 

 

「おい、そこで何をしている!」

器物損壊罪になるのかな。それとも窃盗?
明確な持ち主がいる私有地内の樹を折ってこっそり盗んだら、まあ明らかに違法行為。
法で裁いてくれるならまだ良いけど、チェ・ヨンが相手じゃいきなり刀で斬り付けられる気もする。
そんな疚しい気持ちのせいか、暗い樹の下で俺は飛び上がって驚いた。

背中から急にかかった、威勢のいい声に振り向く。
雪だらけの夜の庭の隅に仁王立ちしたその男に、慌てて手を挙げる。
「ごめん。一枝だけ、もらおうと思って」

最初に会ったあの時チェ・ヨンの横で、俺を睨んでた男の一人だ。
トレーニングには参加してない方。
こうして間近で見ると、改めてその体の縦横のデカさに圧倒される。

チェ・ヨンはこの男より背は高いけど、細身だからこんな圧迫感はない。
高麗時代の栄養状態って一体どうなってたんだ?いや、兵士だから皆こんなにデカいのか?

「兵舎内を夜になってから勝手にうろつくな」
謝って白状した俺に少し機嫌を直したか、デカい男は体と同じくらい大きな足音でザクザク雪を踏みながら、樹の下の俺に近寄って来た。
「どんな者が出入りするか判らん。油断していれば、襲われる事もある。
必要も無くうろつけば、天人でもあらぬ疑いを掛けられるぞ」
「そっか。気を付ける」

忠告に素直に頷くと、男は少し離れた場所からその樹を見上げる。
夜の中、兵舎の窓から庭に漏れる灯の中に浮かび上がる花びらを見て。
「蠟梅だ。欲しいのか」
「ロウバイ?」
「知らずに欲しいと言ったのか」
「うん、いい香りだったから」

今日の昼、チェ・ヨンたちとテコンドーのトレーニングをしてる時に気付いた。
この高い樹から風に乗って来る淡い香り。
ウンスさんがあの日俺に塗ってくれた軟膏と同じ香り。
ミントとこの花の香りがした。絶対に忘れたりしない。
「・・・花盗人は、罪にならないそうだ」

男はそれだけ言うと、ほっぺたにある大きな傷を引き攣らせた。どうやらそれがこの男の笑顔らしい。
「俺は何も見ていない」

そう言って律儀にこっちにデカい背を向ける。
その心遣いに感謝して見てもいない男の背中に頭を下げると、手の届く中で一番きれいな花が咲いてる一枝を折る。
「もらうね、ありがとう」

男は背中を向けたまま、大きな掌で俺を追い払うようにしながら言った。
「何の事だ」

何だかこの時代の男って、毎回反応が面白いな。それともチェ・ヨンの周りの男たちが特別変わってるのか。
よく判らないまま枝を握って、急いで兵舎に駆け戻る。

早く会いたい。

ご飯抜いてごめん。薬も飲み忘れててごめん。だってきっと付きっきりで煎じてくれたんだよね?
ちゃんと言わなきゃ。謝って、薬も飲んで、安心させて、褒めてもらって。
顔が見たいよ。今日も一日逢えなかったから。

 

まだ今宵の雪は落ちて来ない。
窓の外は骨に沁みる程冷え切った闇が広がるのみ。

向かい合う卓の揺れる油灯の中、あなたは黙ったまま天界の文字で埋まる書面を見詰めている。
辿る指が、見た事もない程白い紙の上に淡い影を落とす。

その時聞こえて来た足音に、眉を顰めて椅子を立つ。
廊下を急いで駆けて来る、あの男の堪え切れぬ笑顔が浮かぶ。

腹が立つ。あれ程素直に、一途に尻尾を振れる男に。
この方が俺を見ている事は判っていても、周囲をうろつかれれば気に障る。

立ち上がった俺の姿にカイの渡した書きつけの表から目を上げて、足音に気付かぬあなたは首を傾げる。
傾げた拍子に流れた髪に掌を伸ばし静かに撫でる。あなたは仔猫のように瞳を細めこの掌へ頭を預ける。

そのまま偶然の振りで、その両耳も両目も塞いでしまいたい。
目の前の俺だけを見て、俺の声だけ聴けば良い。
カイの言った通りだ。逃げて隠して閉じ込めて遣り過ごす。
俺の一番の問題は、その何処が悪いのか判らぬ事だ。

ただ髪を撫で、鳶色の瞳を塞ぎ、貝のような耳を塞ぐ。
俺のものだから離せない。その何処が悪いのか判らない。

何故この方を人目に晒さねばならぬのかが判らない。
医仙としての役目以外で、何故外に出さねばならぬのか判らない。
他の男が愛する女人を、自由に放り出しておける神経が判らない。
「どうしたの?」
「いえ」

廊下の気配が無遠慮に近づく。
気付かなければ良い。
しかしあの男の気配や足音は、無視するには騒々し過ぎる。

俺達の居る部屋の扉が叩かれる。軽やかな拍子をつけて二度三度。
まるであの男の浮かれた心模様そのままに。
「誰だろう?」

立ち上がったまま扉へは動かぬ俺を怪訝そうに確かめると、あなたが椅子から立ち上がる。
この方が扉を開けるのも厭なら、この眸であの顔を拝むのも厭だ。

しかし諦める気は無いらしい。再び扉は叩かれる。
扉向うの懸命なあの目が見える気がして、うんざりと息を吐く。
「・・・私、出ようか?ヨンア」

音に痺れを切らしたこの方が扉へ向かおうとするのを手で制し、仕方なく大股で寄った扉を細く開く。
俺の応対を予測していたか。
金の髪は俺など一切無視し、開けた扉の隙間から部屋内を覗いてあの方の姿を認め初めて声を上げる。
「薬飲みに来たよ」
「カイくん」

あの方は卓から声を返すと。無邪気に俺の横へと歩み寄る。
「うん、すぐ用意してくるから。ちょっと待ってて」
「あ、いいよ」

部屋を出ようとするあなたを押し留め、カイは首を振った。
「俺も一緒に行く。飲んだら褒めてくれるでしょ?」
「何で褒めるの?まだ3日だし、もう少しの間飲まなきゃ」

つれない声に下唇を突き出し拗ねたような表情を浮かべると、カイはつまらなそうに唸る。
「まずいの、すっごいガマンしてるのになあ」
「良薬口に苦しって言うでしょ。食前に飲んだらもっとまずいのよ。
口から胃まで韓方の匂いになっちゃうんだから。折衷案に感謝して」

この方は抗議を受け流すよう肩を竦めると、先に立って部屋を出る。

 

 


 

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