「あのねえ」
手を握られて歩きながら、この方が陽に透ける葉を見上げる。
すっかり空を覆う程に伸び、陽射しの中で翠の濃淡を作る葉影。
「嬉しいなって思うのは、こうやって2人で散歩できるくらい広い庭が、自分の家にあること」
「はい」
「困るなって思うのは・・・迷子になりそうなくらい広いこと?」
王様に賜った宅は分不相応に広い。庭で婚儀が開ける程に。
その庭は奥に四阿でも牛舎でも作れそうな程に続いている。
この方の薬園の事や、水捌けの事までご配慮頂いた宅。
この方が住みたいとおっしゃらねば、即刻返上していた宅。
「離しません」
迷子になりそう。
その声が不安で、もう一度握る指に力を籠める。
ようやく嬉しそうな笑い声と共に、跳ねるように歩く方。
離さない。離すわけがない。離したくないから考える。
広大な庭を共に歩けば、警邏の視線で宅も庭も改める。
愛おしい女人の手を握っていながら、全く艶のない話。
愛おしいから誰の目にも留めたくない。触れる事は赦さない。
塀の高さ。門の強固さ。コムの動線。タウンの護の範囲。
万一破られるような事が起き寝屋から出で、己が一息に動ける距離。
己が賊ならこの宅の何処から侵入する。どの壁を超える。
侵入し易い垣、破り易い壁は何処だ。
ゆるりと歩く振りをしながら、辺りに鋭く眸を走らせる。
その穴が見つからぬ事にようやく安堵の胸を撫で下ろす。
季節が変われば庭の木々が変わる。
草葉は茂り、そして落ち、葉影越しの視界も変わる。
こうして見て歩くのに無駄はない。小さな掌を包み直してまた思う。
この掌さえ無事に護れれば、他に成したい事は無い。
「・・・水は」
「汲んだ事にしておこうか?」
「はい」
この方は握られた手を大きく揺らしながら俺を見上げる。
「じゃあそろそろ戻ろうか?お散歩デートの続きは、また今度ね」
その笑顔さえ護れれば、他に見たいものなど無い。
俺は静かに頷いて、宅への道を戻り始めた。
*****
「タウンさーん」
庭先に佇む影に向けて、この方が空いた手を大きく振る。
大小の影が振り返り、二つ揃って頭を下げる。
「ウンスさま」
「ごめんね、お水が欲しかったから」
「・・・お気遣い、ありがとうございます」
さすがにタウンの方が一枚上手か。
何もかも承知で微笑んだタウンに、この方は立つ瀬無しといった様子で笑み返す。
「じゃあ、話してくれる?」
「本当に大した事ではないのです」
「タウナ」
いつもなら女人二人の話に決して口を挟まぬコムが、珍しくタウンを押し留める。
「相談だけはしろ」
「コマ」
「した方がいい」
「・・・でも」
「後で悔いが残ったら駄目だ」
コムは静かに頷くと、俺に向き合って頭を下げた。
「すみません、ヨンさん」
「構わん」
「タウンの母が、体を悪くして」
その瞬間。
この方は俺の手を振り解き、沓を脱ぎ散らかして縁側へ上がり、騒々しい音で居間への扉を開く。
そして中から治療道具を纏めた包みを鷲掴みに飛び出し、タウンの目を真直ぐに見て短く問うた。
「どこ?」
「ウンスさま」
「どこ?お母さんのおうち」
「それは良いのです。本当に」
止めても無駄だ。俺は首を振りタウンへ振り返る。
「案内しろ」
「大護軍」
「諦めろ」
次にコムへと振り返り
「俺は出仕せねばならん。頼む」
そう伝えるとコムは頷き、そして頭を下げた。
「すみません。こうなると分かっていたのでタウンは止めたんです。
ウンス様は皇宮の医仙でいらっしゃる、そんな方に診て頂けないと。
ただ俺は」
「何故詫びる」
首を捻って尋ねた声に、逆にコムが眸を瞠る。
「家族だろ」
「・・・ヨンさん」
「隠す方が怒るぞ、この方は」
コムは困り果てたように、しかし嬉しさを滲ませ顔を綻ばせた。
「二人を頼む」
そう言って縁側から上がる俺に、コムとタウンが頭を下げた。
「行ってくるね、ヨンア」
手を振った笑顔に頷いて、縁側の先でその背を見送る。
今日は着替えの上衣の袷紐を結んで下さる指がない。
それがこれ程心淋しかったかと、改めて思い知る。
あの声が遠ざかるだけで、家中の灯が消えたようだ。
小さな背が葉陰に隠れ、門から完全に見えなくなって初めて、俺は縁側で踵を返した。
*****
「大したことなくて良かった。湿布して軟膏を塗り続けてもらえば、一週間で良くなる。
3日後にもう一回、往診に行くわね」
「ウンスさま、でも」
帰宅後の居間、茶を飲む俺の耳に夕餉の支度をする二人の声が届く。
どうやらタウンの母堂は大事では無さそうだと息を吐く。
双親に先立たれた俺、御両親から奪ってしまったこの方。
叔母上が居て下さるとはいえ、互いに目上の方々には縁が薄い。
この方も同じ気持ちなのだろう、此度はやけに口煩くタウンに言って聞かせる。
「でも腰痛を侮ったらダメなのよ?寝てても起きてても、体重は結局腰にかかるんだもの。
腰だから軟膏を塗るのが大変かなあ。ゆっくり休んでもらって、出来ればその間誰かに家事を・・・」
厨からのあの方の声が、前触れもなく止まる。
暫く待ってもまだ声が続かない。痺れを切らし卓前で立ち上がる。
あの方が言いたい事を堪えるとは思えん。声をひそめているのか。
確かめようと、厨へ続く扉の前に足音を忍ばせて近付いた途端。
いきなり開いた扉に突き飛ばされそうになり、慌てて半身を躱す。
両開きの扉の向こう、あの方が目を丸くして扉前の半身の俺に不思議そうに問うた。
「・・・何してるの?ヨンア」

SECRET: 0
PASS:
抜き足差し足忍び足
こそ~っと ウンスの声を 話を聴いてたのに
ばれちゃった。
うん?
ウンスさん なにか お考えでも?
SECRET: 0
PASS:
何処にいても、どんな時でも、
ウンスを護る事だけを考えてるヨン!
こんなに愛されて幸せですね❤
「家族だろ」
さらんさん家のヨンの言の葉。
本当に良いなぁ~(^^)
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PASS:
さらんさん、こんにちは!
家族だものね。
血は繋がってなくとも気を許せる信用の置ける家族。
勿論大切だわ。
ウンスだってそのタウンさんのお母さんだもの、大切に思わないわけないしね。
ヨン、いつも上衣の紐結んで貰ってるのね*(\´∀`\)*:
いつもの習慣がなくちゃそりゃー寂しいでしょう!!
聞き耳立てちゃうくらい愛しくて大切で可愛くて仕方ないものね❤️