2016 再開祭 | 宿世結び・診立て

 

 

「あのねえ」

手を握られて歩きながら、この方が陽に透ける葉を見上げる。
すっかり空を覆う程に伸び、陽射しの中で翠の濃淡を作る葉影。
「嬉しいなって思うのは、こうやって2人で散歩できるくらい広い庭が、自分の家にあること」
「はい」
「困るなって思うのは・・・迷子になりそうなくらい広いこと?」

王様に賜った宅は分不相応に広い。庭で婚儀が開ける程に。
その庭は奥に四阿でも牛舎でも作れそうな程に続いている。
この方の薬園の事や、水捌けの事までご配慮頂いた宅。
この方が住みたいとおっしゃらねば、即刻返上していた宅。

「離しません」
迷子になりそう。
その声が不安で、もう一度握る指に力を籠める。
ようやく嬉しそうな笑い声と共に、跳ねるように歩く方。

離さない。離すわけがない。離したくないから考える。
広大な庭を共に歩けば、警邏の視線で宅も庭も改める。

愛おしい女人の手を握っていながら、全く艶のない話。
愛おしいから誰の目にも留めたくない。触れる事は赦さない。

塀の高さ。門の強固さ。コムの動線。タウンの護の範囲。
万一破られるような事が起き寝屋から出で、己が一息に動ける距離。

己が賊ならこの宅の何処から侵入する。どの壁を超える。
侵入し易い垣、破り易い壁は何処だ。
ゆるりと歩く振りをしながら、辺りに鋭く眸を走らせる。
その穴が見つからぬ事にようやく安堵の胸を撫で下ろす。

季節が変われば庭の木々が変わる。
草葉は茂り、そして落ち、葉影越しの視界も変わる。
こうして見て歩くのに無駄はない。小さな掌を包み直してまた思う。
この掌さえ無事に護れれば、他に成したい事は無い。

「・・・水は」
「汲んだ事にしておこうか?」
「はい」
この方は握られた手を大きく揺らしながら俺を見上げる。
「じゃあそろそろ戻ろうか?お散歩デートの続きは、また今度ね」

その笑顔さえ護れれば、他に見たいものなど無い。
俺は静かに頷いて、宅への道を戻り始めた。

 

*****

 

「タウンさーん」
庭先に佇む影に向けて、この方が空いた手を大きく振る。
大小の影が振り返り、二つ揃って頭を下げる。

「ウンスさま」
「ごめんね、お水が欲しかったから」
「・・・お気遣い、ありがとうございます」

さすがにタウンの方が一枚上手か。
何もかも承知で微笑んだタウンに、この方は立つ瀬無しといった様子で笑み返す。
「じゃあ、話してくれる?」
「本当に大した事ではないのです」
「タウナ」

いつもなら女人二人の話に決して口を挟まぬコムが、珍しくタウンを押し留める。
「相談だけはしろ」
「コマ」
「した方がいい」
「・・・でも」
「後で悔いが残ったら駄目だ」

コムは静かに頷くと、俺に向き合って頭を下げた。
「すみません、ヨンさん」
「構わん」
「タウンの母が、体を悪くして」

その瞬間。
この方は俺の手を振り解き、沓を脱ぎ散らかして縁側へ上がり、騒々しい音で居間への扉を開く。
そして中から治療道具を纏めた包みを鷲掴みに飛び出し、タウンの目を真直ぐに見て短く問うた。
「どこ?」
「ウンスさま」
「どこ?お母さんのおうち」
「それは良いのです。本当に」

止めても無駄だ。俺は首を振りタウンへ振り返る。
「案内しろ」
「大護軍」
「諦めろ」

次にコムへと振り返り
「俺は出仕せねばならん。頼む」
そう伝えるとコムは頷き、そして頭を下げた。
「すみません。こうなると分かっていたのでタウンは止めたんです。
ウンス様は皇宮の医仙でいらっしゃる、そんな方に診て頂けないと。
ただ俺は」
「何故詫びる」

首を捻って尋ねた声に、逆にコムが眸を瞠る。
「家族だろ」
「・・・ヨンさん」
「隠す方が怒るぞ、この方は」

コムは困り果てたように、しかし嬉しさを滲ませ顔を綻ばせた。
「二人を頼む」
そう言って縁側から上がる俺に、コムとタウンが頭を下げた。
「行ってくるね、ヨンア」

手を振った笑顔に頷いて、縁側の先でその背を見送る。
今日は着替えの上衣の袷紐を結んで下さる指がない。
それがこれ程心淋しかったかと、改めて思い知る。
あの声が遠ざかるだけで、家中の灯が消えたようだ。

小さな背が葉陰に隠れ、門から完全に見えなくなって初めて、俺は縁側で踵を返した。

 

*****

 

「大したことなくて良かった。湿布して軟膏を塗り続けてもらえば、一週間で良くなる。
3日後にもう一回、往診に行くわね」
「ウンスさま、でも」

帰宅後の居間、茶を飲む俺の耳に夕餉の支度をする二人の声が届く。
どうやらタウンの母堂は大事では無さそうだと息を吐く。
双親に先立たれた俺、御両親から奪ってしまったこの方。
叔母上が居て下さるとはいえ、互いに目上の方々には縁が薄い。

この方も同じ気持ちなのだろう、此度はやけに口煩くタウンに言って聞かせる。
「でも腰痛を侮ったらダメなのよ?寝てても起きてても、体重は結局腰にかかるんだもの。
腰だから軟膏を塗るのが大変かなあ。ゆっくり休んでもらって、出来ればその間誰かに家事を・・・」

厨からのあの方の声が、前触れもなく止まる。

暫く待ってもまだ声が続かない。痺れを切らし卓前で立ち上がる。
あの方が言いたい事を堪えるとは思えん。声をひそめているのか。
確かめようと、厨へ続く扉の前に足音を忍ばせて近付いた途端。
いきなり開いた扉に突き飛ばされそうになり、慌てて半身を躱す。

両開きの扉の向こう、あの方が目を丸くして扉前の半身の俺に不思議そうに問うた。
「・・・何してるの?ヨンア」

 

 

 

 

3 件のコメント

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    何処にいても、どんな時でも、
    ウンスを護る事だけを考えてるヨン!
    こんなに愛されて幸せですね❤
    「家族だろ」
    さらんさん家のヨンの言の葉。
    本当に良いなぁ~(^^)

  • SECRET: 0
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    さらんさん、こんにちは!
    家族だものね。
    血は繋がってなくとも気を許せる信用の置ける家族。
    勿論大切だわ。
    ウンスだってそのタウンさんのお母さんだもの、大切に思わないわけないしね。
    ヨン、いつも上衣の紐結んで貰ってるのね*(\´∀`\)*:
    いつもの習慣がなくちゃそりゃー寂しいでしょう!!
    聞き耳立てちゃうくらい愛しくて大切で可愛くて仕方ないものね❤️

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