2016 再開祭 | 気魂合競・壱

 

 

「大護軍」

窓外は灰鼠の重い雲が広がっている。
昼というのに薄暗く沈んだ私室の入口に、チュンソクが顔を覗かせた。

三和土に胡坐をかき、手入れしていた鬼剣から眸を上げる。
その眸を確かめた奴は部屋内への階を下りると、三和土の前で一礼し
「御客人です」
と、言い難そうに呟いた。

「客」
チュンソクの前触れのある客といえば。
今しがた奴が開けた扉を確かめた俺に
「全く暢気な事だな」

膝に据えた鬼剣より、余程険を含んだ声。
低く唸りつつ、武閣氏隊長チェ尚宮の顔をした叔母上が階を足音高く下りて来た。

チュンソクも前触れに訪ったものの、俺の許しを得る前の叔母上の入室に如何して良いか判らぬか。
若しくは触らぬ神に祟りなしと判じたか。
俺と叔母上の間を遮らぬよう立っていた処から大きく二歩も後へ退き、曖昧に小さく頭を下げて控える。

「隊長、そなたも座れ」
叔母上は三和土の俺に断りもなく、卓の椅子を引いて腰掛ける。
そなたも、という事は俺にも座れと言っている訳だ。
一介の中郎将だった頃は未だしも、大護軍となった今、官位は俺の方が高い筈だが。

官位でも気迫でも叔母上に頭の上がらぬチュンソクと、官位は上だが同じく身内として頭の上がらぬ俺。
仕方なく渋々並んで叔母上の対面の椅子へと腰を下ろす。

「角力大会を執り行う」

俺達の着座を見るが早いか、一切の無駄を省いて叔母上は言い放ち、此方を眺めた。

「準備しておけ」
「・・・角力」
「大会ですか、チェ尚宮殿」
「お前達、若い癖にもう耳が遠いか。幾度も言わせるな」

耳が遠い訳ではないと返そうものなら、遠慮なく頭を叩かれるのは目に見えている。
「そうではない」
俺のぼやきにチュンソクも深く頷いた。

「何故今だ。相手は武閣氏か」
そこが得心出来ぬから、俺もチュンソクもこうして確かめている。
武閣氏は確かに王妃媽媽をお守りする武人だが、女であるには違いない。
角力を女相手に組むなど考えた事もなければ、許される筈もない。
誰より知っているのは目の前の当人だろう。

「馬鹿を言うな」

案の定、叔母上の呆れた大声が、薄暗い部屋に木霊した。
「女人相手に角力を取る男がいるか」
「では、対武閣氏の武術大会ではないのですか」
「無論違う」

頭の廻りの鈍い奴らめとでも言いたげな顔で、叔母上は卓の此方の男二人を睨め付ける。
「王様よりのお達しだ。今年の空梅雨がご心配なのだろう」

その声に俺達は揃って、窓越しの灰色の空へ目を移す。
確かに今年の梅雨は、曇りはするが降るまでには至らぬ重い空と晴れ間とが交互に続いている。

「雨を呼ぶよう角力大会をと仰せ。出場者は十五以上の男であれば誰であっても構わぬと。
御内心は不安な民の、殊に農民の憂さを晴らすようにと御聖慮なのだろう。
角力となれば誰もが盛り上がるからな」
「ああ」

空梅雨は秋の収穫に大きな影響を及ぼす。
その出来不出来で、冬の餓死の酷さが決まる。
民も今は毎日空を見上げ嘆いている。
それを吹き飛ばす程となれば、確かに角力大会は良い憂さ晴らしになるだろう。

「しかし、大会に出るという民を皇宮に入れる訳には行かぬ」
「まあな」
「市井で開催となれば、噂を流すにも民を集めるにも、手裏房の手を借りる事になる」
「ああ」

それはそうだろうと、俺もチュンソクも頷いた。
「しかし警邏であれば、俺達と禁軍が」
この声を途中で遮るように、叔母上は席を立つ。
「何を言っておる」
「え」

チュンソクはいきなり立ち上がった叔母上を、座ったまま見上げて呟いた。
「しかし、チェ尚宮殿」
「王様は十五以上の男であれば、誰でも構わぬと仰せだ」
「それは、確かに伺いましたが」
「迂達赤に十四の男が居るのか」
「・・・叔母上」
「お前らも出場するのだ。当然だろう。盛り上がる事間違いない。
畏れ多くも王様よりの仰せがあった。チェ・ヨン始め、迂達赤らを出場させよと」

判り切った事を訊くなと言いたげに宣言すると、叔母上は踵を返し真直ぐ部屋扉へ向かう。

「チェ尚宮殿、ちょ、お待ちを」

追い縋るチュンソクをまるで無視して、階を上がり切った最後に振り返ると
「今日の夕、手裏房の酒楼で打ち合わせをする。お前らも来い」

言いたい事だけ言い捨て、反論する間もあらばこそ、叔母上は部屋を出て行った。
取り残された格好のチュンソクが、其処から卓へと急ぎ足に戻る。
「大護軍」

呼ばれた俺は呆気に取られ、叔母上が出た後にまだ揺れている扉を睨みつけ唸り声を上げる。

「王様にご拝謁を賜る」
「・・・は」
チュンソクは立ったまま深く頭を下げた。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    叔母様。
    何を企んでいるの??
    叔母様が登場すると
    何故かホットする私です(*^^*)
    ヨン。
    「相続者たち」でも叔母さまに
    叩かれてましたね~(笑)

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