2016 再開祭 | 天界顛末記・拾陸

 

 

「チーフ、鑑識の結果が出ました」
一人の男がそう言いながら、並べた机の列の中を縫って歩いて来た。
「毒物だったか?」

その列の先頭に置かれた机から別の男が立ちあがり、手渡された薄いファイルを開くと挟まれた結果のプリント用紙をじっと見る。
「何だ?これは」
「書かれている通りです」
「・・・漢方薬って書いてあるぞ」
「成分に毒性はあります。アコニチン、メサコニチン、アコニン、ヒバコニチン。ただ他の含有成分から鑑定すると・・・」

ファイルを手渡した男は困ったように首を傾げて、立ちあがった男と目を見合わせた。
「天然のトリカブトの塊根の粉末にソバ粉を混ぜた物です。材料のトリカブトは山で手に入ります。
皮膚温上昇作用や末梢神経拡張作用。至近距離で大量に吸引すれば呼吸困難の可能性はあります。
本来韓方薬に使うなら、加熱で弱毒処理をするべきですが、知らなかったと言われたらアウトですね。
販売していたわけでもないし・・・自己判断で所持していた韓方薬なら、自分が危険な目に遭うだけで」
「証拠にはならんか」
「なりませんね。シラを切られれば終わりです」

ファイルを手にしていた男は悔しそうに音を立ててそれを閉じ
「・・・畜生!」
そう言って乱暴にファイルを机に叩きつけた。

腹の立つことは重なるものだ。
鑑定結果のファイルの到着と前後して、無銭飲食の被害店から電話が入る。
「渡された代金代わりの銀貨で、飲食代は補填出来そうです。店の評判もありますし、このまま示談にしますので」

店長の男から言われれば、これ以上あの男達の身柄を拘束しておく理由もなくなった。
結局この国はそういう国か。
上位1%が幅を利かせて、臭い物には蓋をして、都合の悪い処はひた隠し、特権を享受する国か。

我が国有数の金持ちが住む所轄、この署内はそんな国の縮図だ。
これでは若い世代が自国を地獄と自嘲自虐するのも無理はない。

やってられんと息を吐き、男は留置している二人を釈放する書類に、乱暴に自分の名を殴り書きした。
せめて急に寒くなったこのソウルの夜のど真ん中にあいつらを放り出してやれる事だけが幸いだ。
お偉いさんなら、運転手付きの車で迎えにでも来させるのだろうが。

それにしてもと自分のサインした書類を指で弾き、男は首を傾げる。

それ程に恵まれた立場なら弁護士がすっ飛んで来ても良いものを、結局夜中近くまで、誰一人面会に来なかった。
あの男達も今まで弁護士は疎か、誰に連絡しようともしなかった。

まあ良い。考えても仕方ない。そんな事に一々神経を尖らせるにはこの国に犯罪者は多過ぎるのだ。
署内に響く緊急出動要請の無線連絡にうんざりしながら、男は席を立った。

 

< Day 3 >

 

「毎朝こうして頂くのは気が引けます」
扉を開けた副隊長は、困った声でソナ殿に頭を下げた。
その扉外、今朝もソナ殿は笑って其処に立っている。

「昨日買ってもらった晩ご飯のお礼です。叔母さんが好きなんです、トースト。
お兄さんは野菜も卵も大丈夫って言ってたし。本当なら屋台で食べるのもいいけど」

立っている扉外から空を見上げ、浮かべていた笑顔が曇る。
「今日はこんなお天気だから」

昨日までとは打って変わって今にも雪が落ちてきそうな寒空に向け、真白な息を吐いて
「だから家で食べた方が、あったかくていいかなって。今日は1日中お出掛けなんですよね?」
「はい」
「風邪ひかないように、厚着していってください。出る時は一緒に行ってもいいですか?」
「此方こそお願いします。未だに道がよく判らず」
「じゃあ、用意が終わったら声をかけて下さいね!」

朝餉の乗った皿を副隊長に手渡すと、ソナ殿は笑って手を振り階を降りて行った。
吹きすさぶ寒風の中、その足音が聞こえなくなって初めて副隊長が静かに扉を閉める。

「チャン御医、どうぞ」
そう言いながらソナ殿から受け取った朝餉の皿を卓に置き、副隊長が私に声を掛ける。
恐らく私よりも副隊長に向けて拵えたものだろう。

おっしゃっていたではないか。野菜も卵も大丈夫って言ってたし。
それは昨日の朝、熱い魚汁を持っていらしたソナ殿に向けてご自身がおっしゃった言葉だ。
魚は好物だ、野菜も卵も大丈夫だと。

鈍い方はこれだから困る。
きっと作りたてを急いで持って来て下さったのだろう、熱そうな湯気を立てる皿の上の朝餉。
雪の降りだしそうなこんな日にそれ程の熱さを保つなら、拵えてすぐに運んで下さった筈だ。

そんな心遣いは、喪った兄を慕う妹の心なのか。
それともご本人さえも気付かぬ程の淡い恋慕の情なのか。
朝餉と副隊長を見比べて、私は一人小さく首を傾げた。

 

 

 

 

1 個のコメント

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    どっちかな?
    兄への思いか、恋ごころか?
    どちらにしても
    してあげたいのよね 面倒見がいいのよ
    あの時 もっと してあげればよかったとか
    後悔したくないもん。
    困っていたら 手を差し伸べちゃうのよね
    優しいし娘ね。
    でも… 情がわいちゃうよね(。•́ωก̀。)グスン

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