2016 再開祭 | 紫羅欄花・肆

 

 

ねえ、元気よね?

眠るあなたを絶対起こさないように、腕の中から寝顔に向かって心の中で聞いてみる。

私が目を覚ました時には、必ずこうして腕枕をしてくれてる。
いつもなら私の気配で必ず目を覚ましてくれるはずなのに、最近は私が起きてもこの人は眠ったまま。

これほど疲れてるから、テマンや手裏房のみんながいてくれるんだと思う。
そして迂達赤のみんなは来ないってことは、きっと忙しいってこと。

手裏房のみんなは平気で迂達赤は忙しいってことは、戦が近いのか、あなたか王様に敵がいるってこと。
でもそれほど大事じゃない。 本当に大事なら、手裏房のみんなだってダメでしょ?

あなたの体が心配。だけど脈も取れない。触って起こしたくない。
こんなに疲れた顔で眠ってるあなたが、目の前にいるのに。
抱きしめてくれる腕の中で呼吸を確かめて、タヌキ寝入りで胸に耳を押し付けて心音を確認して。

この世界に冷蔵庫も、電子レンジもない事だけが恨めしい。
もしもあったら、すぐ食べられるようにたくさんパンチャンを作って冷蔵庫に入れて置くのに。
これからの暑さじゃ、置いておくだけで傷んじゃいそうな気がする。
レンジがあればこの人が帰って来たら温めて、いつでもホカホカのご飯が食べてもらえるのに。

夕食だってろくに食べてない。その証拠は握ってる。
ただお説教のタイミングさえない。それほど長い間話も出来てない。
「ウンスさまのお手紙と、丸薬だけがなくなっています」
タウンさんが困ったようにそう教えてくれたのは、もう1週間も前。

溜息をついて、息を止めて、この人の腕の中からそっと抜け出す。
起こしたくない。でももしかしたら起きてくれるかも。
もしかしたら前みたいに、私の気配に気付いてくれるかも。

目を開けてくれるだけで良い。行ってくるねって言いたいだけ。
でも今朝も、ひそかな期待は裏切られる。

静かな呼吸音は変わらず、眠ったままの瞳が開く事はなかった。

 

*****

 

「やっぱり変わらない?」
朝ご飯のテーブルで、向かい合ったタウンさんに聞いてみる。
タウンさんは困り果てた顔で、元気なく首を横に振った。

「毎晩お手紙と丸薬の横に、夕餉を用意しているのですが」
「食べてないのね?」
「箸をつけて下さる事は滅多にありません。もし宜しければ、私が大護軍の御帰りを待ちたいのですが。
せめて出来たての温かいものをお出しすれば、大護軍も」
「ううん。却って気を使っちゃうと思うから」

せっかくのタウンさんのありがたい提案だけど、そんな事をしたらあの人の事だもの。
怒った振りの芝居くらいして止めさせようとするに決まってる。
それが分かってるから、タウンさんも強く言えないんだと思う。

「ではせめて、コムにも一緒に待たせましょうか。二人で待てば大護軍もさすがに」
「逆だわ、きっと。待つ人が増えれば、あの人の気疲れも増える。
あの人が頭が上がらない人に言ってもらえれば・・・」
私がタウンさんをじっと見るのと、タウンさんが私を見るのは、ぴったり同じタイミングだった。

「お忙しい方ですから、ご迷惑をお掛けせぬようお願いしてみます。
夕餉だけ、迂達赤兵舎にでも運ばせて頂けぬかと」
「そうしてもらえる?私からも話しておくから」
「勿論です」

そうよ。あの人に言い聞かせられる人。
あの人の無茶を頭ごなしに叱ることが出来る人なんて、この世で数えるくらいしかいない。
ましてタウンさんと私が知ってて、お願いできる共通の人なんて。
「媽媽の往診に行ったら、すぐに叔母様にお願いしてみるわ。本当にありがとう。心配かけてごめんなさい」
「ウンスさま」

頭を下げた私に、タウンさんが優しく笑いかけてくれる。
「本当に大護軍の事が、大切なのですね」
「もちろんよ!そうじゃなきゃ、絶対結婚したりしないもの」
「・・・大護軍は、お倖せです」
「どうかしらね。そう思ってくれてると嬉しいけど」
「勿論思っていらっしゃいますよ。でなければ、身を粉にして役目に邁進など出来ません」
「そういうものなの?」
「ウンスさま」

タウンさんは、どこか淋しそうに笑って私をまっすぐに見た。

「帰る場所の無い兵は糸の切れた凧と同じです。強い兵ほど待つ者の大切さが身に沁みています。
大護軍が誰より強いのは、誰よりウンスさまの大切さを知っておられるからです」
「大切なのは、私じゃなくて良いの」

私が笑うと、タウンさんの目が心配そうに曇る。
「私はあの人が毎日元気で、ご飯を食べて、みんなと一緒に毎日笑って過ごせれば良い。
まずは自分を大切にしてくれれば良いの。今のあの人が自分を粗末にしてるのが心配なの。
自分を大切にしない人が、周りの人を大切に出来る訳ないもの」
「・・・ウンスさま」
「さて!」

居間のテーブル前で立ち上がると、慌てて立ち上がったタウンさんに手を振った。
「今日は早めに行くわね。叔母様に頭を下げてお願いしなきゃ。
何しろ面倒ばっかりかける甥っ子と嫁だから。行ってきます!」

玄関へと歩く私の背に、見送りのタウンさんが小走りに駆けて来る。

 

 

 

 

6 件のコメント

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    ヨンもウンスも
    お互いを思い遣る心は
    誰にも負けないのに・・・
    せつないなぁ~~(..)
    ヨンのお仕事一直線の実直さが
    こんな時には恨めしいです(–;)

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    目を合わせるだけで
    一言交わすだけ それだけで
    安心するのに 心配だけしか
    できないウンス
    ここは叔母様にお任せして
    少しは安堵できるように
    ヨンが自分自身を労わるように

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    傍に…(。_。)φ
    傍に居てくれれば…どんなに疲れていようと、寝れる。
    安堵し、まどろみに誘われる…
    飯も、食べられる時に食せれば事足りる。(・_・;
    旦那様…。貴方はそれで良いかも知れない…が┐(-。ー;)┌
    恋女房…。((φ( ̄ー ̄ )それで我慢出来る訳がない。
    ちゃんとご飯用意しても、俺の事に心を割かなくていい。(・_・;何て、行動も心配も心配りも顧みない
    何れだけのみえない時間費やしているか、知らないし、知ることを留める。(・_・;
    一緒に暮らす意味…考えちゃうでしょう。
    『私一緒にいて…いいの?』考えちゃうでしょう。(・_・;
    これからの長い連れ添う中の、すれ違い…(。_。)φ
    いずれ…傍にいる。~傍にいてくれている。と繋がる時間の言葉にする前の一時…
    言葉にする。
    当たり前だけど、難しい。(⌒‐⌒)

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    さらん姉さんギブスは外れましたか?
    痛みはどうですか?
    シャンプーもままならないのにお話の更新ありがとうございます。
    後々ひびかないように、しっかり治してくださいね。
    なんか読んでて胸がキューとなるくらい切ないです。
    2人なら絶対大丈夫だと思っていても、言葉も交わさずこうしてすれ違いが続くと、2人だからこそ余計な気を使ってしまうんでしょうね。
    読むごとに切ない…

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    さらんさん、こんにちは。
    ウンスを思うと心が痛いですo(*;ェ;o')
    してあげたい事が多いのにしてあげられる事が少ない。
    微かな期待も破られる毎日、寂しいよね。
    でもウンスは寂しいって言えないんだよね。
    ヨンを困らせる事が分かってるから自分一人で我慢してる。
    ヨンが毎日元気でいるにはウンスがいなくちゃダメなんだけどね…
    「自分を大切にできない人は周りの人も大切にできない」
    タウンさんは感じ取ったみたいだけど、話す暇さえないヨンには気付かないか….(/ _ ; )

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