2016 再開祭 | 釣月耕雲・廿

 

 

扉を開けた瞬間。
裏木戸のすぐ内に立った小さな体に勢い良くぶち当り、慌てたチェ・ヨンの手が伸びる。
掴まえた細い腕を引き起こし無事を確かめようと顔を覗き込み、怒りの浮かんだ瞳に射貫かれて黒い眸が驚きに瞬く。
次に握っていた腕を邪険に振り払われ、ヨンは首を傾げた。
「何を」
「別に?」
起こしたウンスの逸らす瞳を、黒い眸が追い駆ける。
「何ですか」
「別に。何でもないわよ。仕事中にあなたがどっかに行ったって、チャンイさんを連れてったって、どうせ私には関係ないんでしょ?」

その問いにヨンは瞬時考える。確かに関係無い。
あの女と関係するのはマンボと師叔と手裏房だ。
この方は未だその存在すら知らぬ。全く無関係。

「はい」
「チャンイさんの楽しそーーーうな笑い声が聞こえたけど、私には全然、全く、これっぽっちも関係ないわけね!?」
あの女が大笑いしたのは、猫を被っていた自身に対してだ。
決してこの方を笑ったのではない。
「はい」
「・・・・・・あっそう!」

小さな両手に急に思い切り胸を突かれ、不意の攻撃にヨンは突かれた己の胸と目前のウンスの顔を見比べた。
自分が何を言った。突き飛ばされるような事をした覚えは無い。
「何を」
「本当に男って!!」

怒りに頬を紅潮させて厨の中で背を向けるウンスを、掛ける声も見つからぬままで見送る。
何なのだ。一体俺が何をしたと、心の中で繰り返しながら。

 

*****

 

戻った店内は商いも終わり間際、ほとんど客も無い。その中で
「もう一度言ってみなさいよ!」

長卓の中央辺りで大声で叫び、一人の女が勢い良く立ち上がる。
その袖で払った拍子に騒々しい音を立て、茶碗が二つ三つ転がり落ちる。
落ちた茶碗の立てるけたたましい音の中。
店の入口に立つ別の女が、立ち上がった女に向かって指を突き出し、大声で叫び返す。

「何度でも言ってやるわよ、聞きたければね!」
二人の女に挟まれた格好で立っていたトルベとヨニョルが慌てて左右へと別れる。
卓の女、入口の女の横へ寄り、それぞれ睨みあう女を宥めにかかる。

「いきなり、どうしたんだよ」
「あんたのせいでしょ!あの女が言ったのよ。トルベは自分が戻って来るのを待ってたって!」
「それ、それはな」
「本当にあの女が戻って来るのを待ってたの、どうなのよ!!」

トルベがその女に走ったのも面白くないのか、ヨニョルが駆け寄った戸口の女が金切声で叫び返す。

「本当の事を言っただけよ、自分が誘われないからってやっかむのは止めなさいよね!
嘘だと思うならトルベに確かめなさいよ!」
「姉さん、ちょっと落ち着きなよ」
「あんたは煩いのよ、関係ないんだから引っ込んでて!」
止めに入って逆に咬みつかれ、ヨニョルが思わず鼻白む。

「醜女はこれだから。ちょっとからかわれると本気になるから困るのよ。家に鏡はないのかしら。
自分の顔を知ってれば、トルベの冗談だって分かるはずよ!」
「同じ言葉を返してやるわよ。裏手の川で顔を映して自分の醜さを思い知りなさいよ。
ついでにその顔の斑になった汚い白粉も落とせば良いのに!身の程知らずは怖いわね」

「・・・何の騒ぎだ」
ウンスに続き厨から飛び出したヨンが、女同士の飛び交う罵詈雑言に眉を顰める。
其処に立つチャン・ビンがうんざりした顔で、烈しく言い争う女達を視線で示す。
「女人同士の喧嘩です。口を挟まぬ方が良いかと」

ウンスは目の前で繰り広げられる口論を呆然とした顔で見つめていたが、大きな息をひとつ吐くと二人の方へすたすた歩いて寄った。
「ねえ」
「何よ!」
「悪いのはあっちのお姉さんなの?いい顔してあなたに気を持たせた男性なんじゃないの?」

突然間に割り込み自分へ問うたウンスに、問われた女が目を丸くする。
ウンスはそれには斟酌せず、続いて戸口に立つもう一人の女へ顔を向ける。

「あなたを待ってるって、本当に言った?
ここにいるって言っただけだったら、それを口実に逃げられちゃうわよ?」
「それは」
「女同士が言い争うなんて時間の無駄。いい?
浮気者の男を懲らしめるには、女同士が結束して賢くなんなきゃダメ」

ウンスは二人の女を宥めた後、その中央で力説する。
「悪いのは女じゃなくハッキリしない男なんだもの。そうは思わないわけ?
期待させといて目を盗んで他の女とこそこそするような、そんな男さいっていなんだから!!」

口論の仲裁のはずのウンスの視線が自分向けられるのを心外に思いつつ、ヨンは唖然としてウンスの持論を聞かされる羽目になる。
これはトルベの事だろう。無類の女好きを店先に立たせた己を責めているのか。
しかしトルベにも言い分はある。
それを聞きもせず女同士で結束を固めるなど姑息だと、ヨンはトルベの傍へ寄る。

「隠れて何かしたか」
ヨンの声に縋るよう、トルベが慌てて首を横へ振る。
「してませんよ!隊長も一日見てたでしょう!!」
「だそうですが」

挑戦的な黒い眸で、怒鳴りあう女達でなくウンスを真直ぐ睨み返し、ヨンが抑えた声を返す。
「したのかって聞かれて、したっていう男はいないでしょ?」
その眸に負けじと顎を上げ、ウンスが声を張り上げる。

「俺の部下を疑わないで下さい」
「疑ってるのは部下じゃなく、その上司よ」
「・・・は」
「こそこそ隠れて女性と何かしてるのは、上司の方じゃないの!」

トルベもヨニョルもチャン・ビンも、今まで罵り合っていた女達も押し黙り、全ての目がヨンへと注がれた。

「て、隊長」
「いや、それは無いよ」
「・・・隊長に限って」
男達の声にウンスが自信あり気にふふんと鼻で笑う。

「みんなそう言うけど、じゃあチャンイさんはどこ?隊長との間に怪しいところがないなら、何でチャンイさんはいなくなったの?」
ウンスの声を受け
「いや、ただ外に出ているだけかと」
「考え過ぎだ」
トルベとヨニョルが口々に異議を唱え、チャン・ビンが取り成すようヨンとウンスを見比べて声を掛ける。
「御二人とも、もう止めましょう」

ウンスはその声を振り切るように、背を伸ばしたままヨンを見つめている。

「守るって言っておきながら離れようとするし。私には関係ないって突き放すし。
そういうのが頭に来るのよ、一貫性がなくて!
おまけに連れ出した相手の女の人は戻って来ないし、疑われたって仕方ないでしょ?
男の人はいっつもそう。誰にでもいい顔して、もっと条件のいい人を探してるんでしょ?いつだって心変わりできる。
相手には秘密のまんま。別の相手が完全に手に入ったら、昔の女なんて簡単に捨てられるのよ。ゴミ屑みたいにぽいっと。
それまで過ごした時間も思い出も、まるで何もなかったみたいにね」
「・・・待てよ。あんた、それさあ」

ウンスの期待したヨンからの言い訳の言葉は返らない。

その代りに堪忍袋の緒が切れたとばかり、ヨニョルが低く呟いた。

 

 

 

 

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