2016再開祭 | 茉莉花・廿壱

 

 

典医寺に迎えに行ったウンスと並んで歩く帰り道。
深酒の名残はないようだと、いつもと変わらない弾む歩調にチェ・ヨンは小さく息を吐く。

夕陽の射す赤い開京の大路、その先の宅を探るよう人波の向こうへ視線を伸ばし、ウンスが言った。
「今日も来てるのかしら」
誰と言わずともあの少女の事を言っているのは判ると、チェ・ヨンは小さく首を傾げる。
「さあ」

あの仔馬がいる限り、それが名分になるだろう。
飼い主に様子を確かめると言われれば、止めるわけにはいかない。
偵察に飛ばしたテマンが戻った兵舎でチェ・ヨンと交わした、昼の会話を思い出す。

 

「大護軍」
私室に入って来たテマンは頭を下げると言った。
「屋根から確かめました」
「どうだ」
「もう外枠は終わってました。かかっても、あと半日か一日で」

厩舎など簡単なものだ。
あれほど豪奢な屋敷を建てる判院事のお抱え大工なら、昼寝をしながらでも建てられるだろう。
寧ろ三日もかかったことが驚きだと、チェ・ヨンは頷いた。
「ご苦労」
「でも、あのちび・・・じゃなく、女の子、が」
うっかりと口を滑らせたテマンは、チェ・ヨンの顔色を確かめる。
たとえどんな理由があっても、礼儀には人一倍厳しい人だ。
謝らなければと口を開きかけたテマンは、チェ・ヨンの片頬に浮かぶ苦い笑みを驚いたように見た。

テマンの視線の意味を知るヨンは
「他の奴の前では気を付けろ」
とだけ、テマンに言った。
「は、はい」
「で」
先を促され、テマンは話の続きを思い出す。

「お、女の子が、泣いて止めてました。建てるなって」
「・・・建てるな、か」
「はい。父親が困って、大護軍に迷惑だからって言ってたけど」
「成程」

報告の終わったテマンは言いにくそうに
「今日も大護軍の家に行くって。仔馬がいる限り行っても良いだろうって、泣きながら」
最後に言うと、テマンは唇を真一文字に結んだ。

大嫌いだ、ああいう我儘なちびは。
チェ・ヨンには到底言う事は出来ない。けれどテマンは肚の中、吐き捨てるように言った。

自分が甘やかされているのを知っていて、周りに迷惑ばかりかける。
大護軍や医仙の邪魔をしても、父親が偉いから許されると思ってる。
大嫌いだ。俺の大護軍と医仙に迷惑をかける奴らは、全員大嫌いだ。
大護軍の幸せを邪魔する奴らや、大切な時間を削る奴らは大嫌いだ。

テマンの固い表情を確かめると、チェ・ヨンはそのまま立ち上がる。
テマンもそれについて行く為に、ヨンの大きな背中の半歩後に従う。
「テマナ」
部屋を出しなに前を歩くチェ・ヨンに呼ばれ
「は、はい大護軍」
テマンは顔を上げ、前を行く背に声を返す。
「気にするな」

大切な大護軍に言われてもやはり気に障る。そう思いながらも
「・・・はい」
テマンはそれ以上何も言えずに頷いた。

 

今日も訪うと言っていた。厩舎を建てるなと泣いていた。
宣戦布告だと、チェ・ヨンは整った口許を皮肉気に歪めた。

名分対名分。あの一家の好き勝手な振舞いは金輪際見過ごさない。
自分たちは子守でも、ましてや馬番でもない。
迂達赤大護軍、そして王妃の主治医であり皇宮の医仙である以上、先方からも相応の対応があって然るべきだ。
その名分を立てる為だけに煮えくり返る腹を抑え、形式上は判院事への礼儀を尽くしている。

それすら通らないならば、他の厄介の全てに耐える意味もない。
判院事の面目を潰そうと、公主なり儀賓大監になり、いざとなれば王に直訴して喰い止める。
チェ・ヨンは肚を決め、ウンスと同じ大路の先を見る。

但しそれは最後の手段。判院事が出張って来た時だ。
あの娘如きが自分とウンスの周囲をうろつくだけで、王や公主を巻き込む大事には出来ない。
娘だけならこちらに分がある。
夕焼けに照らされたヨンの横顔、その口許に浮かぶ笑みを確かめると、今回はウンスが小さく首を傾げた。

 

 

 

 

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