2016 再開祭 | 釣月耕雲・弐

 

 

「最近はよく来てくれるのね」

前回の呼び出しから数日の後。
再び呼び出された部屋の扉からうんざりした顔で踏み入ったチェ・ヨンは、素気なく言った。

「呼ばれた故」
「なあに、呼ばれなきゃ来ないわけ?一応私はこれでも、あなたの命を救った主治医よ?
定期検診には通いなさいよ。大手術だったんだし、深刻な病態だったんだし」

自分で殺しかけておいて何を言う。
まして頼んでもいない、捨て置けと言った命を勝手に救っておいて。
ヨンは立ったまま、ウンスの斜向いに腰掛けて頭を下げる男へ眸を移す。

前回の呼び出しの折にはいなかった。恐らく祭への出店の報せを受けたに違いない。
ご苦労な事だと睥睨する視線を真直ぐに受け
「御体は如何ですか、隊長」
「変わり無い」
「顔色は良いようです」
「そうか」

その男、チャン・ビンは不機嫌な声にも動じず、寧ろ愉し気にヨンを見つめ返す。
「どうぞお座り下さい」

卓に向かい合わせの椅子は四脚。
空きの一つはウンスの横、もう一つはチャン・ビンの横。
何処を選ぶのか知りたいのだろうと、チェ・ヨンは当りをつける。

この男はいつでもそうだ。
冷静に状況を読み、最適な答を導き、挙句目に見えない此方の肚裡まで推し量ろうとする。
侍医の横を選び、ウンスと向かい合わせになるか。
ウンスの横を選び、その卓に隣合わせに座るのか。

ヨンの選んだ第三の場所。
大きな掌で椅子を掴むと、卓から少し離れた棚の前に音高く据え腰を下ろす。
肚裡の苛立ちを顕にするよう、纏う麒麟鎧が派手に鳴る。

椅子が埋まったところでウンスが会話の主導を握ろうと、早速大きな声で話し始める。
「あのね、漢方の先生にも」
「・・・チャン・ビンです、医仙」
「そうそう、チャン先生。先生にもちゃんと話したわよ。一緒にやってくれるって。
準備はここにある材料で出来るし、作り方も先生が相談に乗ってくれるって言うし」
「伝統茶というのは高価な茶葉を使わぬ分、民にも広まり易そうです。
手軽に入手できる材料が使えれば、未病の為にも良いかと。
歯磨きの粉や、肌につける水は確かに物珍しいでしょう」

チャン・ビンの興味深げな視線に満足そうに頷くと、ウンスは一人話し続ける。
「ローションね。材料は全部オーガニックだもの。
手作りだしパッチテストは重要だけど、それは買ってくれた人に伝えるわ。
キュウリでもヘチマでも使えるし、あとは精油が手に入れば最高よ。
バラに水蒸気を当てるとローズウォーターが抽出されるけど、大量生産出来ないし、ビジネスとして成立しない」

一体何を言っているのだ、この女人は。

言の葉の半分も判らず唖然とするヨンを尻目に、理解して当然だという目付きで同席の男二人を見渡して
「チャン先生には、分かってもらえる?」
最初からヨンの理解など期待していないとばかり、ウンスは斜向かいのチャン・ビンを大きな瞳でじっと見る。
ヨンを慮るような視線を向けた後、チャン・ビンは曖昧な表情で頷く。

「つまり伝統茶だけでなく、肌につけるものにも薬効がある、と」
「そういうことよ!さすが理解が早くていいわ」
一人話の蚊帳の外に置かれたヨンは腕を組み、無言で俯き続ける。

何を作ろうと、並べようと売ろうと、己の知った事では無い。
但し自分が此処で無駄な時間を費やすのだけは、真平御免だ。

ただ知りたい。何故この女人の言う事は叶えねばならぬ気になるのか。
一日も早く天門から追い返し、誓いを果たす為に何をすれば良いのか。

「ところで医仙。話の腰を折るようですが、キュウリ、とは」
「え?」
チャン・ビンの問い掛けに、ウンスは目を丸くした。

「キュウリ、キューカンバ。ないの?」
ウンスの問い返しに、チャン・ビンは宙へ目を泳がせる。
「ヘチマ、とは」
「ヘチマはあるはずよ。あの耳の悪い子、あの子が管理してる庭に花が咲いてるの見たもの」
「トギの薬園にですか」
「ああ、トギ。そうそう。すごく背が高くなる、黄色い花が咲いて実でたわしを作れる、大きなキュウリみたいな」

ウンスがしきりに両手を動かし、細長い形を空に描く。
要領を得ない説明でも伝わったらしい。チャン・ビンは穏やかな表情で頷くと言った。
「では天糸瓜ですね。その実の小さいものが黄瓜。何方も判りました」

心強い援護に安堵の笑みを浮かべ、ウンスは何度も頷き返す。
「天糸瓜、ね。ふうん。この時代はそう呼ぶんだ。あのツタから出る水、へチマ水がいるんだけど」
「ああ、ございます。鎮咳や切痰の効果があるので」
「パーフェクトよ!それを煮沸して使うの。そのままだと腐敗が早い。
防腐剤代わりに、この時代なら・・・ホウ酸とか、手に入るのかしら?」

交わす言葉を断ち切るよう、黙して腕組みをしていたヨンの黒い眸が静かに開いた。
「此方は」
「はい?」
突然の低い声に存在を思い出したように、ウンスが素頓狂な声で叫ぶ。

「何を」
「ああ、別に何ってわけじゃ。ただ1人で外に出ちゃいけないんでしょ?だからガードをお願いしようって」

ならばわざわざ呼びつけるな。
椅子を蹴り立ちたい怒りを抑え、ヨンはゆっくりと顔を上げた。

 

 

 

 

3 件のコメント

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    ひさびさー 朝!
    なんか わかんない話で
    (興味ないしー…)
    ウンスと 侍医が 盛り上がっちゃって
    面白くないなー チェッ ๑¯ํ³¯ํ)
    やっと 声がかかったと 思ったら…
    座る場所にも気を使い ほんと
    お疲れヨン

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    ウンスの発想、愉しそう♪
    ウンスが、高麗で暮らし始めたばかりの頃のお話なのですね。
    初めのころは、無愛想で、気難しそうなヨンでしたね。
    ウンスに、自分の心が知らず知らずに傾いているのに…という頃。
    この後、どうやって準備していくのか、ワクワクします。

  • 楽しい!
    ほんと楽しい!
    まだ思いに気づく前の二人。読んでいて面白いです。
    さらんさんて、本当にお話しを創るセンスありますね~。
    こんなお話しを読むことが出来て純粋に嬉しいです。
    さらんさん、ありがとうございます(//∇//)。

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