2016再開祭 | 夏白菊・拾壱

 

 

「もう大丈夫です。道具を上げて下さい」
体感で約5分。
声をかけると、おじさんが最初にトレイをお箸で引っ張り上げて、煮沸した手術器具を次々に載せた。

すぐに消毒の終わったトレイに載った道具が戻って来る。
まず自分の顔をマスク代わりの布で覆う。
持って来た石鹸を使って用意してもらったタライで念入りに手を洗ってから、横臥のテマンの鼻から下を清潔な布で覆う。

「楽にして良いわ。いつも通りに息をしててね」
その声にテマンは目を閉じて、深い息を繰り返す。
鼻下を覆った布の上に、麻佛散を一滴ずつ垂らしていく。

普段は麻酔科医や薬員のみんながしてくれてたから、妙に緊張する。
手術ミスは麻酔量が原因の場合も多い。ましてやレトロな手製麻酔、それも手動で一滴ずつなんて。

すぐにテマンの息が静かになる。そこで一旦脈を取る。
テマンの証は分からないけど、少なくとも今の呼吸や脈に異常はない。
睫毛の先を指先で触れる。それでも眼球反応もない。
「・・・テマナ?」

呼びかけても反応なし。
そこまで確認してからピンセットで創傷部の薬草をつまんで床に捨てて行く。
次に猪蹄湯を浸した布で創傷面を拭く。身体反応はない。
少なくとも無痛覚状態ってことよね。
あとは縫合。
問題になるような挫滅部位も見当たらないけど、この人が斬った徳興君の腕のような芸術的切り口とも違う。
それが腕の差か、刀の差か、それとも両方かまでは分からない。

針をセットした持針器を片手に、一度だけ深呼吸をする。

外科医は家族の手術はしない。今なら理由がよく分かる。
人間だから仕方ない。やっぱり怖い。家族の傷を診るのも、その体を縫合するのも、メスを入れるのも怖い。
ましてずっと慣れてきた術式でもない。使って来た薬も器具もない。
補助もないし、看護師もいない。それどころか清潔かどうかも碌に分からない場所での手術。

怖い。万一失敗したら?考えたくはないけどやっぱり考えてしまう。
危険は避けたいけど、それが逆に適切な処置タイミングを逃す事も。
家族の手術はいつだって怖い。そしてあなたの手術はきっともっと。
だけど私はあなたを助けたくて、心も体も助けたくてここに戻って来たんだもの。怖がってたら意味がない。
もうこの世界は、今の私にとって家族だらけなんだから。

私がオペしないで誰がやるのよ?誰になら安心して任せられるの?
他の人が執刀したらもっと怖くない?もっと落ち着かないでしょ?
やるしかない。数をこなして、この世界のオペに慣れるしかない。

あなたは何も頼まないのに、石鹸でしっかり手を洗ってから私の横に立つと、迷わずにトレイからメイヨーを取り上げて言った。
「手伝います」
何もしてないと、却って不安なのかも。じっと見つめる黒い瞳に 私は頷き返した。

 

「・・・カット」
パチンって金属音を聞いて、もうひと針。
「・・・カット」
縫合跡を確認し、もう一度パチンってあなたのメイヨーの音を聞く。
「・・・カット」

パチン。あなたの握ったメイヨーの最後の音が響く。
こんなもんよ。縫合は得意なんだから。
「はい、終わり。お疲れさま、ヨンア」
その声にあなたが息を吐いた。
「大丈夫ですか」
「うん」

保証するように頷くと、あなたの黒い瞳が緩む
そのまま部屋の隅を振り返って、立っていたおじさんに声をかける。
「すみません、托裏消毒飲を煎じたいんです。薬剤ありますか?」

縫合の間は薬房の隅から恐る恐るこっちを伺っていたおじさんが、出番とばかりに大きく頷いた。
「勿論です、医仙様。すぐご用意しましょう。他には何か」
「今のところは大丈夫です。もしかしたら薬湯は、途中で玉屏風散と荊防敗毒散に変えるかもしれないけど」
「金銀花も紅参もございます。いつでもおっしゃって下さい」
「ありがとうございます」

おじさんはにっこり笑うと近寄って来て、テマンの背中の縫合跡を、穴が開くほどじっと見つめた。
「これが医仙様の、天界の医術ですか」

あなたは明らかにしまったって顔をして、おじさんに向かって唸る。
「店主」
「は、はい大護軍様!」
その唸り声に、腰を折って傷口を覗き込んでいたおじさんの背筋が伸びた。

「他言無用だ」
「無論です。決して」
「元の取引先になど漏らしてみろ、命は無いぞ」
「判っております。医仙様は我が国の宝です。口外など致しません」
私ってば、いつまでお尋ね者なのかしら。
あなたが周りの人に口止めするたび思う。
元が滅びれば良いのかな。そうすれば実質、特赦って扱いになる?
そもそもお触れを出した国が滅びたら、命令も効力ないだろうし・・・
この人が周囲を気にせず、私も堂々と治療できる、そんな方法。
考えなきゃいけない。それが出来なきゃ私が高麗に戻って来た意味も、半分はなくなっちゃうじゃない。

テマンの脈が正常なのを確かめて、呼吸を確認して、ようやくベッドサイドの椅子に座る私を心配そうに見るあなた。
私は大丈夫よ。そう伝えたくて笑うと、黒い瞳が細くなった。
嘘をつけ。その瞳にそんな風に言われてるようで困っちゃう。

「では、薬湯を煎じる時はお教えください。いつでもお作り致します」
見つめ合う私達の横、おじさんはそれだけ言って静かに薬房を出て行く。
手術中に部屋中を照らしてた明かりは、今のテマンには少し邪魔。
その油灯やキャンドルをひとつずつ消して調節していく私の耳に
「・・・大護軍様」

手術中から今まで石みたいに黙ってたムソンさんの、頼りなく細い声がした。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    自分がやるしか無い…って
    やっぱり イヤよね~
    でも 家族を助けるためには やるしか無い
    ヨンの手伝いは…手慣れたもので
    慣れてほしいような ほしくないような…
    できれば させたくないかな。
    ムソンは何もできず モヤモヤでしょうね~

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