2016 再開祭 | 釣月耕雲・参

 

 

「では」
眸を上げたチェ・ヨンは低く告げる。

「え?帰っちゃうの?」
「はい」

驚いた顔のウンスを残し、ヨンは音もなく立ち上がる。
そして未だに席に付いたままの医官姿の二人を平等に見、不機嫌そうに呟いた。
「奇轍には目を光らせます。但し離れず。三歩以上離れれば責任は取れません」
「ま、待ってよ!!」

一礼し踵を返したヨンの腕を、慌てたような声と共にウンスの手がぎゅっと握り締める。
武者の本能でその手を小さな動きで払い、ヨンが驚いた顔で座ったままのウンスを見下ろした。

「何を」
「行かないでよ、あなたがいないと」
「は」
「守ってくれるんでしょ?帰してくれるのよね?」
「・・・はい」
「だったら一緒にいて。1人にしないで」

ならば大人しくしろと、口が酸い程に繰り返しているだろう。
今更不安になるくらいなら、何故最初から祭の出店など考える。
しかしヨンは口には出さず、冷たい視線でウンスを見下ろす。
「当日は、必ず迂達赤の腕利きを付けます」
「当日って?あなたが来てくれるんじゃないの?!」

そんな事に付き合う暇はないと、とことん呆れた息が漏れる。
それ程に出歩きたいなら、退屈で死にそうだと思う程なら行けば良い。
しかし自身は万一に備えこの厄介な女人と奇轍、双方に目を光らせる必要がある。

医仙の側にはチャン侍医もいる。無論迂達赤も警護につける。
寧ろ注意を払うべきは奇轍。
そして周囲のあの入密法を遣う笛吹きと火功遣いの火女、毒薬遣いの小男。
本気で足止めするには自身が出向かねば無理だと、ヨンが誰より判っていた。

「参りません」
「だって、そんな」
「奇轍を張ります」
「そんなのダメ!!」
悲鳴のようなウンスの声に、ヨンの眉根が深く寄る。

「叫ばずとも」
「ダメなんだってば!!当日はあなたがお店にいてくれないと」
「迂達赤が」
「そうじゃなくって!!」

何を焦っているのだ。無事に天界に帰れるならば文句はあるまいと、ヨンの表情が険しさを増す。
それともまた黙って何か企んでいるのか。前科が無いわけでは無い。
天人の考える事は悉く判らないと、黒い眸が肚を読むようにウンスの顔をじっと見る。
ヨンに正面から見据えられ、その瞳が懇願の色を浮かべる。

「だってあなたと先生がいれば、お客さんが山ほど入りそうじゃない!
コスメカフェなんだもの。性格はともかく、顔の良い男性店員が絶対必要なの」

・・・つまりは侍医と共に、客寄せをしろという事か。
あまりに明け透けな物言いに、ヨンは無言でチャン・ビンと視線を交わしあった。

 

*****

 

「冗談じゃない。絶対やらない」
「断れん」
「勘弁してくれ。本当に嫌だ」
「知るか」

初夏の風の吹くその日の夕暮れ。
開京城下を抜ける細い川に掛かる石橋の袂。
橙色の夕焼けの名残の光の中、ヨンの隣に並んだ男が頑なに首を振る。

ヨンは頭上に揺れる柳葉に視線を向けたまま、涼し気な声で言い放つ。
「何でもすると言ったろ」
「それはあの時、あんた達に助けてもらったから」
「テマンも聞いたな」
「は、ははい隊長!!」

並ぶ二人の横。
石橋の手摺の上に腰掛けるヨンに従いたテマンは、向けられた声に急いで頷いた。
「証人もいる」
「だからって、去年の話を持ち出すなよ!」
「約束には違いない」

懸命に振る首の所為で、男の肩を超える黒髪が乱れる。
それを両鬢から後ろへと長い両指の手櫛で流し、馬の尻尾のように結び直した。
束ね損ねた額髪が涼し気な切れ長の目許に落ちかかり、夕陽の中で薄紅い影を落とす。

表情を変えないヨンへと、男は困り果てた顔で視線を戻す。
「あんたの為なら良いさ、何でもする。だけど店を出すのはあんたじゃないだろ」
「違う」
「なら俺は嫌だ。誰か他の奴に頼んでくれ」

どれ程不機嫌に顔を歪めようと、整った目鼻立ちは隠せない。
相変わらずだと、男の視線を受けたヨンは思う。
あの時も思ったものだ。これ程容貌の整った男がいるのかと。

男五人に囲まれた中央。
顔中を腫らし血を流し、土に汚れ衣は破れ。
晩秋の月下にゆらりと立つ姿は、男の眸からも背が凍る程美しかった。

あれは夜叉だ。夜叉の美しさだ。

月下の男が気配に振り向き、偶さか通り掛かった此方が別の刺客とでも思ったか。
立っているのもやっとだろうに
「誰だ」
底光りする眼で闇に立つヨンとテマンを睨み、鋭く誰何した。

注意が逸れると同時。
地に腰を着いていた男の一人が隙をつくと立ち上がり、その夜叉へ殴りかかる。
それに勢いづいたか、残る四人の男達もそれぞれよろめきつつ立ち上げる。
そして一丸で圧し掛かるように飛びついた。

眸の前で起きた多勢に無勢の喧嘩ならば仕方無い。

ヨンは軽功数歩でその輪の外へ辿り着く。
一番手近な男の襟首を後ろから大きな掌で掴み、そのままの勢いで引き摺り倒す。
二人目の男にテマンが駆け寄り、脇腹へ肘鉄を打ち込む。

倒れた夜叉の足腰を蹴りつける為に片足を上げた三人目。
地面に残る軸足を払い、四人目の男の胃腑の真上に鬼剣の柄先を叩き込んだ時。
テマンが夜叉に殴りかかろうとする最後の男の眉間に向け、拾い上げた小石を指先から放つ。
石が闇に良い音を響かせると共に、最後の男は地面へと昏倒する。

襲った五人も襲われた夜叉も、何が起きたか判らなかったのだろう。
唯一意識の残った夜叉は、腫れ上がった眼を開いたまま地に横たわる。
そして其処から月を背負い、黒い空を切り取って己へ歩み寄る二つの影を見ていた。

「・・・誰だよ」
「お前こそ誰だ」
どうにか起きようとしてしくじり、無残な姿の夜叉は地面の上で大の字に手足を広げる。
「もう無理だ。殺すなら殺せ」

掠れた声で呟く男に、チェ・ヨンは昏い目を向けた。

 

 

 

 

4 件のコメント

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    ・・・・・ ウンスさん
    テジャンを、 まさか…
    看板娘ならぬ 看板テジャンに…?
    さすがだわ でも 侍医と2人いたら
    そりゃ もう 大繁盛間違いなしね。
    で… あなたたち なにもの?

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    さらん様、
    イケメンカフェのオリキャラ店員ですよね?
    イメ画だけでは、分かりませんでした(つд;*)
    誰かしらー?
    なんとなーく佐藤健君っぽい?
    でも、韓国俳優さんですよね?
    んー、勉強不足!って言っても気に入ったのしか見てない、元々勉強してませんがΨ( ̄∇ ̄)Ψ

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    オリキャラ登場ですか?
    ヨンに「夜叉の美しさ」とまで言わせるこの男性。
    誰かモデルがいるのか気になります(≡^∇^≡)
    今後の展開、楽しみにしています♪

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    「性格はともかく、顔のいい男性~」に笑ってしまいました!
    ヨンも侍医も返す言葉が出てこない(笑)
    そして新オリキャラ登場ですね♪
    どんな活躍をしてくれるのか
    楽しみです(^^)

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