2016 再開祭 | 釣月耕雲・廿弐

 

 

「ごめん。私知らなくて、いろいろ言っちゃって」

チャンイと遭った場末の酒幕とは違う。今宵の宴は酒楼で催された。
提灯の揺れる光の中、ウンスは盃を重ね既に目許を紅く染めている。

酒の酔いが素直にさせたか、珍しく下げた頭を見ぬようにチェ・ ヨンはぶっきら棒に呟いた。
「覚えて下さい」
「だって教えてくれなきゃ、分かんないわよ!」
「訊いて下さい」
「知らないものをどうやって聞くわけ?心でも読めっていうわけ?!超能力者じゃあるまいし」

素直に下がっていた頭は上がり、紅い髪の隙間からウンスがヨンを睨みつける。
酔っている分始末に悪いと、ヨンは眸を逸らしたまま首を振る。
ウンスの大袈裟な叫び声に、当然だという顔で他の男達が頷いた。

「・・・またまたー!みんなして冗談ばっかり」
ウンスはそう言ってけらけらと酔払いの声で笑い、毛筋程も乱れない真顔の男達に焦点の合わない瞳を向ける。
「ねえ、ちょっとみんな」

酔払いは相手に出来ないと思ったか、それともヨンに遠慮があるか。
ヨニョルとトルベの声は返らず、ウンスの声に反応するのは向かい合うチャン・ビンだけだ。
「医仙、声が」
「ねえ、チャン先生。まさかみんな、本当に心を読んだりなんてしないわよね?」
「読むといっても、書物のようなものではありません。字が書いてあるわけでは」
「じゃあ読んでるの?本当に?!」
「相手の立場に立ち、考えてみるという事です」
「そんなの無理に決まってるでしょ?第一同じ立場って、1人1人経験値もスペックも違うんだから」
「試される前から、何故無理と決めつけるのか・・・」

チャン・ビンが呆れた様子で自分を眺めるのに言い訳するよう、首を振りながらウンスが言い募る。
「それなら直接聞いた方が早いし、間違いないわ。私はそう思う。
先生やみんなが言ってるのは多分配慮とか思いやりとか、そういうことなんだろうけど」
「直接言える事なら苦労はしません。柵もあります。そうした部分を読んで頂きたいと」
「口に出来ないこと?」

チャン・ビンが頷くとウンスの酔った瞳が千鳥足のようにふらふらとヨンの黒い眸へ辿り着く。
「そうなの?あなたにも口に出来ないことがあるの?ただ無口で不愛想なのかと思ってた」

否とも応とも答えずに、ヨンはウンスを目で促した。
「此度の商いは、どうでしたか」
「ああ・・・うん、えーっとね」

摩り替えられた話に乗ってウンスは懐からざらざらと音を立て、重そうな革袋を取り出す。
続いて薄紙を引っ張り出してそれらを並べて酒楼の卓の上へと置いた。
「じゃーん!!」

その明るい声に誰も反応しないのが悔しいか、ウンスが小さな掌で卓の上を幾度も叩く。
「じゃーん!!見て見て、ごまかしてないから!!」
「誰も疑いません、医仙」
「チャン先生だけじゃなく、みーんな見てってば!注目!!」

いくら酔っているとはいえ喧し過ぎると、ヨンは渋々その眸で卓上を眺める。
黒い眸が当たっただけで満足したよう頷くと、大きく笑んだウンスが革袋を逆さに開けた。

中から音を立て零れ落ちる銭。
続いてウンスは薄紙をふらつく指先で開き、卓上に広げてみせる。
覗き込めば書かれているのは見た事もない記号や、組み合わさった縦横の線。

「えーっとね、最終売り上げは・・・目標金額の185%でした!!
つまり材料費を典医寺に返して、みんなにお給料を払って、ここの飲み代を払ってもまだボーナスが払えるってことよ!!」

ウンスだけが上機嫌で高らかに声を張り上げるが、何を言っているのか全く判らない。
ヨンが知りたい事はまだ伝えられない。
「つまり」
「え?」
「勝ったのですね」

確かめるその声にウンスが細い両腕を酒楼の天井へと突き上げる。
「もっちろん!完全勝利よ、大儲けだわ!!」

其処でようやく安堵したヨンが大きく息を吐き、初めて心から満足そうに口許を微かに緩める。
トルベが拳を握り、横のヨニョルとそれをぶつけあう。
チャン・ビンは安堵したように頷くと、ウンスへ向け穏やかに笑う。

「使った薬草や薬剤は、そもそも処分すべきものでした。医仙が計算されたものより、安く抑えられるかも知れません。
後程改めて計算いたします」
「ほんと?」
「はい。当初試算したのは市で流通する値ですので」
「じゃあすごいかも!」

ウンスは弾むように言うと、うきうきと銭を目で追った。
「うまく行けば本当に200%も夢じゃないかも!予想の倍売れたってことよ?すごくない?」
「取らぬ狸とも」
先走るウンスを窘めるよう、ヨンは低く声を掛ける。
「うーん。とにかくみんなにお給料ね。サービス業の健全経営では売り上げの50%らしいから、それで計算したわ。
3日勤務があなたと、チャン先生とヨニョルさんとチャンイさん。迂達赤さんが1日ずつ」

そこまで言ってウンスは唇を引き結び、ヨンをじっと見つめた。
問い返す眸にウンスの目が一旦卓上の銭へ落ち、改めて上がる。

「・・・何です」
「どうしたらいいの?」
藪から棒の問い掛けにチェ・ヨンの眸が横のチャン・ビンを見る。
ウンスの扱いには慣れた筈のチャン・ビンも理解できぬよう、ヨンの視線に首を振り返す。

「チャンイさんのお給料、誰に渡したらいいの?!」
「金が欲しければ最後まで残ってたろ。途中で消えたんだ、つまり要らないって事さ」

ウンスの声に商いに慣れたヨニョルが肩を竦め、あっさりと言う。
手裏房である以上号牌が無くば再会は叶わぬと、ヨンも返す答に窮す。
チャン・ビンは曖昧に首を捻り
「医仙が保管し、次に会えた時にお渡しするしか無いかと」
そんな折衷案を出す。

「そうかー、それしかないわよね」
ウンスは溜息をつくと、銭を目の前で音を立て数え始めた。
「じゃあ、まず3日働いてくれたヨニョルさん。本当に助かりました。ありがとう」
「あ、俺は要らないよ」

ウンスがヨニョルの前に置いた銭を、当然だという顔でヨニョルの手が押し返す。
「そもそもあんたの為じゃなく、助けられて手伝うと決めたんだ。
いろいろ勉強になったし、良い兄さん達とも知り合えたし」
「おお、殊勝な心掛けだな!」

トルベがその肩を叩くのに、ヨンが首を振る。
「取れ」
「・・・何言ってんだよ。俺はあんたに助けられて」
「商人だろ」
「良いって言ってんだ!俺はあんたに一度だけ、何でもするって言ったんだから」

ヨンはヨニョルの頑固な目を睨み、挑発するよう笑って見せた。

「算盤も弾けぬ駄目商人か」

 

 

 

 

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