2016再開祭 | 桃李成蹊・番外 ~ 慶煕 2017・8

 

 

邂逅の後、初めて二人きりになったからか。
その肚裡に周囲の者には吐き出せぬ鬱積が溜まっていたのか。
俺だからこそ打ち明けられる事もあるのか。

寒々しい廊下を歩くミンホの、独白のような声は止まらない。

「ヨンさんの時代には、戦争があるんだろ?」
「ああ」
「そうだよね。戦場ですごく強くて、おまけに清廉潔白な将軍だって今でも有名なくらいだから」
「・・・らしいな」

あの方にもこの男にもそう言われれば頷くしかない。
眉を顰めた俺に低く笑うと、奴は俺を横から流し見た。
「戦争って、怖くないの?」
「怖い」
「天下のチェ・ヨン将軍でも怖いのか」
「命を奪う。怖くて当然だ」
「相手を傷つける事だけが怖い?自分が死ぬ事は考えない?」
「・・・・・・考えた」

死にたかった、死に場所を探していたと、この男に言う訳にいかん。
この男は必ず生きてこの場所に戻らねばならん。今と同じ王座に。いや、今より一層の高みに。

「あの後少し調べたんだ。ヨンさんは中国の紅巾族と、日本の倭寇と戦って将軍になったんだね」
「ちゅうごく」
「ああ。うん。今はそういう名前なんだ」

紅巾族。倭寇。元と倭国はちゅうごくとにほん。今の天界ではそんな名なのだろう。
「この世には戦はないと聞いた」
「・・・誰に?」
「あの方に」
「そうか、ウンスさんか」
「無いのだろう」

無いのだろう、だから案ずるな。
そう言おうとした途端、初めて見るミンホの暗い眼に声が止まる。
「戦争は、今でもあるよ。どこかでいつも起こってる」
「そんな筈が無い」

告げられた声に首を振る。あの方が俺を謀る筈が無い。
ましてそれを告げられたのは、俺達が共に過ごすようになる以前だ。
そんな騙り事をしてあの方に得はなかったろうに。
「ヨンさんの時代の戦争とは違うけどね。今でもあるよ」
「そうなのか」

あの方はおっしゃっていた。俺の鬼剣を驚いたように眺めて。
私の住んでたところでは、誰もそんな剣を振り回したりはしない。
天界は誰も武器を持たぬ平和な処ではないのか。
火薬の花を空に打ち上げられる国になったのではないのか。

それだけが望みだった。
高麗で成した戦が天界の静けさに、あの方の大切な方々が今も住む世の平安に結びつけば、多少は報われると願ったのに。
「ねえ、ヨンさん」
「何だ」
「どうしたら、いつになったらみんな平和に暮らせるんだろうね?」
「・・・さあな」

そんな方法があれなら俺が知りたいくらいだ。
戦など、争い事など真平だ。武人ですら思う。
では何故戦は止まぬのか。それは誇りを守る為だ。
国の、民の、王様の、何よりあの方の誇りを守る為に俺は剣を握る。
己の誇りを己の手で護り抜く。それは人として当然の摂理だろう。

己の持つ領分だけで満足できれば戦は起きん。
他人の分まで欲しくなり、無理に奪おうとするから起きるのだ。
奪われまいとする誇りが剣を握らせる。護るなら戦うしかない。

「ドキュメンタリーを撮影したんだ」
「どきゅめんたり」
「DMZって、軍事境界線の非武装地域でね。地雷だらけでもう半世紀、ほとんど人が立ち入らないから、野生動物が多いんだ。
その動物を撮影しに行った」
「長閑だな」
俺の世の戦場では鳥も獣も、敵の気配を読むために用いる。
啼き交わす鳥が黙り込み、森の奥から鹿や兎が消えれば、それは即ち敵が近寄っている合図。

「そうだね。のどかなはずだった。少なくとも俺が撮影したこの1年半、それほど切羽詰まった雰囲気はなかったのに・・・」
俺の声に頷きながら、ミンホは唇を噛んだ。
「ねえヨンさん。俺ね、こう見えても韓流スターって言われる有名人なんだよ」
「らしいな」

天界でまでこいつと戦談義などしたくない。
ようやく戦から話が逸れるかと、俺は頷いた。
あの方も怒鳴っていた。俺が攫われ、ミンホと初めて対面した折に。

韓流スター、だから何?私の愛する人を攫う理由にはならない。

あの頃あの方と表を出歩く度に浴びせられた視線。向けられたすまほやかめら。そして歓声。今日の熱。それで充分だ。
しかしこいつは話を逸らす気など更々無いらしい。暗い目のまままた話を戻す。
「それでも国同士がケンカを始める時には、何の役にも立たない」
「そうか」

俺と似ている。初めてそう思えた。
どれ程王様に進言する機会を与えられようと、民に顔や名を知られておろうと、戦の陣頭指揮を取る立場にあろうと。
攻め込まれれば護る、そして誇りを守る為に戦う。
それだけではなく時には無用な戦と知りながら出陣する事すらある。
誤っていると声を上げても、聞き入れられぬまま。
部下や家族同然の仲間を喪うと、判っていて出ねばならぬ時がある。
下らぬ駆け引きや則の為に。守るべき大義もなく。

「結局国民は、国の都合で動かなきゃいけないのかな。自分の人生なのに、流されるしかない?」
知る限りいつも楽観的なこいつにしては、切羽詰まっているらしい。
難しい理屈を捏ねられても俺には判らん。
「考えろ」
「考えるって、何を?」
「行かねばならんなら、何故行くのか。その先で何を成すのか。
離れる二年をどう過ごすのか。戻れば何をすべきか。総てお前次第だ」

遠廻りした俺の答は最も簡単な処にあった。
護りたい。共に居たい。
護りたいから敵を斬る。 俺が迷えば俺を信じる者が犠牲になる。
共に居たいから待つ。 俺が諦めてしまえば二度と逢えなくなる。
そんな目には遭わせない。朋もそしてあの方も。

「俺は四年待った」
「・・・え?」
仕方なく吐いた唐突な独白に、男が目を丸くする。
「4年って、ウンスさんを?」
「ああ」
「どうやって会ったの?連絡は?だって車も電車も飛行機も、メールも電話も何も」

如何にも天界らしい発想に、思わず失笑が漏れる。
「待った」
「連絡もなしで?全然会わずに?4年間、ただずっと黙って待ったの?」
「待った」

話を逸らすには有効な手だったらしい。
繰り返す声に、ミンホが呆れたように首を振った。

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    お久しぶりです。再開、再会嬉しく思います!でも、さらんさま…無理はしないでくださいね。
    ヨンは4年も待ったんですよね。ただひたすら。ミンホが言うように、交通手段も電話もメールもないのに…
    私達はいくら大変な事態でも兵役などに行っている彼らを待てばいいのですよね。ヨンのようにウンスの事が何にもわからないわけではないもの。ミンホさんのことも他の俳優さんやアーティストのことも。素直に待てる気がしてきました。さらんさま…ありがとうございます!しかも、私たちにはさらんさまがいらっしゃる‼それまでさらんさまのお話でずっと待ってられます!気遣ってるのか、煽ってるのかわからないですね…でも、待ちます。

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    遣る瀬無い刻があって
    視えないものに…誰と断定出来ない憤りがあって
    不安定が心を揺らし…不安が猜疑心にかわる
    だから…揺るがない 揺るぎの無い
    確かなものが明確になる
    心一つ 身一つ 廻りに目を配り 己れを定める
    捉えても…執われるなとは言わず
    己れの心一つだと……経過する刻を知る者の強さ
    重みは幾ばくか。
    語る言葉に考えをめぐらせ、目にした事を落とし呑み込む。
    願い…願う
    乞い…乞う 在るが儘に
    出来れば…笑おうよ…微笑おうよ
    それで………じゅーぶんだものねーっ╰(*´︶`*)╯♡

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    ミンホさんの公益勤務に合わせたお話になっているのですよね。
    ヨンとミンホ、これ好きですよ。
    もしかしたら、今日5月11日(木)で、彼とヨンと会えるのも…
    ヨンが、ウンスの元に、高麗に、帰れますように。
    ミンホさんの、任務…の前が素敵な日で終わりますように。

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