2016 再開祭 | 釣月耕雲・廿参(終)

 

 

チェ・ヨンの露骨な挑発に、ヨニョルが顔を紅くする。
「何だよ!」
「留守の間、お前の店は誰が見た」
「それは、親父が」
「ならば父上に差し上げろ。ただ働きする商人が何処に居る」
「だから最初に言っただろ!俺にだって意地ってもんが」
「お前ではなく、人手を借りた父上への礼だ」

その悶着の中、ウンスが遠慮がちに声を続ける。
「じゃあチェ・ヨンさん、これ。急にお願いしたのに、いろいろありがとう」
「はい」

チェ・ヨンは断る素振りも見せず、目前の小さな銭の山を掌で掴み躊躇なく懐へと押し込む。
トルベとチャン・ビンが少なからず驚いた眼で、チェ・ヨンの様子をじっと眺める。

「俺はもらう。どうする」
チェ・ヨンの声にヨニョルは根負けしたように頷いた。
「・・・判った。有り難くもらうよ。親父に渡す」
「じゃあ次はチャン先生。本当にありがとう。準備の時から先生がいてくれて助かった」

チャン・ビンの目がチェ・ヨンへ動く。その眸が小さく頷くのを確かめ、
「・・・此方こそ、勉強になりました・・・」

チャン・ビンもチェ・ヨンに倣い、同じく銭を静かに懐へ収めた。
「じゃあ最後は、迂達赤さん。騒ぎになっちゃってごめんなさい。本当にありがとう」
「いや、医仙。俺は」

首を振りかけたトルベの卓下の長い足へ、チェ・ヨンの小さく鋭い蹴りが飛ぶ。
「い!・・・ただき、ます」

チェ・ヨンに強か蹴りつけられた痛みを隠すよう、トルベが言って頭を下げる。
「後は昨日の迂達赤さん。トクマン、さん?の分だけど」
「・・・何故名を」

チェ・ヨンの低い唸り声にウンスは首を傾げ
「あなたが守りにつけてくれた時に、一度だけ自己紹介してくれた。
その時そう言ってた気がするんだけど、間違ってた?自信ないわ」
「トルベ。明日トクマンに渡せ」
「隊長、でも」
「渡せ」
「・・・はい」

到底承服できないと言う顔でトルベは渋々手を伸ばし、トクマンの分の銭も纏めて掴んで懐へ突込む。
「じゃあ、飲もう!今日は打ちあげよ!!」

銭の分配を終えるとともに肩の荷が下りたか、明るく叫ぶウンスの声に男達は銘々の盃を握り直した。

 

*****

 

「隊長」
「・・・呆れた虎だ」
「心身ともに、お疲れが溜まっていらしたかと」

機嫌良く盃を重ね、並んだ皿のつまみをすっかり平らげた挙句。
ウンスはまるで螺旋が切れたように、突然動かなくなった。

それに気付いたのはチェ・ヨンとチャン・ビン、何方が早かったか。
そのままくたりと卓へと突伏す小さな躰。
卓上に広がる紅い髪が盃に残る酒に沈みそうで、チェ・ヨンは気が気ではない。
けれど起こす事も、その髪に触れて整える事も出来ない。

トルベはヨニョルと女人談議に花を咲かせ、周囲の客まで巻き込んで、妓女や酒楼の情報を交わし合っている。
そんな騒がしい声の中、ウンスはすうすうと寝息を立て始めた。

男だらけの酒の席。
それ程無防備に眠り込む方があるかと、思わずチェ・ヨンが椅子から腰を浮かしかける。
それに気付いたチャン・ビンが、ウンスをそっと目で示す。
「隊長。そろそろお開きに」
「ああ」

初めて気付いたトルベとヨニョルが同時に振り向き、眠りこけるウンスを驚いたように見た。
「すげえ。完全に落ちてるな」
「隊長、医仙は」
「大丈夫だ」

チェ・ヨンは酒楼の奥を覗き込むと
「主、勘定だ」
そう言って懐から先刻の銭とは違う私銭を卓へ置く。

「毎度ありがとうございます!」
酒楼の主が走り出て、卓の一行に向け深く腰を折った。

毎度。明らかに己ではない。
トルベかヨニョルか、それとも両方にか。

席を立つと卓に突伏すウンスを見下ろして、チェ・ヨンは己の眉間を指先で押さえた。
担ぐ。抱く。無理に腕を引き歩かせる。どれも無謀で気が進まない。
しかし戸板を担架代わりに、チャン・ビンと共に運ぶのも間抜けだ。

「隊長」
戸惑い顔のチェ・ヨンに向けて、薄く笑んだチャン・ビンが静かに声を掛ける。
「私が背負いましょうか」
「・・・要らん」

チェ・ヨンはその声に押されるように眠るウンスに背を向けて床へ屈むと、その両腕を握り軽々と背に負う。
そのまま店を出るチェ・ヨンの後に、三人の男が従いて出る。

「本当にありがとうな」
店を出た処でヨニョルが言うと、チェ・ヨンへ向けて頭を下げた。
「また誘ってくれ。楽しかった。俺の店もあれくらい繁盛させたい」
「おう」
「兄さん、今度は二人でとことん飲もうぜ」
「いつでも誘え。お前なら大歓迎だ」
「先生も、ありがとうな。俺の店でも扱えそうな品があったら相談したいんだ。いろいろ教えてくれないか」
「大歓迎です」

それぞれにそう言って頭を下げると、ヨニョルは笑って手を上げた。
「何だか名残惜しいな。もう行くよ、きりがない」
「またな」

チェ・ヨンの声に深く頭を下げ直し、ヨニョルがくるりと背を向けると往来の中を走って消えて行く。
ウンスを負うチェ・ヨンの左右を守るよう、トルベとチャン・ビンが静かに歩き出す。

「てじゃーん」
大の男の甘えたような声にチェ・ヨンの冷たい目が当たる。
「酔ったか」
「いや、そうじゃないです」

トルベはにやりと笑むと己の懐へ腕を突込み、先刻の銭をじゃらりと取り出した。
「これ」
「お前とトクマンの取り分だ」
「あそこで受け取らなきゃ、ヨニョルが受け取りにくいと思ったんでしょう」
「・・・何の事だ」

声には答えず、トルベはウンスを背に負い両手の自由の利かぬチェ・ヨンの袖口へその銭を突込んだ。

「一緒に店に立ったって、明日皆に自慢して良いですか」
「馬鹿が!」
「俺目当ての女人が多かったって、証言してくれますか」
「ふざけるな」
「いや、真剣です」

初夏の夜空の下、トルベが満足気に星を見上げる。
「愉しかった。非番で得しました」
「最後の怒鳴り合い以外はな」
「ああ、あんなのは日常茶飯事ですよ」
「懲りろ」
「あれしきで懲りてたら、女人相手は務まりません」

何の自慢になるかと、チェ・ヨンが呆れて首を振る。
振った拍子に負うた肩から己の胸へと流れる紅い髪に擽られ、思わず体が硬くなる。

その様子を横目にチャン・ビンが同じように懐へ腕を差し入れ、其処から銭を取り出した。

「考える事も同じなら読む事も同じですね。恐らくはヨニョル殿も」
「侍医」
「はい隊長」
「その銭まで突込んだら殴り飛ばすぞ」
「さあ、医仙を背に隊長が何処まで出来るやら」

チャン・ビンは愉快そうに低く笑い、チェ・ヨンの逆袖口から銭を落とした。

「金の為ではない。医仙はどうだか判りませんが」
「・・・まあな」
「勉強になりました。天界の品はどれも素晴らしい」
「そうか」
「糸瓜水に猪蹄湯を僅かに入れたでしょう。あれも医仙から教わりました。一度ゆっくりと火にかける事も。
火にかける前に直に糸瓜水を肌につけると青臭かったのですが、それも無くなった」
「成程な」
「薔薇の花弁を使う薔薇水は、女人が飲用する事が多いのです。
此度それも加えると伺った時には驚きましたが、おかげで素晴らしい品が出来上がりました」
「腫れや痒みの出た者は多かったか」
「いえ。殆どおりませんでした」
「何よりだ」

チェ・ヨンは息を吐くと、左右を挟む男達を均等に睨んだ。
「と、言うとでも思ったか」
「え」
「隊長」

チェ・ヨンの鋭い目付きに、トルベとチャン・ビンが息を呑む。
「さっさと金を受け取れ」
「いや、もう収めましたから」
「おっしゃる通りです」
「取り出せ」
「いや、そうするとなると医仙に触れますから」
「隊長が気にされぬとおっしゃるなら別ですが」
「お前ら」

チェ・ヨンが奥歯を噛み締めて、低く唸り声を上げる。
「覚えてろよ」
「ところで隊長は、いつ医仙に返すつもりだったんですか」

トルベが反省の色も無くチェ・ヨンへ問い掛ける。
「・・・枕元に置くつもりだった」
「それじゃ地蔵のお供え物ですよ、隊長」

茶化す声にチャン・ビンが堪らず噴き出した。
「朝起きて金を積まれてたら、医仙が仰天されるでしょう。きっちり顔を見て返さないと」
「そうですね。明日典医寺へおいで下さい。朝医仙が起きられれば、お伝えしておきます」

典医寺への帰り路、響く男達の笑い声の中。
背負われたウンスが
「うう、ん・・・」

小さく声を上げ、大きな背へ甘えるようにぴたりと張り付いた。

 

 

【 2016 再開祭 | 釣月耕雲 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

9 件のコメント

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    大忙しな3日 (プラスα)
    終わりましたね。
    いろいろあったけど(๑⊙ლ⊙)ぷ
    気分よく 終われてよかったわ
    新たな出会いもあったし
    テジャンは どうやら 分かりにくそうで
    わかりやすい(ウンスに関しては)
    ウンスも 心地よく おおきな背で
    ゆめみてるかな?
    ( *^艸^*)

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    いいなぁ…
    ヨンもチャンビン侍医もトルベもヨニョルも…
    互いに初めから、お金のため…なんて思っていない。ただひたすら、ウンスのため…。
    ウンスを背負って歩くヨン。その両脇を挟むように歩く、チャンビンとトルベ。
    ウンスは、みんなに護られながら、ヨンの背中で気持ちよく寝てるのね。最高のベットですね。
    この夜のシーン、男たちのそれぞれの想いが溢れ、絵…になりますね……
    ウンス、お休みなさい……

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    とてもおもしろかったです。
    ウンスの回りを彩る個性あふれる男性陣、その掛け合いが
    テンポよく、どんどん引き込まれて読んでいきました。
    お話の場面が目に浮かぶようで、映像にすれば楽しいだろうなあと思いました。
    ところで、ウンスがヨンに「助けてくれたら何でもいう事聞くわ」と以前言っていましたが、どんなことをすることになるのでしょう?これも楽しみです。

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    さらんさんの所のヨンは無口で堅くて男前(*^^*)
    ヨンも枕元に返すんじゃなくて何か買ってあげればウンス喜ぶのに~
    って、ヨンはしないか(笑)
    素敵なお話ありがとうございました。

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    もう~~どうしてこんなにも
    良い人達ばかりなんでしょうね(^^)
    ヨンは幸せね❤
    さらんさん❤
    此度も素敵なお話ありがとうございました(*^^*)
    新章は私の大好きなヒド登場ですね。
    楽しみです~~

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    楽しみに読ませて頂いていました。
    良い男たちの最後の余韻がなんともいえないです。信義って本当に素敵な男だらけ!
    お話、ありがとうございます

  • こんばんは。
    最後までととも楽しく読ませていただきました。
    ウンスさんが羨ましくなりました。
    思う人がいるって素敵ですね。忘れていたけど思い出しました。

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