2016 再開祭 | 佳節・壱

 

 

「たんじょうび」
翌日の坤成殿。今日もやっぱり雨が降っている。
媽媽の御拝診に典医寺から雨の中を歩いて来た私の手に豪華な刺繍入りの手拭いを渡しながら、叔母様が首を傾げた。
それだけならまだしも、媽媽までが。

差別する気はないけど、どれ程有名でも優秀でも勇猛でも敵なしでも。
あの人はどこまで行っても英雄ではあるけど、やっぱり軍人の立場で。
それに比べて王様や媽媽はお生まれももちろん由緒正しい。
第一その誕生が国の歴史を左右したり、ゆくゆく国の祭日になるようなレベルでしょ?
なのに、まさか。

「・・・媽媽?」
恐る恐る確かめる声に、媽媽が頷かれる。
「はい、医仙」
「もしかして、媽媽もご自身のお誕生日を御存知ないとか・・・」
「たんじょうびとは」
「生まれた年と、日付なんですが」
媽媽はようやく納得されたように、にこりと笑って頷いた。

「妾の生まれは至順壬申年の建戌月九日です」

・・・なおさら混乱してきたわ。壬申年って。ううん、それはいい。
私が帰って来た時あの人と同じ年齢になった事は、直接あの人から聞いたもの。

それより問題は建戌月。それって何月?
「ま、媽媽」
「はい」
「建戌月っていうのは、一年12か月のうち何月に・・・」
「ああ、天界とは月暦も違われるのですね」
「はい」

私が頷くと、媽媽が叔母様にその目で合図をされる。
叔母様は素早く媽媽の御机の上にあった紙と筆を用意して、鮮やかな達筆で何か書きつけていく。
あっという間に書き終えたその紙を、まだ墨も乾かないままで私の前に差し出すと
「今はここ、建午月となります」
紙に書きつけられた順に目で辿る。
でも授時暦って確か旧暦で約1か月遅れ?計算方法もすっかり忘れた。

良いのよ。新暦だろうと旧暦だろうと、今日が何月何日に当たるかが分かればそれでいい。
「しかし何故突然、誕生月など」
怪訝な顔をする叔母様と媽媽の前でお伝えするのは照れくさいけど。

「実は、あの人の誕生日を知りたくて。お祝いできたらなって」
「・・・医仙」
途端に声を低くする叔母様と、
「素晴らしいです、医仙」
そう華やかな声を上げる媽媽。

「媽媽」
「良い。チェ尚宮」
何故か叔母様は申し訳なさげに媽媽へと深く頭を下げ、媽媽はそれを取り成すように首を振られる。
・・・何となくまずい雰囲気なのだけは分かるんだけど。
でもどこがまずいのかが、全く分からないのよね。

「医仙」
叔母様は媽媽の制止を振り切るように、私に向けて厳しい声で呟いた。
「天界の則は存じませんが、高麗でご生誕の日を御祝いするのは御二人だけです」
「・・・え?」
お二人だけ。お二人ってまさか。

「王様と王妃媽媽の御二人だけです。王様のご生誕日は至順庚午年の建未月六日。
そして王妃媽媽は先程医仙にお伝え頂いた通りです」
「チェ尚宮」
「王妃媽媽」

媽媽の低い声にも頑として聞き入れず、叔母様は静かに首を振る。
「大護軍はあくまで家臣です。このような話、一歩間違えば王様や王妃媽媽への不敬罪とも受け取られかねません」
「王様や妾がそのような事、思う訳が無かろう」
少しだけ声を固くした媽媽に、叔母様はまだ首を振る。

「畏れながら王様や王妃媽媽の大護軍へのご厚情ご聖恩は存じ上げております。心配の種は他にございます」
「大護軍への反体制の気配があるのか」
「現在の処は全く。しかし目立つ役目故、火の無い処に煙が立つのが」

媽媽は気の重そうな溜息をつくと叔母様と私、どちらともなく困ったような顔をされる。
「医仙」
「はい、媽媽」
「此処までの大護軍の尽力はよう判っております。妾以上に王様が。ただやはり祝賀となると」
「・・・はい?」
「何れ感謝も籠め、国を挙げ祝賀を開きたいとは願いますが・・・
やはり生誕日ではなく、何かしら他の名分は必要かもしれませぬ」
「ま、媽媽」

ちょっと待って。私、そんな事望んでないわ。
国を挙げての祝賀って、あの頃のTVの時代劇で見たような。
皇宮の庭にすごいごちそうが並んで、妓生のオンニがひらひら踊ったり、国楽の演奏の、例のあれでしょ?
「待って下さい、媽媽」
「はい」
「私、そういう大規模なパー・・・えーっと、祝賀が開きたいって気持ちは全然ないんです。
ただ家であの人と2人で、お誕生日おめでとうって。それで、プレ・・・贈り物をしたいだけなんですけど・・・」

余りに急にスケールダウンした私の話に、媽媽は呆気に取られたように小首を傾げてこの顔を見つめた。
「そうなのですか」
「そうです。先の世界でもいくら有名人だからって、国家レベルで宴会を開くなんて絶対あり得ませんでした。
どれだけ偉い政治家でも。汚職とかワイロで騒がれちゃうから、表だっては絶対にしませんでした。
ただ大切なのは、生まれた日にそれをしたい、それだけの理由で今日が何月何日か知りたかったんですけど・・・」

押し寄せる気疲れに肩を落とすように、叔母様がぼそりと呟いた。
「それを先におっしゃってください、医仙」
「はい・・・」

確かにそんなルール知らなかった。
ただ誕生日を調べるだけで、こんな騒ぎになるなんて誰が予想できる?
同じくらいどっと疲れた顔をしてる私に向けて、叔母様は思いがけないくらい最高の情報をくれた。
「あれの生まれ日は、はっきり覚えております」
「え?」

絶対確実な日は分からないだろうと思ったのに。
驚いて顔を上げた私に、叔母様がしっかり頷いて教えてくれた。
「あれの父親が申しておりました。決して忘れぬ日だと。生まれ日は夏至日の翌日、建午月二十二日です」

その声に、さっき叔母様に頂いた紙をもう一度見る。
全部漢字ってところがまた難解なのよね。全然読めない。
だけど1つ分かった事がある。夏至って数百年前からほぼ同じ日なのよ。
毎年ほぼ必ず6月21日。4年に一度閏年でリセットされても、ほとんどの年では6月21日のはず。

「じゃあ、誕生日は6月22日」
「年で一番昼の長い頃にお生まれか。確かに大護軍には相応しい」
媽媽も微笑んで、叔母様に頷いた。
「畏れ多いお言葉です。大護軍の亡き父も聞けば喜びましょう」
6月22日。旧暦だろうけど・・・それって。

「ではもうあと数日で、当日ではないか」
「はい」
同じ結論に達したんだろう。頷く叔母様と媽媽が同時にこっちを見て問い掛ける。
「医仙」
「準備は間に合うのですか」
間に合うも何も、想像もしてなかった。そんなにすぐ誕生日だなんて。
「・・・頑張ってみます。全力で」

握り拳を作って頷くと、お二人は心配そうに頷き返して下さった。

 

 

 

 

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