2016 再開祭 | 閨秀・拾

 

 

選択を迫られ戻った兵舎。
なのにあなたは暢気に奴らに囲まれ、輪の真中で声を上げ、明るい笑顔を見せている

守られているのは許す。テマンとトクマン、チョモらが周囲を固め、怪しい気配も特に無い。
だからと言って。

あなたは俺が居るから、迂達赤へ来て下さったのではないのか。
俺の傍が一番安全だから、此処へ来て下さったのではないのか。

俺以外の兵に囲まれ守られている必要があるか。例え弟分でも。
諸肌脱いだ奴の戦いぶりを眺める必要があるか。例え鍛錬でも。

昨夜ああして侍医が約束した。あなたも解毒薬を作ると言った。
それならば今成すべき事は、他にあるのではないのか。

「隊長!」

庭へ踏み入る俺に気付いた奴らが一斉に頭を下げる。
奴らに罪はない。俺がやれと勧めた事をしている。

それでも面白くない。奴らの前、決して顔には出せずとも。
しかし集う男共に近寄るなと言う事など出来ん。
襟首を掴み上げて、一人残らずあの方から引き剥がす事も。

「・・・続けろ」
それだけ言い残し、あなたの視線を捉える。
そのまま顎で私室のある兵舎を示せば、あなたの唇が問い掛ける。

私 ? 何 で ?

何故が聞いて呆れる。俺以外の男の横に居て欲しくないからに決まっている。
素直に怒鳴る事も出来ずに、無言で庭を歩き出す。膨れ面のあなたを従えて。

 

*****

 

「表に出ないで下さい」

庭の喧騒を離れてようやく二人きりになれた私室の部屋内、そうして取り繕うしかない。
男達に取り囲まれるのを見れば心穏やかではいられないと、正直に伝える事も叶わずに。
だがこの方にそんな気持ちは全く通じていない。
それが証拠に俺の言葉に鳶色の瞳が丸くなった。

「出てないわよ?」
「先程」
「だって、みんな迂達赤だし・・・兵舎の中じゃない」
その言葉が正しいから、反論のしようもないと眉を顰める。

「今日典医寺に行くから、お許しを頂くために、隊長を待ってました」
俺の渋面を一目見て、この方は途端に殊勝気に呟いた。
「典医寺で薬をもらうし、解毒薬も研究するの。許可を下さい、隊長」

そんな顔で、そんな声で呼ぶな。許したくなるから。
俺とて徳興君という餌を取って来ねばならん。大物釣りの為に。
その間は離れねばならん。傍であなたを護る訳に行かないのに。

「・・・単独行動は慎み、四人一組で」
「分かりました、隊長」
「戻ったら此処で、おとなしく研究とやらを」
「はい、隊長」

素直過ぎて、却って気味悪い程だ。
そう思いつつこの眸を見上げる瞳を覗き込めば。
「なんで戻ってきたの?王様のところに行ったんでしょ?私の顔が見たかったの?」
その言葉が的を射ているから、何も言い返せない。

あなたは我が意を得たりとばかりに、楽し気に笑んでいる。
何処までも口の減らぬ方だ。
男の面子も口に出せぬ悋気も知らず、思った事をただ考え無しに平気で舌に載せる。
無邪気なのか鈍いのか。そんな方にこれ程に焦がれる俺は。

「・・・遅くなります」
「はい、隊長」
「用があり」
「待ってます、隊長」
「隊長と」

隊長。隊長。そうだ、そう呼ばれる為なら戻っても構わない。
それがあなたを護る方便だというなら、他の事は我慢出来る。

縊り殺してやりたい鼠を目前にしても己を諫めてみせる。
あなたが呼んでくれるなら。此処に留まってくれるなら。

「もう一度」
「て、じゃん」

そうだ。俺はずっとそう呼ばれたかったのかも知れない。
誰より信じている、だから一緒にいると言われたかった。
この命を懸けて護りたい、唯一の誰かと出逢いたかった。
無条件にこの声を信じてくれる誰かと、出逢いたかった。

俺を守ると言葉ではなく態度で示してくれる誰か。
全身全霊を傾けて、俺の過ちを諌めてくれる誰か。
置いて逃げるのではなく共に生きる為に戦う誰か。

こんな風に見つけてしまった。だからもう離せない。
離せない者を見つけた時、もっともっと近寄りたい時。

「隊長、準備が」

・・・同じ言葉で、何故こうも響きが違うものだろうか。
息を交わすほど近づいていた互いの鼻先が急に離れる。

気まずいところで私室に飛び込んだチュンソクは何とも云えぬ表情で、階で足を止めた。

 

*****

 

「医仙」

みんなでひとかたまりになって囲むお昼の、食堂の長いテーブル。
トクマン君が目を丸くして、お皿の中のパンチャンを食べる私をじいっと見つめた。
「・・・いえ、済みません」

私がお箸を止めて目を上げると、困ったように視線を逸らされる。
「なあに?言ってよ」
「いえ、本当に何でもありません」
「一番気になるわ、そうやって途中で止められるのが」
「いえ、本当に」
「男ならはっきり言わないと!」

私はそう言って、また黙々とパンチャンのお皿に向かい合う。
食べることは生きること。そんな簡単な言葉の意味を考える。

食べる。体力をつける。体力の低下は、抵抗力の低下だもの。
抵抗力が落ちれば、いつ発症したっておかしくない。

死ぬわけには行かない。私は生きるためにここに帰って来た。

あの人を1人ぼっちになんてしない。私、死ねない。生きたいの。
どれだけ悲しい事が起きたって。チャン先生がいなくなったって。
ううん、亡くなったからなおさら生きたい。チャン先生の分まで。

もっとやりたいこともあったでしょ?患者さんのこと心配でしょ?
その分まで背負わなきゃいけない。あの薬を守ってくれた分まで。

あの人が不器用に慰めてくれた夜。
初めて人を斬った日のことを告白してくれた夜。

どこかがおかしい、そう思うからなおさら心配になる。
でも聞かない。聞いたってきっとあの人の負担が積み重なるだけ。

私、生きたいの。生きなきゃいけない。あの人を守るために。
ずっと横であの人に話しかけるために。笑ってもらうために。

一緒にいようって言ってくれた。
解毒薬が出来たら、成功したら一生離さずに、ずっと守ってくれるって言ってくれた。
その時が来たら、もう一度聞いてくれたら迷わずイエスって、ちゃんと伝えるために。
ただ黙って守られるだけじゃなく、私も出来る限りの力であの人のことを守るために。

元気良くパンチャンを食べる私を、回りのテーブルから迂達赤のみんなが驚いたように見てる。
「う、医仙。そんなにうまいですか。腹、壊しませんか 」

テマン君が目を丸くして私を見た。
「うん。おいしいわよ?みんなも食べなきゃ。午後からまたトレ・・・鍛錬でしょ?
お腹空いてたら、隊長のシゴキは乗り切れないもの」

私のその声にみんなが思い出したみたいに、目の前のランチを慌ててかきこみ始める。

 

 

 

 

7 件のコメント

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    更新されて、嬉しいのてすが
    さらんさんは、大丈夫ですか?
    無理しないでくださいね(>_<)
    さらんさんのお話で、いつも元気をもらってます♡
    ありがとうございます(//∇//)
    帯状疱疹、早く良くなると良いですね(^^)

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    お体の具合、大丈夫ですか?
    まだお辛いはずなのに、お話の更新をしてくださってありがとうございます。
    この場面、ウンスの可愛いさが溢れ、好きです。
    「はい、テジャン…。」
    「テ ジャン…!」
    と、ウンスの声で呼ばれると、普段、迂達赤の隊員に呼ばれるときとは違う気持ちになりますね。
    黙々と食事するウンスが、生き生きしているので、本当に解毒薬を求めているの…と、錯覚を起こしそうです。
    心の中では辛いはず。
    それに負けないぞ! しっかり食べて、免疫力高めるぞ! 生きるからね!
    という意気込み、ウンスらしい。
    さらんさん、お大事になさってください。

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    あんにょん♪
    お体ケンチャナですか?
    私も同じ病になった事がありますので
    なんとも言えない痛みわかります。
    お話UPご無理されていませんか?
    読み手としては、嬉しい限りですが・・・
    無理は禁物ですよ!!!
    て~じゃん!(^^)!このシーン好きです。
    この場面の前後はドラマと違った、お話構成、展開
    やはりさらんさん、ならではの描写です~~(*^_^*)
    お話UP楽しみにしていますが、くれぐれも
    ご無理なさらずに、お過ごしくださいませ。

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    さらんさんお体大丈夫ですか?むりなさらないでくださいね。
    私も「テジャン!」のシーン好きです。そう、ウンス同様、さらんさんも体力のために栄養摂ってくださいね!

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