2016 再開祭 | 天界顛末記・丗参

 

 

「りん、ね?」

思いも掛けぬこの問いに、ソナ殿は目を丸くして繰り返した。
「はい。輪廻転生を信じますか」
「それは・・・韓国語ですか?」

そんな事から尋ね返されるとは思わなかった。韓国語とは、高麗の言葉という意味だろうか。
思わず眉をしかめ、当たり障りなく返答する。
「・・・仏教用語です。生まれ変わりの事ですが」
「信じます」

意外程にあっさりと迷いなくソナ殿は頷いた。
「だってそうじゃなきゃ、悲しいでしょ?キリスト教は亡くなったら天国で幸せになるって、生きてた時に愛してたみんなと天国で会えるって教わるけど。
この世で何十年も経っても天国での時間は一瞬で、先に待っててくれる人は待たされたなんて全然思ってないって言うけど」

頭から包んだ厚い布の裾を持った手で、ソナ殿は爪先から顔までを蝸牛のようにその中へ隠してしまった。
「でも、天国で幸せになってくれるのは嬉しいけど、逢いたいです。天国はとても美しいっていうけど、逢えなかったらどうしようって。
天国にいつ行けるか判らなくて、それまでどうやって待とうかって。だったらもう一回逢いたい。天国みたいにキレイな所じゃなくても。
何回でも何回でも生まれ変わって、また逢って、一緒に雪を見たり海を見たり、遊んだり、いろんな事を教わったり」

ソナ殿は隠れた布の下で、必死に声を続ける。
「・・・ご飯を、一緒に・・・」
「・・・そうですね」

震えて途切れた声を慰めたくて、暖かい柔らかい布の上から小さな頭を撫でる。
普段の私なら到底考えられない。お会いして数日の女人の頭を布越しとはいえ撫でるなど。

けれど今はそれが大切な気がして、考える前に腕が伸びた。
「ソナ殿は雪が苦手かと思っていましたが、お好きなのですね」
「・・・え?」

布越しに返る鼻声に苦笑しながら
「先日の夜、医院で脈診した折、あまり寒さにお強くなさそうでした。
それなのに雪を見たいとおっしゃるので。また熱を出さぬようお気をつけ下さい。心配です」

何の前触れもなくソナ殿が私の手ごと、被っていた布を払い除ける。
そこから覗いた涙に濡れる黒い瞳が、目の前の私を凝視する。

「ビン、お兄さん」
「はい」
その瞳の中の強い光に気圧されながら頷くと
「・・・もう子供じゃないから、熱なんて出さないよ。心配しないで」

窓からの光の中、ソナ殿は涙を零しながら心から嬉し気に笑んだ。
その時ソナ殿の腰掛ける長椅子の上で、空気を震わせる音がする。

二人同時に目を遣れば、そこで平たい薄い板が光りながら長椅子を震わせている。
「・・・こんな番号・・・」

ソナ殿は急いで頬の涙を拭うと、光る板の面を確かめ耳へと当てる。
「はい」

天界の物は全てが薄い。耳に当てる板、小さな男性が入っている箱。
そんな事を考えつつ、部屋に響くソナ殿の声を聞くともなしに聞く。
「・・・はい?!」

突然変わった声の調子に、こちらの心の臓の方が跳ねる。
「判りました。ええと、先日の方々と一緒に伺います。今はここにお一人しかいないので。
他の方々に声を掛けてから・・・それでも良いですか?・・・」

その板とソナ殿の耳の隙間から漏れてくる微かな音。
それはあの時出向いたけいさつしょで聴いた男性の声に、とてもよく似ている気がする。
「・・・明日、ですか?私が必要なものは何か・・・」
長椅子のソナ殿は背を伸ばし、その微かな声に幾度も頷く。

「はい。判りました。明日の朝、10時以降ですね。必ず伺います」
そして見えない相手に向けて丁寧に頭を下げると
「ありがとうございました。明日、10時に」
最後に言って薄い板を耳から離す。そして私を真直ぐに見ると、少し動揺したような声がゆっくりと言った。

「キチョルさんという方が、見つかりましたって」

 

*****

 

見渡す限りの銀白の広場。
見慣れぬ形の家々に囲まれた真白な雪景色が広がっている。

あの方は天界で、こんな雪景色を見ていらしたのだろうか。
今にも木の影から小さな姿が飛び出して、高い声で小言の一つも喰らいそうな気がする。

どうしてこんなとこにいるの、そんな薄着で。
風邪ひいても知らないわよ、主治医の言うことも聞かずに!

周囲を歩き去る疎らな人影が纏う衣が、あの時攫ったあの方の白い天界の衣を思い出させるからか。
それとも周囲に聳える見慣れぬ高い箱が、あの時に目指したあの方のいらした箱に似ているからか。

あの女人の家に置いて来た鬼剣を握れず、手持無沙汰な掌を握り込む。
鬼剣もない今此処で奇轍に遭ったなら、どう戦うのか。
奴の氷功に対抗するような雷功を放つ事が出来るのか。

晴雪の中、暫し足を止め呼吸を整える。
冷たい空気を胸深く吸い、口許から白い筋すら漂わぬ程に細く吐き。

あ奴相手に動揺は赦されん。一瞬の気が乱れれば命取りになる。
必ず帰る。あの方が待っていると言って下さったから。

これ程違う世だとは知らなかった。皇宮に迎えた当初の膨れ面の意味も判った。
食べ慣れぬ飯、寝慣れぬ寝台、歩き慣れぬ道、見慣れぬ昏い夜。
よく自由奔放で堪え性のないあの方が耐えていると、今更悔悟の念が押し寄せる。

必ず此処へ。この青い空の下へ。明るい世へ、次こそは返す。
二度と裏切りたくはない。泣き顔だけは見たくない。
阻む者は誰であろうと
「隊長」

その呼び声に眸を向ければ、見慣れた長い黒髪が雪に良く映える。

 

 

 

 

1 個のコメント

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    大好きな人、大事な人とは
    少しでも 例え些細な事でも
    一緒に過ごしたいのよね~
    何度でも生まれ変わって
    会いたいと思うよね~
    ソナだけじゃないさ。
    お、見つかりましたね
    困ったさん(笑)

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