2016 再開祭 | 佳節・捌

 

 

朝の台所に駆け込んで、確認するのは昨夜から水につけておいた大豆。
たっぷり水を吸い込んで丸くなったお豆を軽くかき回して、一緒に覗き込んだタウンさんに振り返る。
「これくらいでいいの?」
「充分でしょう。うまく戻っております」
頷いて太鼓判を押すタウンさんに
「じゃあこれは豆乳にしちゃう。あとはコムさんに卵をお願いして、お砂糖と、蒸し器と、型と、鉄鍋と、フルーツと」

昨日のうちから台所の作業台の上に用意してあったものを確認してる私に、タウンさんが訊いた。
「ウンスさま」
「うん」
「差し出がましいようですが」
「なに?どうしたの?」

タウンさんの声に、鉄鍋を持ち上げながら心ここにあらずで答える。
フライパン代わりの鉄鍋って、これ重いのよね。
あの21世紀でも胸を張って料理は得意ですって言えかった腕前。
上手に使いこなせる自信は、全然ないんだけど。

第一かまどの火加減が、いまだに全くうまく行かない。
焚き木と空気の量が問題って、理屈はよく分かってるつもりよ。
だけど実際こんなにアバウトな造りのかまど、空気なんてあちこちから入って来るだろうし。
焚き木を減らすって言ったって、じゃあどれくらい減らしたらどの程度の火力になるのか。

それでも仕方ないわよ。愛情は一番の調味料って信じるしかない。
あの人ならきっと笑っておいしいって言ってくれるわよね。
その見え透いたお世辞が、また時々腹が立ったりするけど。

「夕餉の献立は」
すっかりスイーツモードの脳内に、タウンさんから想定外の言葉が飛び込んで来る。
「・・・え?」
「甘いものをお作りになるのは判りましたが、夕餉は」
「・・・夕餉」
「はい。私がいつも通り拵えて宜しいですか」

夕餉。夕餉。晩ご飯。
そうよ。スイーツだけ出して、はいご飯って言う訳に行かないじゃない!
考えもしなかった。だってバースデーっていったらスイーツでしょ?
高麗で手に入る食材で作れるスイーツだけ考えて、肝心の晩ご飯のメニューを決めてない。

「ウンスさまが楽しみにしていらしたので、勝手に口や手を出して良いものかと」
「・・・どうしよう」
タウンさんと2人、途方に暮れた顔を見合わせる。
そうよ。スイーツはあくまでデザートの位置だもの。

「鶏なら裏からすぐ取って来られます。あとは常備菜と。
ただ雨続きの梅雨ですから、川も海も荒れております。
魚はすぐに釣れるかどうか。貝や海老なら網を仕掛けますが、もう朝なので。
お客様もこの後、おいでかもしれないなら」
タウンさんの助け船に、止まりそうな思考回路を奮い立たせて考える。

鶏・・・野菜、薬湯用の紅参やナツメ。夏だから参鶏湯?
でもどれくらいお客様が来るか分からないのに、一人前ずつ参鶏湯を煮るのって大変よね。

同じ鶏を使って人数調整が出来る調理法なら、焼いた方が合理的。
走って行って台所の隅に置いてあるテンジャンとカンジャンのかめの中を確かめる。
どっちも充分残ってるのをしっかり見て、フタを閉め直して。

ああ、ヤンニョム。コチュジャンがあれば完璧なのに。
唐辛子がまだ伝わってないところで言っても仕方ないけど。
「・・・BBQにしよう!」
宣言すると、タウンさんはきょとんとした顔で私を見た。

「ばーべきゅう」
「うん。でも心配なのは」
朝ご飯のテーブルに向かい合ったあなたも、不思議そうに私を見つめる。

「食材よりもお天気よ、この雨だから。うちの庭の木の下で大丈夫か」
開けっ放しの居間の窓の外を見る私に、自信あり気な黒い瞳が笑う。
「申の刻から準備します」
「え?」
「雨上りには良く釣れる」
「そうなの?」
「はい」
「まあ・・・雨が上がればね。でも」

確かに昨日までよりは小降りだけど、今もまだしっかり降ってる。
私の言いたい事をすぐに察して、あなたはゆっくり頷いてくれた。
「上がるそうです」
「そんな、断言しちゃって」
「時の運ですが。寧ろ」
相変わらずちょっと拗ねた顔に戻って、あなたが首を傾げる。

「誰に吹聴されました」
「あなたの誕生日のこと?」
「はい」
改めて聞き直されて、私は渋々記憶を辿る。
「叔母様と、媽媽と」
「御二方のみですか」
「うん・・・多分」
「多分とは」
「媽媽はきっと王様にはおっしゃったろうし。叔母様たちにお話した時、武閣氏オンニのみんなが外で聞いてたかまで分からないし」
「成程」

あなたは頷きながら膝に肘を立てて、指先でこめかみを支えた。
「恐らくトギやテマン、迂達赤や手裏房にも届いております」
「え?」

それはない。あなたの思いがけない声に自信をもって首を振る。
「私、言ってないもの」
「・・・俺が」
「あなたが何」
「言いました。口止めしておりません」
「ちょ、ちょっと待ってよ!!私より多いじゃない!!」

いきなりの告白に大声で叫ぶ。あなたはきまり悪そうに、小さく頭を下げてみせる。
「イムジャの生誕日とは伝えておりません。ただ・・・」
そしてそのまま飲み込んじゃった声。
「つまりはっきりとは言わなかったけど、ヒントになるような、今日が特別の日だって分かるようなことを言ったのね?」
「はい」
「じゃあみんな、来てくれるかもしれないのね?」
「・・・それはないかと」
「考えてよ、ヨンア」

テーブルに肘をついて、あなたに向かって身を乗り出す。
「マンボ姐さんが叔母様と話したら?テマンがヒドさんに話したら?
テマンがトクマン君に話して、トクマン君がチホ君に話したら?
トギが典医寺のみんなに話したら?あっと言う間に話のつじつまが合っちゃうわよね?」
「それは」

鬼の首を獲ったみたいな気分よ。
いつもは私のおしゃべりがトラブルの原因だけど、今回はそうは言わせない。
私の笑顔に困り果てた顔で、テーブル越しのこっちに届くくらい大きな溜息が聞こえる。

同情はなし。だって昨日の夜、先に機嫌悪くなったのはあなただもの。
せっかくたくさんキスしたのに、無理矢理抱き締めて寝かせたでしょ。
ちょっとだけ淋しかったんだから。

「今回たくさんお客様が来てくれても、私のせいじゃない」
「イムジャ」
「そうよね?だってヨンアが珍しく、みんなに口止めし忘れたんだし」
「それは」
「イエス、オア ノー?」
「は」
「はい、いいえ、どっち?」
「・・・はい」
「素直でよろしい」

うなだれるみたいに視線を落とすあなたに、私はゆっくり頷き返した。

 

 

 

 

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