2016 再開祭 | 眠りの森・弐

 

 

テマンが乗ってきた馬は厩舎に連れてく暇もなかったのか、門のすぐ内側のクチナシの木の下に繋がれて、私たちを待っていた。
コムさんがその幹に巻いた手綱を手早くほどくと、テマンが待ちきれないみたいにそれを受け取りながら言った。
「う、医仙、先に乗って下さい」

コムさんが押さえてくれた馬の鐙に足を掛けて、よいしょっと鞍の上によじ登る。
テマンは私がちゃんと乗ったのを確かめると、タウンさんが渡したピンクのポジャギを背中に結んで、私の後ろに飛び乗った。

そのテマンを、馬の下からコムさんが呼ぶ。
「テマンさん」
「大護軍が戻るまで、お邸を頼みます」
「任せて下さい。どうか、お二人を」
鞍の上と馬の下で、二人が短く声を交わす。
まだ夜は明けない。東の空がゆるやかに淡い青になって来るだけ。

「ウンスさま」
「行って来るわね、タウンさん、コムさん」
「大丈夫ですよ」

タウンさんが腕を伸ばして、手綱を握った私の手を優しくなでた。
「何も心配せずに、お二人で元気にお戻りください。コムも私も待っております」
「うん」
「テマン様。どうぞよろしくお願い致します。道中お気をつけて」

そう言ってタウンさんは一歩下がり、それを確かめたコムさんが大きな両手で門の扉を押し開く。
まだスズメも寝てる明け方の庭に、門扉の軋む音が大きく響く。
馬1頭が抜けられるくらいにスペースが空いた瞬間
「はいっ!」
テマンが一声かけると、手綱を振った。
そして馬は待ちきれないように、すごい勢いで門を飛び出した。

 

*****

 

「ウン・・・医仙」
「え、叔母様?!」

皇宮の大門の前には大勢の人が並んでいた。最初は朝早くからの交代の兵か誰かだと思ったのに。
テマンの走らせる馬からはまだ遠いのにその声だけがしっかりと聞こえて、私は思わず叫び返す。
その間にも馬は大急ぎで門前に駆け寄って、すぐその顔が見分けられる。

叔母様も、そしてトギも。
典医寺にいるはずの、それどころか今日は非番の医官や薬員のみんなまでそこに勢ぞろいしてる。
「どうして?!」
「御医から、文が来たって」

まだ馬上にいる私たちに駆け寄って来たトギが、すごい勢いで指で言いながら、私に向けて頷いて見せる。
だいじょうぶだ。
やっと馬から降りてその指をじっと見る私に、懸命な視線でトギが繰り返す。
だいじょうぶだ。私たち、みんな信じてる。
信じてる。大護軍ならだいじょうぶ。ウンスならだいじょうぶだ。

そんなトギの横から、典医寺のみんなが頷いた。
「王様と王妃媽媽のご拝診は、我々が交代で受け持ちます」
「何も心配ありませんよ。どうかお気をつけて」
「必ず迂達赤の皆さんと共に、ご無事でお帰り下さい」
「医仙」

叔母様は私たちに向かって、一頭の馬を引きながら歩いて来た。
「迂達赤隊長からもキム侍医からも飛文が参りました。
畏れ多くも王様も王妃媽媽も、出立前の御拝謁御挨拶は辞退あそばされる故、一刻も早く大護軍の許へと」
「叔母様」
「その代わり戻り次第、”必ず二人で” 顔を見せよと仰せです」

叔母様が妙にアクセントをつけておっしゃった。必ず2人で。
必ず、あなたと2人で。

「必ず、そうしますってお伝えください」
「この馬は賢い故、不慣れな医仙でも乗りこなせましょう」

叔母様は頷くと、ご自分で握った手綱をそのまま私に握らせる。
渡された馬は黒い大きな瞳で、じいっと私を見つめた。
「・・・よろしくね?」
その鼻を撫でると、私の声にピンと立てた耳を向けてくれる。
うん。仲良くなれそう。あなたが頼りよ。
まずあの人のところに一刻も早く、無事に到着しなきゃ話にならない。

「お行き下さい。後の事は我々が」
叔母様に背中を押されて、テマンが私の握ってた手綱を受ける。
「乗って下さい、医仙」

その声に鐙をしっかり踏んで、馬の背によじ登る。
教わっておいて良かった。あなたは教えた事を後悔してるかもしれないけど。
教わったからこうやって、あなたのとこに行けるんだもの。

だから怒ってよ。こんな事する為に教えたんじゃないって。
ちゃんと起きて怒ってよ。そしたら私だって怒り返せるわ。
こんな事のために教わったんじゃない、最初は逃げるため、その後はあなたと2人で遠乗りするために習ったのよって。

「すぐ帰って来る。全員一緒にね。だからそれまで」
馬の上から私はみんなに頭を下げた。
「よろしくお願いします」

みんなが私たちを見上げて、深く頭を下げてくれる。
テマンも頷いて、何も言わず辛抱強く待ってくれる。
朝焼けの中、青から少しづつ白く明るく変わり始める東の空。
その空を背景に、ようやく今日を迎えた皇宮の殿の大きな影。

並ぶみんなの向こう、馬の上からは見える。昨夜からのかがり火を焚いた皇宮の大門を守る兵のみんな。
言葉も交わしたこともない、顔も覚えてないのに、全員が直立不動のままこっちに向かって頭を下げていてくれる。

ヨンア、見えるよね。 あれは私にじゃないわ。みんながあなたに向かって礼を尽くして祈ってる。
無事で帰って来て。信じてるから帰って来てって。
もう一度帰って来る。必ず一緒よ。私がそうしてみせる。
天の医官、医仙、何よりも高麗武者チェ・ヨンの妻として何があったって、どんな手を使ったって救ってみせる。

「行ってきます!」

その全員に、そして皇宮の奥の奥、きっと心配されていらっしゃる王様と媽媽まで声が届くように。
大きな声で一声叫んで、私は馬の脇腹にかかとを当てた。

 

 

 

 

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