2016 再開祭 | 佳節・弐

 

 

笠ってこれ、何の意味があるのかしら。
被るたびに思う。だって雨除けのメインになるべき頭頂部が、まるまるむき出しなんだもの。

単なる大きいサンバイザー。服は濡れないけど髪は頭からびしょ濡れ。
そこから伝った雨が、髪全体を濡らしていく。
結局その髪が触れてる肩や背中はびしょびしょになる。

坤成殿を出てすぐに強くなり始めた雨の中を、小走りに駆ける。
せめてあの庭の東屋まで。
そこまでどこにも雨宿りスポットになりそうな場所がない。

走ってるほんの少しの距離でも、雨がどんどん強くなる。

真っ黒になった空の下、髪の先から雨を滴らせて走る私の腕を急に掴む大きな手。
後から駆けて来たんだろうけど、雨音で足音なんて聞こえなかった。
「何を!」

短く言って私を被った笠ごとすっぽりコートの下に包んだあなたは、怒ったみたいな急ぎ足で東屋に飛び込む。

突然の雨であたりは真っ暗だけど、まだ庭の石灯篭に火をつけるには早過ぎる。
東屋の中であなたはびっしょり濡れてる頭を大きな犬みたいに振って水を飛ばして、改めて私をじっと見た。
「雨の日には外套を被る。いつになれば憶えるのです」
「だって、典医寺を出た時は小降りだったんだもの!」
「濡れた衣で王妃媽媽の御拝診をするなど」
「仕事だけ先にちゃんと済ませちゃおうと思って、それで」
「イムジャ」

何を言っても口答えをする私に呆れたみたい。
東屋の壁に沿っている椅子を指差して、あなたは大きく溜息をついた。
「勘弁してくれ」
「だってね?」
「タウンから聞きました。叔母上に俺の生まれ日を確かめに行ったと」

さすが元武閣氏のタウンさん。叔母様が絡む以上、この人に黙ってるのも辛かったんだと思う。
「・・・うん」
「直接尋ねれば良いものを」
「こんなに早く、あっさり分かると思ってなかったんだもの!」
「だからと言って」
「でも誕生日がそんな大げさなものって知らなかったから・・・
叔母様が驚いて、媽媽も名分を作って皇宮で祝おうって話まで出ちゃって」
「断ってくれましたね」
「もちろんよ!ただ家で2人でお祝いしたかっただけだもの!」

ようやく安心したのか、緊張してたあなたの肩のラインがなだらかに下がる。
そして優しい目をして、ようやく声も穏やかに。
「生まれ日を祝うなど」
「それはもう叔母様に教えてもらった。お祝いするのは王様と媽媽だけですって。
でも家で2人っきりでお祝いする分には構わないでしょ?」
「しかし」
「お願い、お願いだから今さらイヤとか、ダメとか言わないで?!」

びしょ濡れの両手を合わせて、あなたの顔を覗き込む。
そんな事言われたら、こんなに雨に濡れてまで走った努力も水の泡よ。
縋るみたいな私の目を見返して、あなたが戸惑ったように眉を寄せる。
「それも天界の則ですか」
「え?」
「生まれ日を祝うのも」
「うん、あの世界では一番大切な日の1つだから。
もちろん誕生日がおめでたいっていうのもあるけど、お父さんとお母さんに感謝する日でもあるのよ?
だって2人がいたから、生まれた来られたんだし」
「・・・あなたの生まれ日はいつですか」

当然よね。この話になれば、絶対出て来ると思ってた。
なるべく聞き流してくれるように、敢えてさらっと言ってみる。
「おととい」
「・・・一昨日・・・」

私の望みは叶わなかった。
あなたがゆっくり繰り返しながら、唖然とした顔で穴が開くほど私をじーっと見る。
「一昨日」
「うん。6月11日」
「何故言わぬのです!」

やっぱりね。真っ暗な空から雷が落ちる前に、この人の雷が落ちた。
「だって、私の事はどうでもいいから」
「すぐそれだ。自分の事はどうでも良い、俺にはあれもこれもしたい」

本気で怒った顔で、あなたは私をじっと睨んだ。

「どう思います。同じ事を言われたら。
俺の事などどうでも良い、あなただけ倖せならそれで良い。
あなたの御両親に感謝出来れば、俺の両親の事などどうでも良い。
そう言われてはいそうですかと、あなたは納得できますか」
「だってお互いの誕生日が11日違いなんて、知らなかったんだもの!」
「知らなければ良いのですか」
「自分の誕生日だったから、余計気になったのよ。あなたの誕生日はいつかな、ちゃんとお祝いしたいなって」

ああもうダメ。話すほど、どんどん論点がずれていく。
「祝いというのは」
切り替えの早いあなたはどうにか落ち着こうとしてるんだろう。
肩で息をついて気を取り直すみたいに、もう一度私と視線を合わせる。

「当日でないと駄目ですか」
「そんなことない。あの頃だって学生時代の友達は、仕事の都合だったり私のオペだったりで。
結局会える時間がずれて、かなり後になってからバースデーパーティをやったりしたし・・・でも」

要は気持ちの問題だとは思う。でもあなたの誕生日は、どうしても当日にやりたい。
今年だけでも。だって、2人で迎える初めての誕生日だから。
でもそれを口にしたらじゃあ何で自分の誕生日は言わなかったって、余計な墓穴を掘りそうだし。

「イムジャ」
ウジウジした私の思考回路を断ち切るみたいに、あなたが呼ぶ。
「うん」
「本来なら今日にでも、あなたの生まれ日の祝いをしたいですが」

そう言って私の顔色を見て、あなたは黙って首を振る。
「却って忙しなくさせるでしょう」
「うん!」
「では同じ日に祝いましょう。二十二日。それで良いですか」
「良いの?!」

良いわけがないだろう。
口で言うよりよっぽど雄弁に目で言いながら、あなたは大きな溜息と一緒に渋々唸った。
「・・・はい」
「じゃあ準備する!あと10日あるから、私に任せて!」
「俺は、何を」
「あなたの誕生日なんだから、何もしなくていいわよ?」
「イムジャの生まれ日の祝いでもあるでしょう」
「ああ・・・じゃあお互いに相手が一番喜ぶ贈り物を用意しない?中身は当日までお互い秘密。どう?」

提案に考え込むように、あなたは額を押さえてしばらく黙った後、ようやく頷いた。

「判りました」

 

 

 

 

4 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    あははは~ 結局怒られちゃったけど
    はじめての誕生会は
    合同で♥
    プレゼント交換もできそうね~
    さて 困った!
    相手の一番喜びそうなもの~って
    何かしら? ( ´艸`)

  • SECRET: 0
    PASS:
    いいな…。
    稲刈りの時期やら、いろんな事が重なって、当日忘れ去られる事が多いんですよねーっ…m(__)m
    同じ月生まれならずーっと一緒にお祝い出来るね(*^ー^)ノ♪

  • SECRET: 0
    PASS:
    おや、ウンスの誕生日はその役をしたヒソンさんの誕生日なんですね。
    てっきり4月かと思ってましたが、雨が好きなウンスに合ってるかもですね。
    お互いにどんなを贈るか楽しみです、まぁ、ヨンにはウンス自身をって(苦笑)
    毎日暑いですが体調をお気をつけ下さいね

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です