2016 再開祭 | 気魂合競・拾

 

 

「いらっしゃるか」
門内へ投げた俺の眸にマンボは肩を竦めると
「安心しな」

居るとも居らぬとも告げず、それだけ言って頷いた。
安心しなということは、居るという事なのだろう。

「手裏房からは誰が来る」
「うちからはシウルとチホ、それにヒドが出る。他にも出る奴はいるだろうが、そこまでは知らないね。
奴らに気を取られるより、あんたの方こそ。どうだい調子は」
「ああ」

長くは答えず頷き返すとマンボは鼻頭に皺を寄せ、探るような目で俺の顔色を眺める。
しかし続いて背後に従いたチュンソクらがそれぞれ頭を下げる姿に
「髭の兄さん・・・」

さすがの無遠慮な手裏房の女頭も眉を顰め、僅かに声を低くした。
「随分こけちまってるね。どっか悪いのかい」

確かに居並ぶ迂達赤は全員が浅黒く日に灼けて精悍さを増したが、何処かしらに擦り傷か青痣かを拵えている。
チュンソクは近頃の鍛錬で急に鋭くなった顎の線を己の手で撫で
「・・・いえ。ご心配ありがとうございます」
とだけ言って、小さく頭を下げた。

チュンソクだけではない。
容赦なく照らす夏の陽は逆後のテマンの頬の青痣、トクマンのたくし上げた袖から覗く二の腕の腫れ、総てを曝け出す。
その背後、人波に隠れている他の奴らも似たり寄ったりの有様だ。

それでも負ける訳にはいかぬだろう。
俺自身が言ったのだ。迂達赤の名に懸けて勝ち上がれと。

「マンボ」
「・・・何だい、おっかないね。いきなり深刻な声出して」
「商売繁盛は良いが、民から搾り取るなよ」
「判ってるよ。そんな事すりゃ天下の大護軍様からきつい灸を据えられるだろうからね。但し正規のお代は頂くよ」
「足りねば後で言え」

王様から頂く賞金。
まずは手裏房ら商人の損を埋めて、残りは王様にお返しする。
それでも足りねばあの方に頼み込み、宅の何処かに隠された禄を出して頂く他なかろう。

─── ヨンア、いい加減にして!

言われたのはいつの事だったか。

「部屋のあちこちにある袋、全部お金が入ってる!どうりで足をぶつけた時、小指が痛かったはずだわ」
眸の前に仁王立ちになり、小さな拳を細い腰に当てて唇を尖らせるあの方に言い訳をしたのは。

何処に何があるかを思い出せないとだけ言った。
興味がないから投げ置いた、とはさすがに言えず。

その後からあの方はまるで冬眠前の栗鼠の如く宅中の袋を調べ上げ、開いて確かめ、何処か一箇所に纏めて隠したらしい。
気付けば寝屋も居間も片付いて歩き易くなったし、禄の袋は消えていた。

普段はそれで何の不便もないが、こんな時には難儀する。
しかし捕らぬ狸の皮算用とは正にこの事だ。
万が一勝ち上がれずに賞金を手に入れられねば、その計も根底から違って来る。

だからこそ絶対に負ける訳にはいかん。
この背が土に着いた時に総てが終わる。

賞金も、賞品も、そして何より大切なあの方の奪還も。
他の手を借りるなど御免だ。絶対にこの手で取り返す。

マンボが安心しろと請け負う限り、あの方は無事な場所に居る。
叔母上の肚裡は未だに判らんが、今日を迎えた以上出来るのは立ち塞がる相手の背を地面に付ける、ただそれだけだ。

答は常に簡単に出来ているし、角力ほど勝敗の明確な勝負はない。
何方かの背が地面に着くまで組み合い、付いた方が負ける。
「ではな」
「ああ、行っといで。怪我すんじゃないよ、あんたら全員!」

マンボの声援に送られて、背後の迂達赤らはそれぞれに頭を下げ酒楼の前から歩き出す。

 

「大護軍」
人波を掻き分けて出場の名乗り出の選手の記帳所に向かいながら、半歩後のチュンソクが静かに言った。

「申し訳ありません」
「何だ、突然」
「負けられん理由が出来ました」
肩越しに眸で確かめると、几帳面な男は俺を見詰め返して頭を下げる。

「医仙は、必ず」
「ああ」
それで良い。負けられぬ理由はそれぞれにある。
戦だろうが、市井の角力だろうが変わりはない。
そして長く務めた腹心として、そろそろ思い出す頃だ。

誰に如何なる事情があろうと、迂達赤チェ・ヨンはあの方が関わる限り、絶対に負け戦をせぬと。

 

 

 

 

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