2016 再開祭 | 佳節・柒

 

 

起こされもしないのに、自然に起きられるのは珍しい。
ベッドの上、この人に抱きしめられたままで目を開ける。

そのままゆっくり確かめる窓の外はきっと雨。
障子窓の向こう、はっきりとは見えないけど雨音がする。
そして雨の日の独特の空気の匂い。

いつもなら私が動けばすぐに目を開けるこの人は、今日は珍しく黒い睫毛を閉じたまま。
疲れてるのかな。昨日は夜中まで起きてたものね。

ただ嬉しくて、一緒にいられて幸せで、何度も何度も贈ったキス。
おしゃべりするように笑って繰り返しキスをすると、あなたは不満げに唇を尖らせた。

「・・・餓鬼扱いだ」

すっかりすねて顔を背けてるから、私はそのほっぺたを押さえて無理にこっちを向かせる。
もう一度その尖った唇に音を立ててキスすると、呆れたみたいな大きな溜息が返って来た。
「伝わっていないのですか」

なぞなぞみたいに低い声で聞かれて首を傾げる。
「何が?」
「心が」
「伝わってるわよ?私だって同じだもの。生まれてくれて、あの時に出逢ってくれてありがとうって」
「感謝だけですか」
「それ以外に何がいるの?」

あなたはその質問に長い間無言でいた。黒い瞳で私を見つめたまま。
その瞳の中に答が書いてないかと、思わずベッドの上で見つめ返す。

楽しかったバースデーキスの時間は、見つめ合いで一時中断。

「俺は」
「うん」
「俺は・・・」
あなたはそこで唇を噛むと、あきらめたみたいに瞳をそらす。
「もう結構」
「何?言いかけて止めないでよ」
「何でもありません」
「それなら、どうして怒るの?」
「いえ」
「怒ってるじゃない。せっかくの誕生日なのに」

逸らしたあなたの瞳をもう一度掴まえて、その瞳に聞いてみる。
「ちゃんと言って。今日はバースデーキングなんだから、あなたの言う事何でも聞くわよ?」
「何でも」
「うん。したい事があったら何でも叶える。だから言って」

あ。

嬉しそうに光ったあなたの瞳を見て、少し慌てて考える。
それは言い過ぎだったかもしれない。
何でもって言ったってジーニーじゃあるまいし、魔法は使えないし・・・
実際バースデーケーキだってこの人に頼らず牛乳の手配するのが難しくて、今回は挫折したくらいだし。

「あ、あのね」
「はい」
「今後の事を考えて、牛乳の入手ルートを確保したいのよ。開京には鉄原みたいな酪農家あるのかな。
あなたに頼らないで済めば良かったんだけど、無理そうだから」
「・・・・・・・・・は」

やけに長い再びの沈黙の後、あなたは質問なのか了承なのか分からない声で唸った。
その後は何度キスを繰り返しても、困ったように笑うだけになっちゃったあなたに抱き締められて、素直に寝たけど。

閉じたままの黒い睫毛の先を、指先でギリギリ触れてみる。
反応なし。ぐっすり眠ってるのかしら。
腕の中からそっと抜け出してみても、起きて来る気配もない。

ちょうど良いわ。最後の仕上げが残ってる。
ベッドがなるべく揺れないように、息を殺して静かに下りる。

そこから足音を忍ばせて扉に寄って、音を立てないように開く。
扉の外。見える庭は、やっぱり雨。
開けた扉から部屋に向かって、雨交じりの朝の風が流れ込む。

後でね、ヨンア。

最後に唇だけで言って静かに扉を閉める瞬間まで、あなたは起きて来なかった。

 

*****

 

寝屋の扉の閉まる音を確かめ、気配が廊下を遠ざかってから眸を開く。

ようやくだ。

深く息を吐き、片掌で両眸を覆う。

あの方は熱さも烈しさも無い触れ合いを求めた。
ただ幼子が水辺で遊ぶような、賑やかではしゃいだ音だけの口づけを。

それも時には良いのだろう。今宵はこの方の望む事だけをしたい。

繰り返される楽し気な口づけの中。
無理に伸ばし力づくで押さえつけたくなる己の腕を幾度となく諌めた。

焔の揺れる寝屋。寝台の上。互いの腕の中。外は雨。

余りに俺の慾が判らぬこの方らしいか、それともわざと躱しているか。
本当に判らずに惑わされながら、幾度もその瞳を覗き込んだ。

澄み切った鳶色のそれに見つめ返されて、黒い慾を堪え紅い唇を受け止めた。

愛しているから欲しいだけだと、乞うる心が擦れ違う。
いつも誰より傍に居たいと、恋うる気持ちが仇になる。
力で勝てると判りきっているこの方を捻じ伏せるなど到底出来ん。

だからこそ今夜くらいは、あなたの方からねだって欲しい。
俺がいつでもねだっているよう、その声で今望んで欲しい。
口づけの続きを、もっとその先を、だが待つ声は一向に届かない。

挙句の果てに牛の乳だ。どうやら俺は牛にも劣る男らしい。
瞼を塞いでいた片掌を下ろし、そのまま空の寝台を叩く。

勢い良く叩きつけた拳は絹の敷布の上、綿布団へと包み込まれた。
あなたと二人で揺らせぬのなら、如何に豪奢な敷布も意味は無い。

かと言って焦らされるわけでも無い。
俺が共に起きねば、ああして気配を探っている。
恐らく今日の祝膳の仕上げだろう。
この眸を盗んで腕を抜け出て、後でね、と声を掛けるくらいだ。

何故判ってもらえぬのだろう。あなたさえ居れば何も要らぬと。
啄むような悪戯な口づけでなく、本気で望んで欲しかった。
俺さえいれば何も要らぬと、あなたに言って欲しかった。

あの方だけは本気で読めん。その肚裡も言動も。
年を経ようと共に居ろうと、あの頃から今日この時まで。

せめて今日俺の選んだものが、あの方の気に入る事を祈るしか無い。
綿布団に沈んだ掌で、絹の敷布を固く握り締める。
女人に贈る物一つで朝っぱらから手に汗握っている。
この俺を知る誰が聞いても、笑い飛ばすに違いない。

 

 

 

 

4 件のコメント

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    ウンス、ヨンの誕生日のために、何か企画しているのですね。
    ヨンのことが大好きだから、愛しているから…、一生懸命に、何か企画しているのですよね。
    夏至の日の次の日。日を跨いだ22日の夜から、ウンスがヨンにキスの雨を降らしたことは分かりました。ヨンも、ウンスの気持ちはうれしいはず。
    でも…、ヨンには、ウンスから「求めて」欲しかったのですね。女心を分かって欲しい…と、女性は想うけれど、男だって、男心を分かって欲しい…と、当然想いますよね。
    せっかくの、二人の誕生日…
    今は雨だけれど、予測では、もうすぐ降らないはず…
    今日の日が、二人にとって、幸せな日になって欲しいです。
    ウンス、ヨンに、「欲しい…」って求めてあげて。どんなプレゼントより、それが一番うれしいのかもしれない…。
    夜までしっかり時間があるし、今日という日に、ヨンが一番喜びそうなプレゼントをしてあげてくださいね。心が一番ですから…

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    じれじれじれ~
    ヨン 残念でした。
    せっかくウンスから いっぱ~いチュして
    もらったんだけど… その先は?
    でもさ そんなにガッカリしなくっても
    バースデーは 始まったばっかりでしょ
    ウンスの ことだから
    色々考えているのでしょう 
    ヨンだって考えているんだから
    一日の終わりは また この場所で… (〃∇〃)

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    ヨンの「欲」が成就しますように。
    黒いってヨンは思っているみたいだけど
    そんなことない。
    生誕日だもの。
    最高のプレゼントを。

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    ウンスったら…
    初なのか?鈍いのか?
    どちらにしてもヨンお気の毒様(^_^;)
    罪つくりなのはウンスじゃなくて
    さらんさん貴女かも?(笑)
    こういう感じの二人が
    大好きな私です❤

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