2016 再開祭 | 紙婚式・拾参

 

 

階下から響く鉄打ちの大きな音。
負けじと張り上げたこの方と鍛冶の大声の応酬。
炉からの熱で蒸された鍛冶場。
そして其処を縦横無尽に行き交う男らの熱気。

そんなものに慣れていた所為か。
話を終えて鍛冶場の扉を一歩出た途端、秋の夜の静けさと冷たさが耳にも肌にも染み渡る。
この方が名残惜し気に
「じゃあ鍛冶さん。出来上がり次第、教えてください。私たちは長居出来ないので、明日には帰らないと」

工房の扉まで見送りに出た鍛冶に深々と頭を下げ、鍛冶は不思議そうな顔で此方を見る。
忘れていた。
巴巽村への旅は王命だとは言ったが、針と硝子瓶が出来上がるまで此処に逗留するのは伝えていない。
王命を受け即座に関彌領主セイルと長には飛文を放ったが、肝心のこの方へのお伝えが未だだ。

長から既に事情を聞いているのだろう。
鍛冶は話が違うと言いたげな目をして
「明日、帰られるんですだか」
この方というよりも、寧ろ俺に向けてそう問うた。

何も言わずに握った拳を口に当て咳払いをする。この方には今宵これから言えば良い。
準備は整えている。不測の大事が起きぬ限り、迂達赤も典医寺にも問題はないはずだ。
「明日寄る」

答にもならぬ言葉を返すと、鍛冶は曖昧に頷いた。
「分かりましただ」
「急がず、この方の望みのものを拵えてくれ」
「任せて下さいですよ」
「ではな」
「遅くまでお邪魔しました。おやすみなさい、鍛冶さん!」
最後にあなたが元気に言って俺の横、暗い村道を歩き出す。

「ああ、大護軍」
その背に鍛冶が声を掛ける。
足を止め肩越しに視線で振り返ると
「針と硝子瓶の後は、剣を見してもらいたいですだ」
「・・・頼む」

鍛冶は勘づいたらしい。気付かぬのはこの方だけか。
俺達の最後の短い声に首を傾げつつ、其処から鍛冶に頭を下げて。

婚儀から一年、ようやく人目を憚らずに済むこの巴巽村を訪えた。
此処まで連れて来ておいて夜半まで鍛冶と話し込み明日開京へ蜻蛉返りでは、割に合わぬ事この上ない。
秋だから川辺の蛍はもう見られぬだろう。
その代わり山歩きをすれば紅葉が狩れる。
この方の買い物が出来そうな店は近隣にない。
その代わり大切な紙細工の贈り物が懐にある。

何より紙婚式を迎えるのに、これ程うってつけの場所はない。
この方と俺の心の臓を結ぶ指に嵌めた、割れず、欠けず、曇らぬ金剛石の金の指の輪を拵えた村。
この方を護る、俺が命を預ける、隊長から譲られた鬼剣の生まれた村。

此処で迎える紙婚式の夜。
去年の今夜、月光に浮かんだ儚いほど白いあなたに初めて触れた。
何処も彼処も細く柔らかく、暖かく清らかで、壊しそうで怖くて。

力加減が判らないのは、一年経とうと変わらない。
だから二人きりの慣れ親しんだ寝屋にいるより、こうして旅先の慣れぬ寝台にいる方が良い。
そうすればもう一度まじないを唱え、堪えようという気になれる。
ただ腕の中に抱くだけで、夢より倖せだった頃の夜を思い出して。

こういう事なのか。
婚儀の日を祝うのは、それまで歩いてきた道を思い出す為。
それまでの険しかった道程を思えば、今の己の倖せが判る。

今日は昨日より倖せで、明日はもっと倖せだろう。
昨日出来なかった事を、明日はして差し上げたい。
毎日そうして進んで行くのだ、そう出来る幸運に感謝して。

今宵は静かに思い出す。明日秋の花の中で笑うあなたを見る為に。
この一年を。そしてその前を。あなたを待った長い四年を。
その前を。あなたと過ごした、あの歩みの遅かった季節を。
そしてその日々が始まった、あの天界での最初の出逢いを。

いつからこんなに慕っていたのか。
いつからこんなに大切だったのか。
いつからあなた以外は見えなくなっていたのか。

倖せ過ぎて怖くなる。失う事も、手放す事も。
この掌に握り締め、誰にも見せずに隠したい。
月や陽が全ての空に等しく光ろうと、万民を等しく照らそうと、俺の月は俺の為だけに光り、俺の陽は俺だけを照らしてくれる。
いつもは日々の些末時に追われて忘れてしまいそうな温かさを、有り難さを、嬉しさを、今宵は思い出そう。

じきに日を跨ぐ夜半の道、この方と共に静かな銀の光の中を往く。
今宵が終わる前に、この婚儀の記念日に、幾度も今宵を思い出せる大切な紙の贈り物を懐に。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    さらんさま
    日々の慌ただしさに流されてしまう毎日。
    こんな風に顧みる時間って大切だし、必要ですよね。
    当たり前に過ぎる1日の有り難さを、噛みしめねばなりません。
    ヨンの気持ちがウンスを幸せにしていますよね。
    こんなに考えて想ってくれている人がいるのってスゴイです。
    やっぱりさらんさん家のヨン、ステキです~!

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    本当に色々ありましたよねぇ❗️
    私も読みながら何度涙したことか…
    でも…ヨンとウンスが幸せそうで
    私も幸せになります。

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