2016 再開祭 | 佳節・肆

 

 

「医仙」

坤成殿の窓の外は、相変わらずのしとしと雨。
差し向かいでお茶を飲む媽媽に呼ばれて目を上げる。

「御用意は整いましたか」
媽媽はそう言って、手にしていたお茶碗を静かにテーブルに戻した。
「大護軍の生誕日は、もうじきでしょう」
「はい。メ・・・ご馳走の献立を考えたり、贈り物を考えたりの下準備は終わったので」

媽媽は柔らかく微笑むとゆっくり頷いて、私の目をじいっと見つめる。
初めてお会いした時から変わらない、大きくて澄んだ目。
だけど初めてお会いした時よりも、ずっと優しくなったその視線。

「羨ましい」
「え?」
「妾にとって王様のご生誕日とは、国を挙げての行事です。
重臣達の思惑で左右され、力関係で如何様にも変わってしまう。
妾の父の時もそうでした。二人で祝う事など、考えた事もなく許される事もない」
「媽媽」
「愛する方の生まれた日です。その日その時に生まれて下さったから、きっと巡り会えたのでしょう」
「私は、そう信じています」
「この世では生まれた日の空や星や、地気の流れも占います。
違う日にお生まれであれば、たとえ同じ御父王と御母媽媽から生まれても、別の定めだったのかもしれません」
「はい。先の世でもありましたよ。誕生日、星占い、干支、五行とか。
タロットカードって他の国の札を使ったり、卜占みたいなものも」

いつの時代でもやっぱり女性は占いが好きなのかしら。
媽媽はひとつひとつ、とても興味深そうに聞いていらっしゃる。

「そうしたところは、似ておるのですね」
「多分、この世界からの占いが続いている部分もあるのかしら」
「天界ではご生誕日はどのように祝うのですか」
「うーん。子供の頃は、友達を呼んで、ゲームをしたり歌を歌ったり。あとはご馳走と贈り物と。
大人になると、お酒を飲んで賑やかに騒いでお祝いしますね。年の数のロウソクをたてたケーキは絶対用意します」

想像もつかないのか、不思議そうに首を傾げるご様子が可愛い。
こうして見ると、媽媽はまだまだお若いんだなって思う。
それこそお友達と一緒にクラブで大騒ぎして、バースデーパーティを開いても全然おかしくないくらい。

背負うものは大きくて、ご自分のバースデーすら好きに出来なくて、その中で一生懸命王様を支えて。
あの人が甘やかしてくれるから、見せないようにしてくれるから、時々忘れてしまう事がある。

この国で生きる意味。あの人みたいな武士としての立場とはまた違う。
そんな媽媽や王様の御立場でも、負けるってことは死を意味すること。

だからこそ生きてること、無事に年を一つ重ねるのは大切な気がする。
私の生きてた21世紀よりもっと、ずっと意味がある気がする。
あの頃なら助かるような外傷や疾病、そして考えもしなかったような戦や争いで死んでしまう事があるからこそ、命はもっと重い気がする。

「媽媽」
「はい、医仙」
「媽媽のお誕生日は・・・ええと、建戌月9日、ですよね?」

この間叔母様に書いて頂いた、12か月の漢字表。
読みにくいったらないわ。
懐から紙を引っ張り出して書かれた漢字を指で追い駆けると、媽媽は小さく笑って上から9つめを指さした。

「ここです」
「一番上の建寅月っていうのは、一年の最初の月ですか?」
「はい。初月です。その朔日が元日です」

ってことは9月でいいのよね。媽媽のお誕生日は9月9日。
覚えやすい日で良かったわ。
「媽媽」
「はい」

紙をもう一度大切に折りたたんで懐にしまい込みながら、私は大きく笑って頷いた。
「今年は私も、媽媽にお誕生日プレゼントを贈りますね。
偉い方々が贈るものに比べたら、豪華さではちょっと勝てないとは思いますが」
「医仙」
「その分センスで勝負しますから、楽しみにしててください」

両腕でファイティングポーズを取ると、媽媽が笑っておっしゃった。
「・・・医仙がおっしゃった意味が、分かるような気が致します」
「え?」
「親しい方々と小さな祝宴を開く。自分が生まれた日を心から祝って下さる方々と共に。
それが本当の祝賀であり、それで充分だと」
「そうですね、私たちみたいな立場ならそれで許されますけど。でも王様や媽媽はそういうわけにも行きません。
国本国母でいらっしゃるでしょ?」

堅苦しい私の言い回しに、媽媽が楽し気にお袖で口元を隠す。
「大護軍の永のお教えの賜物ですね」
「え?」
「まさか医仙の御口から、国本や国母などと伺う日が来ようとは」
「ああ、それは・・・」

あの頃見てた時代劇で覚えたとは言えないわ、よね。
あの人の株が上がるのは、何にしろ良いことだし。

曖昧に笑いながら頷いた私に、媽媽は思い出したように問われる。
「それにしても、肝心の医仙のご生誕日はいつなのでしょうか」
「・・・それは、あの・・・」
「天界とは数え方も違うのでしょうか」
「ええと、あの・・・」

そうよね。自分の誕生日を聞かれれば、マナーとしても相手の誕生日を聞くわよね。あの人だってそうだったし。
「6月11日でした」
「ろくがつ」
「はい。あの人の誕生日の11日前で」
「・・・あの人とは、大護軍ですか」
「はい」
「という事はつい先日どころか、ここで大護軍の生誕日のお話をされた頃ではないのですか」

媽媽の黒い目がみるみる丸くなる。私は慌ててその目に言った。

「実は自分の誕生日が来るたびに気にはなってたんです。でもはっきり分かるとは思ってなくて・・・」
「医仙」

やっぱりね。あの人もそうだった。
自分の事は棚に上げて、こうやってかぎ回ってばっかりいるから。

「あの人にも怒られました」
「当然でしょう」
媽媽は拗ねたように、つんと私からお顔を逸らしてしまった。

「御夫君にも妹にも秘密にされるなど、怒られて当然です」
「媽媽、そんなつもりじゃ」
「来年は妾が祝賀の会を催します」

媽媽はお顔を逸らしたまま、黒い目だけちらりとこっちを見る。
「勿論、医仙の大切な方々だけで。それで宜しいでしょうか」
「嬉しいです。ありがとうございます」
「約束、ですね」
「その前に媽媽のお誕生日がありますよ。それに王様のお誕生日も」
「楽しみにしております」
「そう言えば、叔母・・・チェ尚宮様のお誕生日はいつなのかな。調べる方法はありますか?」

私たちだけじゃなく、叔母様だって大切な家族。
出来ればマンボ姐さんや師叔や手裏房や、迂達赤のみんなのバースデーも分かったらいいのに。

「三年に一度計帳を刷新するので戸口から年齢は判りますが、生誕日が書かれておるのか・・・
まして幼い時から皇宮に入り尚宮として長く役を担っておるので、戸口計帳を持っているかも判りません」
媽媽も自信なさげに、考え考えおっしゃった。
「けれどご生家は大護軍の縁続き。東州崔公と言えば高麗有数の名門文家です。
その流れを汲むご息女となれば、調べるには然程」

そこまで媽媽がおっしゃった時。
雨音の向こうから小さく、でも確かに叔母様の咳払いの声がした。
まるで、調べたりすれば承知しないとでもいうみたいに。

「・・・どうやら、知られたくないようです」
「女性は年齢が気になりますから」

私がうんと小さい声で言うと、媽媽はとても可愛らしい笑顔で、小さく肩をすくめて指先でお口を押さえた。

 

 

 

 

4 件のコメント

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    ふふふ チェ尚宮って おいくつでしょうね…
    産まれた年はともかく
    月、日さえわかれば いいんですけどね~
    ( ´艸`)
    チェ尚宮の生年月日を知るには
    なんだか 別の意味で難しそう… ふふふ

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    王妃様も、ウンスの誕生日を知らせてもらえなかったと、少し寂しい想いをなされたようですね。
    ヨンは、もっと、気にしたことでしょう。
    愛しい、大切な妻の誕生日を祝ってあげられなかったのですから。
    ヨンの誕生日に、ウンスの誕生日を一緒にやる…とは、よい考えでした。優しいヨンですね。
    叔母様の誕生日を…、は、やはり女として、気になるものですから、知るのは難しいのかもしれませんね。でも、祝ってあげると、意外と喜びそうです!

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    チェ尚宮、年齢を知られたくないなんて可愛いとこありますね
    (笑)
    佳節どんなめでたい日になるのか楽しみです。
    でも雨に濡れた時も気が付けばヨンがいてくれる。
    そんな今の日常がヨンにもウンスにも一番幸せな時間なのかもしれませんね。34648

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    こんばんは。実は昨日、自分の誕生日でした。高校生の娘がケーキを作り、息子はバイト代でプレゼントを買ってくれました。ささやかですが、愛情のこもった誕生会でただ、子供たちの成長と自分の老化が比例してるなぁ、とはたときがつき……(;O;)
    二人のアマアマハッピーバースデー楽しみにしてます。m(__)m

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