2016 再開祭 | 佳節・玖

 

 

「ウンス殿!」

朝の典医寺。
診察室へ入って行った私に、キム先生が驚いたみたいに大声を上げた。

そこにいる医官や薬員のみんなもさすがに声は上げないけど、同じくらい驚いた眼を向ける。
そんな顔で出迎えられて、こっちの方がびっくりだわ。
「何をしていらっしゃるのです」
「え?」
「今日はお休みかと、すっかり」
「勝手に休んだりしないわよ?昨日、休むって言わなかったじゃない」
「お忙しさに紛れて、お忘れかと思っておりました」
「何で休むって」
「今日はチェ・ヨン殿とウンス殿の、大切な日なのでしょう」
「ああ・・・やっぱり聞いたのね?」

ほーら。だから言ったじゃない。
得意げに心の中で思いながら、キム先生に向かって頭を下げる。
「騒がせてごめんなさい」
「そんな事は構いません。役目を終えた順に御邸へご挨拶に伺おうと」
「来てくれるの?」
「無論です。チェ・ヨン殿の」

キム先生は内情に詳しいだけあって、周囲のみんなに聞こえないように声を低くした。
「ご生誕日と」
「うん、だからうちで騒ごうかなって。時間があったら来てね。きっと喜んでくれると思う。
あ、でも、申の刻より遅くにね?」
「申の刻ですか」
「うん。何だか知らないけど、あの人が申の刻から準備するって」
「流石にこの雨模様では、申の刻からでは暗くてご迷惑では」
「私もそう思うんだけど・・・時の運だって」

要領を得ない顔をしながらも、キム先生もみんなも頷いてくれる。
「こんなに大勢で押し掛けて、ご迷惑では」
「まさかぁ!待ってるから、絶対に来てね」

首を振ってきっぱり断言する。あなたが最初に言ったんだもの。
言い出しっぺは責任取らなきゃ。たとえバースデーキングでも。

ね?ヨンア。

 

*****

 

「大護軍!!」

雨交じりの曇天の下、迂達赤兵舎の表門をくぐった途端。
飛んで来た大声に顔を背けて息を吐く。

「・・・おう」
「おう、って大護軍」
「大護軍、どうして」
「え、大護軍、何故」

お早うございますではないのかと、うんざりしながら兵舎へ歩く。
こういう時こそ雨除け外套を羽織っていれば、頭巾と首巻で顔を隠せたものを。

誰一人いつもの挨拶をする奴が居らん。
まるで場違いな男が現れたと言わんばかり。
どの顔も俺を見つけるなり目を瞠り、一目散に駆けて来る。

「大護軍、だって今日は」
「そうですよ、聞いてたんです。今日は大護軍は大切な日と」
「俺達全員、夕の歩哨を終えたら順に御邸へ伺うつもりで」
「・・・誰から」
「は」
「誰から聞いた」

低い声に、小雨の中で奴らが一斉に顔を見合わせる。
「俺はトクマンから」
「確か、テマンだったかと」
「自分は武閣氏から聞きましたが」

最後の声に耳が聳つ。
武閣氏と言った奴に振り返ると睨まれたと勘違いしたか、そいつの目が僅かに泳ぐ。
「武閣氏」
「は、はい。王様の歩哨の折、坤成殿で擦れ違った武閣氏から、大護軍のご生誕日と。
ただ緘口令が敷かれているので、決して皇宮内では騒いだり、大っぴらにするなと。
ですので迂達赤以外には、誰にも」
「でかした」
「は?」

褒め言葉を掛けられて、奴はその場に立ち竦む。
俺の言葉だけでない。
あの方の坤成殿での話を耳にしていた武閣氏が、こうして吹聴している。

朝餉の膳を挟んで見た、あの方の得意げな笑顔を忘れられん。
今日来客があったとすれば全て俺の責と言わんばかりの、喜色満面の表情。

小さな鼻を天井に向け、白桃のように染まった頬で。
鳶色の瞳がしてやったりと言わんばかりに、此方を見つめていた。

こうして年を経ても生意気な俺のあの方は、些細な綻びを見つけ出しては勝ち負けを騒ぎ立てる。
己と同じ程負けず嫌いだから質が悪い。

いい加減あの方も、妻としての作法を身に着けて良い頃だろう。
生まれた日を祝うなら朋や家族とではなく、二人きりで良いだろう。
俺があなたをどれ程大切に思っているのか、素直に受け止めて下されば良い。
そしてあなたが俺をどれ程大切か、素直に見せて下さったら良い。

それでもあの方がわざわざやって来た来訪者を追い返すとは思えない。
朋や家族と騒ぎたいと言うなら、今宵の客が退くまでは黙って耐える。

太い息を胸裡の邪気と共に吐き、この背に従き歩く奴らに告げる。
「申の刻からだ」
「もう暗くないですか、この雨では」
「大護軍のご迷惑になるんじゃ」

今更中止を申し渡そうと、全員に報せが届く保証は無い。
ならばいっそ宴を開き、先ずはあの方を喜ばせるが得策。

周囲から返る声に首を振る。頼むぞ、姜保。
「申の刻に来い。善竹橋に」
「え」
「御邸じゃないんですか」
「雨が降ってますが」
「全員に伝えろ。善竹橋で待つ」

再び首を振った俺に、その場の奴らは不得要領な面で頷いた。
あなたの伝言を吹聴して回る武閣氏がいる事も判った。
それでも口火を切った以上、己の責の範疇は己で負う。
これで互いに貸し借り無しだ。

宴は開く。好きなだけ人を集める。飯の種はどうとでもして揃える。
あなたが大切な方々を集めて、心から愉しめるように。

そして今宵こそこの望み叶えて頂きます、イムジャ。

 

 

 

 

3 件のコメント

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    鳩が豆鉄砲!
    ふふふ 
    ヨンは 二人っきりでお祝いしたかったのね
    でも ウンスは ヨンを好いてくれるひと みんなと一緒にお祝いしてあげたかったんだ…
    ま、最終的には 二人っきりよね♥
    さてさて ウンスさん ヨンに一本取り返されるのかな?
    ( ´艸`)

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    (;゜∇゜)と
    御主人…。
    怖いんですが…獲物を狙う感じが凄くするんですが
    『そして今宵こそこの望み叶えて頂きます、イムジャ。』
    何を考えておられますか?いや…何を狙っておられるんですかーっ(^^;)
    ウンス大丈夫かなぁ(^。^;)

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