2016 再開祭 | 佳節・序章

 

 

【 佳節 】

 

 

夕餉の支度をするタウンさんの横で台所に立つ。
表は今日も梅雨の雨が一日中、ずっと降ったりやんだり。

台所の裏口は開けっ放しだけど、雨のせいか風向きのせいか、うまく換気が出来ない。
かまどの薪も湿ってるせいか、さっきから台所の中に白い煙がこもってる。
「ウンスさま、どうぞお休みください」

かまどの横、咳込む私を見兼ねたみたいにタウンさんが言ってくれる。
「ううん、久し振りに早く帰って来られたから手伝いたいの」

頑固に言い張る私にオンニの顔で頷くと、タウンさんが私に包丁と立派なウリを一つ渡してくれた。
「それでは、皮むきをお願いしてよろしいですか。沈菜を作ります」
「オッケーよ、もちろん。任せて」

頷くと立派なウリを片手に、皮をむいていく。
そうしながら頭は別の事を考える。ずっと気になってる事がある。

夏の初めに自分の誕生日があるせいか、なおさら気に掛かるのよね。
白っぽい庭の紫陽花がきれいなピンクや紫に色づいて梅雨が来れば、思い出してソワソワする。

だいたいあの頃の韓国ですらまだ数え年が横行してた。
高麗時代に誕生日なんて感覚があったとは考えにくいけど。

調べようもなければ、史実にも載ってた記憶はない。
国史の授業でももちろん習わなかったし、習ったとしてもすっかり忘れてる。

だって自分の人生には、全く関係ないと思ってたのよ。少なくとも何年か前まで。
あの人は歴史上の英雄で、私にしてみれば李氏朝鮮王27代とか、そんな人たちと同じレベルで。
だいたい高麗王34代すら全員言えない。
たとえ習ったとしたって、どれだけ英雄だとしたって、あの人の正確な生年月日を覚えてるわけないじゃない?

「ウンスさま」

でもお祝いしたいの。私たちには記念日ってほとんどない。
出会ったのはあのCOEXの学会の夜、太陽活動が異常に活発化した日。
そして結婚したのはあの秋の日、空が真っ青に晴れ渡ったきれいな日。

それだけでも充分だけど、ぜいたく言えばあともう1つだけ。
あなたの誕生日が知りたい。
高麗の授時暦は当時の元から渡って来たとはいえ、グレゴリウス暦に匹敵するくらい正確だったのは有名だもの。

「ウンスさま」

生まれて来てくれてありがとう。出逢ってくれてありがとう。
いつでも一緒にいてくれてありがとう。
次に生まれてもまたあなたに逢いたいって、ただそれだけ伝えたい。

そして直接会えなかったけれど、お義母様とお義父様にお伝えしたい。
ありがとうございます。
あの人を生んで下さって、命をくれて本当にありがとうございますって伝えたい。
それには誕生日以上に相応しい日はない気が

「ウンスさま!」

急に呼ばれると同時に、右手の包丁が止まる。
ううん。止まったんじゃなく、右手首がタウンさんに押さえられてる。
「乱暴をして、申し訳ありません」

タウンさんが申し訳なさそうに頭を下げた後、私の握る包丁と左手のウリを見る。
「ただ、指を切りそうでしたので・・・お怪我をしたら典医寺のお役目に障りがあるかと」

その目を追って手元を見ると本当に包丁の刃が、ウリを握る左親指の先ぎりぎりのところにあった。
ダメよね、こんな風にぼうっとしたまま包丁握るなんて。
「ごめん、ありがとうタウンさん。考えごとしてて」

頭を下げて台所の作業台にむきかけのウリを置く。
タウンさんはにっこり笑って首を振って、そのウリを器用に続けてむいていく。
外科医の私なんかよりよっぽど上手に、白いウリの実の向こうが透けるくらいに薄く。

「何をお悩みですか」
皮むき作業中のタウンさんから聞かれて、溜息をついてかまど前に座り込む。
「ねえタウンさん。自分の誕生日って知ってる?」
「たんじょうび、ですか」

ああ、声を聞いただけでこの単語が一般的じゃないって分かる。
「うん。何年前の何月何日に生まれたか」
「生まれは春ですが、日付までは」
「やっぱりそうよねえ」
「はい」

そこまで言って思い当ったように笑って
「大護軍ですね」
タウンさんが私の顔を覗き込んだ。その目に素直に頷きながら
「うん。私の感覚からすると、誕生日を知らないのって、何だか不思議というか。
ちゃんとお祝いしてあげたいの」
「天界では佳節なのですね」
「かせつ?」
「物事の、佳き節目なのですね」
「そうね、産んでくれた両親に感謝する日でもあるし。
私はあの人のご両親に会えなかったから、なおさら知りたいのかも知れない。
ちゃんとありがとうございますって、誕生日にも言いたいの」

タウンさんは納得したように深く頷くと、小声で私に囁いた。
「それでしたら、隊長に伺ってみるのはいかがでしょう」
「叔母様に?」
「お忙しい方ですから、本来なら私がお力になりたいのですが。
さすがに大護軍のお生まれの日を調べる方便は思いつきません」

交わすヒソヒソ声の合間を縫って、台所と居間の境目の扉が大きく開く。
「イムジャ」
あなたが少し慌てた様子で、一段高くなった居間からタウンさんと私を心配そうに見おろした。
「どうしたの?」
私の声にほっとしたように瞳を緩めて、次にあなたは台所を見渡す。
「居間に居ったら、急に煙臭くなったので」
「風向きが変わったようです。失礼致しました、大護軍」

内緒話をしてる間に、さっきまでなかった風が裏口から吹き込んでる。
その風に吹かれたかまどの煙はこの人が開けた扉、居間の方向に流れ込んでいく。

「構わん。このまま開けておく」
あなたはそう言って、私を目で促す。
視線に気付いたタウンさんは私に頭を下げると
「ありがとうございました、ウンスさま。
支度は整いましたので、もうすぐ召し上がれます。ご用意致します」

そして行きなさいというように、私の背中をそっと押す。
あなたに手を握られて居間への段を上がりながら、タウンさんの言葉をもう一度心の中で繰り返す。

そうよね。今回はお願いできるのは、叔母様くらいしか思いつかない。

 

 

 

 

ヨンのバースデーに奔走、頑張るウンスを!あまあまでお願いしたい!
(sini0000さま)

 

 

2 件のコメント

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    ヨンのことなら何でも知りたいもの~
    叔母様がご存知なら 助かるのにね~
    両親に感謝して、 改めて ヨンにおめでと~って
    言ってあげたいわね。
    ヨンが心配しちゃうから
    バレないように がんばって ウンス!

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    おはようございます!
    ありがとうございます!
    さらんさんによって、どんなバースデーになるのか、楽しみにしています
    お仕事頑張ってきます\(^o^)/

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