2016再開祭 | 桔梗・玖

 

 

久方振りの朝寝の床で、鼻先を擽るこそばゆさに起こされる。
薄目を開いて確かめると、其処にあるのは亜麻色の長い髪。

風に誘われ揺れる柔らかなそれが絡まぬよう指で除け、項に沿って緩やかに梳かしつける。
こうして眠るだけなのに、髪の先まで賑やかな方だ。

この指の動きにつられるように、腕の中のあなたが身動ぐ。
背を向けられぬように先に抱き締め、その動きを封じ込む。
厭々と顔を振り胸を押し、逃れようとする小さな体を包み、長い睫毛が上がるのを待つ。

こうしてこの方が目を醒ます、一部始終を見つめるのが好きだ。
それでも今日だけは思う。今日だけで良い、一日俺の腕の中起きずに眠っていて欲しい。
そう考えるのは卑怯でも。

小府尹直々に訪いを打診されてから、既に七日が経っている。
打診という名の予定調和だ。
互いに断るとも、断られるとも思うておらん。

あなたを傷つける事のが怖い。
しかし己が断れば、あの男は次は典医寺に乗り込まぬとも限らん。

俺がその場に居合わせれば良い。俺でなくともせめてテマンが。
しかしこの防御の壁の緩んだ隙にあの男が入り込んだりすれば、尚更あなたを傷つける。

そしてあの男に、奴自身が俺の弱点だと知られるのは嬉しくない。
肚の読めぬ男である事には変わりない。
かつて奴の息の掛かっていた双城総管府の兵も、今や開京に移っている。
その兵を抱き込み王様に反旗を翻すのも、強ち不可能というわけではない。

早く起こして逃がせば良いのか。
此処で共に対面するが良いのか。
心を決めるまでで良い、それまでこうしていて欲しい。
抱き合ったまま、今日という面倒な日が過ぎて行けば良い。

伏せた睫毛はまだ上がらない。

起きて欲しいか、寝ていて欲しいか。
決まらぬままその先に唇を触れると、夢の中であなたが笑う。

 

*****

 

七日前のその日、高い秋空の許。
日に日に秋の深まる回廊を、チュンソク達と連れ立って進んでいた。

康安殿への通い慣れた回廊の途中、前方角に気配を感じて歩を止める。
共立つチュンソク達は気配ではなく俺に倣い、同じくその場に立ち止まった。

すぐにその角から数人の高官と連れ立ち、皇宮では見慣れぬ顔が覗く。
そして立ち止まる此方に気付くと、その列の中央にいた男が嬉し気に顔を綻ばせ近寄って来た。
「大護軍、久しいな」
「小府尹殿」

僅かに視線を下げる俺に向け、李 子春は一方的に親し気に笑い掛けると
「少しばかり話せるか」
それだけ言うと返答も聞かず、先に立って歩き始めた。
「先に行け」
「大護軍」
「行け」
「しかし」
「歩哨に穴を開ける気か」
悩まし気な顔で未だ動かずに佇むチュンソクらに声を掛け、回廊の先を行く李 子春につく。

遅かれ早かれ話さねばと思っていた。
双城陥落の立役者なのは確かだが、完全に王様の側に立ったとは判じ兼ねる。
息の掛かった兵が都にいる以上、一歩取り扱いを誤れば王様の敵にもなり兼ねぬ男。

この先俺を殺めるという、あの李 成桂の父親。
不用意に近づけば、俺ではなくあの方を苦しめる事になる。
味方を身近に、敵はより身近に。
しかしあの方から遠避ける。
そんな器用な芸当が可能なのだろうか。
前を行く背に一定の距離を置き、歩き続ける李 子春を眸で追いながら考える。

肚裡を容易に晒す者ではない。
王様には従順な顔を装い、その一方であの鼠を懐に隠して飼って居た。
王様にすらそんな二心を持つ男だ。
己の栄華と保身の為ならば、俺を裏切る事など造作もなかろう。

それでも取引を持ち掛けるか、それとも一思いに斬り捨てるか。
次の手が決まる前に、先を行く李 子春が足を止めた。

回廊の隅、まだ紅く色づく前の青紅葉の下。
秋の陽に眩し気に目を細め、男は此方を振り返る。
「会えそうで会えぬ。そなたの尽力で開京に戻って来られた礼も、伝えておらぬのにな。医仙もご健勝か」

発言の真意はまだ見えぬ。しかし奴の失態だけは判った。
俺に向かいあの方の事をまず確かめるなど、敵と見做されても当然だ。
無礼にならぬ程度に顎を下げ、肚の裡だけで息を吐く。
息子もそうなら、父も同じか。
人のものを欲しがるなと、あの時息子には教えた筈だが。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    ご機嫌伺いなんでしょうけど
    ヨンはピリピリしちゃうわね
    大事な自分の宝物に
    信用ならない…しかも ウンスが
    嫌がる相手と思うと…
    診療となると ウンスも断らないのでしょうね~

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