2016 再開祭 | 逐電・答(終)

 

 

正直に。それがあなたを傷つけるとしても、誓った筈だ。
俺がつけた傷なら、その傷ごと包み込む。
どれ程時間がかかろうと、その傷ごと抱き締めて癒す。

何故なら譲れないからだ。一晩離れて考えようと変わらない。
譲れないなら伝えるしかない。たとえそれでこの方が泣いても。
己を罵り蔑みながら共に居たとしても、倖せにはしてやれん。

答はこれ程多くある。選ぶならば互いに悔いない選択をしたい。
一つ一つ答を選んだ最後に、最良の道が待つと信じて。
「あなたを探すよう、王命が出ております」
「嘘でしょ?」
「こんな嘘は吐けません」

事を伝えると、この方は困ったように眉を下げた。
「侍医から王様と王妃媽媽に報せが行ったと。王妃媽媽も大層ご心配の御様子」
「・・・そうだったのね。ちゃんと謝る」
「必ず」
「困ったなあ。そんな大げさになっちゃってるなんて」
「此処を探し当てたのはヒドです。手裏房も動いている」
「ヒドさん?」
「気付きませんでしたか」
「全然知らなかった。ほんとに?」
「山道の下で待っております」
「もしかして、叔母様とかマンボ姐さんも?」
「叔母上とは話しておりませんが、侍医が王妃媽媽の許に伺った以上既に耳にしているかと。
マンボも同じでしょう。手裏房の誰かから」
「怒られる、わよね」
「はい」

この方にも自覚して頂きたい。
ご自身が考えなく動く事が、どれ程多くの者を心配させるのか。
駒だからでは無く、道具だからでも無く、この方を案じているから。
俺達を案じているから、心を砕いているのだと。

「みんなにちゃんと謝る。お礼も言っとく」
「はい」
あなたが選んだ答え一つで、これ程多くの者が動く。
そしてそれは俺にも言える事だ。だから譲れぬ道を行く。
周囲の誰に責められようと、悔いは無いと胸を張り答えられる道を。

「あなたには、期待外れかも知れません」
「引退のこと?」
「はい」

細い指から逃れ、此度は俺がその桜貝色の細い爪先を包み込む。
譲るべきものと譲れぬものとを伝える為に。
「退けません」
「ヨンア、でもね」
「あなたの心配は判る。申し訳ないと思う。それでも退きません」

退けないと退かないは大きく違う。
俺は退けないのではない。退かない。譲れぬ答だから仕方が無い。

あなたは俺の為に、民の健康まで気を配って下さる。
俺はあなたの為に、今の総てから退かずに守りたい。
守る限りは責がある。下げたくない頭を下げる真似は出来る。
それでも守るべきものを見捨てて逃げる事は、絶対に出来ん。

「守りたいのです」
「守るにしたって、いろんな形があるでしょ?あなたが前面でそうしなくても良い。
泥だらけになってみんなに訓練して、へとへとで疲れ切って帰って来なくても。危ない事しなくても」
「後ろへ隠れてしまえば、出来ぬ事もある」

この方を護れと王様が下さる指揮権。
俺を信じて命まで懸ける馬鹿な奴ら。
そしてこの方の笑う国を作るために、矢面に立つ義務が俺にはある。

そうだ。誰より危険な矢面に立つ代わりに、俺は死なない。
少なくとも戦で命を落とす事は無い。

「兵を退き、全ての面倒から逃れれば楽です。あなただけを護る名分があるなら、今もそうしたい。
兵でなく、一人の男として」
「それは出来ないの?私のために、考えてくれない?すぐじゃなくていいから」

不安気に色を変える瞳。木洩れ日のせいではなく白くなった頬。
この声で伝える答一つで、これ程に色を変える方。
その頬に空いた片手の指を伸ばし、掌で包み込む。
首を振る俺に、この方の瞳が潤む。

何度でも不安にさせる。俺が兵でいる限り。
李 成桂との先の確執を知るこの方を、こうして泣かせる。
それでも譲れぬものがある。嘘は吐けん。
傷つけてその場限りの手当てをし、後で刺せば残る傷はなお深い。

「答は最後に出ます。あなたの知る日が来るのか、それとも」
「だけど、ヨンア」
「変わっているでしょう。今も変わっている筈だ」

この方の知る、あの天界で知られていた答の通りの筈が無い。
俺達は日々を生きている。
悔い無く生きて、生き抜いた答がそれでもこの方の知る通りだったとすれば。

「変わらなかったとすれば、それが運命だった。
俺が兵を退こうと、あなたがどれ程力を尽くして下さろうと、変えられなかった」
「絶対、譲ってくれないのね」
「はい」
「もしかしたら、変わらないかもしれないのに?」
「はい」

一天地六の賽を投げ、出た目で占うような博打はしない。
奇轍に向かって行った時、この方を泣かせて誓ったのだ。
二度と命は無駄にしません、だから泣かないでくれと。

変わらないわけがない。変える為に俺は全ての手を打つだろう。
殺されたくないからではない。生きたいからだ。
俺の前で誰より輝いて生きるこの方に恥じぬ程、生きたいからだ。

「いっつも私にだけ甘いんだから。自分には厳しいくせに」
「・・・はい」

それが本音でない事は判る。
譲れぬこの答が、あなたにとってどれ程残酷に響くか判っている。
それでも初夏の木洩れ日の中で無理に笑んで、この方は涙を隠す。
大層上手な作り笑いで、俺の心をまた救う。

だから死なぬ。あなたを残して死なぬ。
せめてそれだけが俺に出来るあなたへの誓いだ。
その作り笑いに、唇の端をようやく上げて返して見せる。

信じて欲しい。最後の答を待って欲しい。どれ程時間がかかろうと。
嘘ではなかったと。何かが変わったと。あなたが変えて下さったと。
必ず最後に、あなたに見て欲しい。そして笑って欲しい。誇って欲しい。
御自身が此処でどれ程俺を、そして俺の周囲の皆を倖せにして下さったかを。

「もう、そういう意地っ張りのとこには、今日も帰んない!」

ふざけた声で大きく言うと、いきなり細い指がこの掌を振りほどく。
あなたは踵を返して翠の隧道の最後の距離を、尼寺の山門目掛け一目散に駆けて行く。

空になった掌に瞬時慌て、そのままその背を追い駆ける。
転ぶな。泣くな。そうして隠すな。
不安な時は不安だと、淋しい時は淋しいと、俺を探して手を伸ばせ。
その先に必ず掴まえる掌がある。その誓いだけは必ず守る。

次に掴まえれば腕の中に閉じ込める。そして今宵は共に休もう。
あなたを胸に抱いて眠れば、全ての事はうまく行く。
そんな夜を重ねた遥か先に、必ずあなたの知らぬ答が待っている。

あの高い敷居を跨がせるわけにはいかない。
二度と手の届かぬ処へ逃がす訳にはいかない。

高い声で笑いすぐ眸の前を駆けるあなたの細い背まで、あと数歩。
俺は一息にその距離を詰めた。

 

 

【 2016 再開祭 | 遂電 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

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