2016 再開祭 | 気魂合競・伍拾

 

 

踏み入った湯屋の脱衣処。行燈の仄灯りの許で挙動不審に陥る。
風呂を浴びると宣言しておきながら、脱衣の場でいつまでも衣を纏うているのも不自然だというのに。
「・・・イムジャ」
「話、聞いてくれる気になった?」

成程。
此方が根負けして手を止め足を止め、いつものように顔を緩めて話を聞くのを待っている訳だ。
「話したくばどうぞ」

そう言いながら意を決し、跳ねた雨泥で汚れた上衣を床へ落とす。
続いて下衣の腰紐に指を掛けると、あなたがくるりと後を向いた。
・・・面白い。根競べなら負ける気はせん。

わざと煩い音を立て下衣を脱ぎ捨て、腰から下を大きな手拭いで巻いて隠す。
上半身は隠しようがない。そのまま湯殿への仕切扉を開けて踏み込む。
さすがに諦めると踏んでいたあなたが、続いて意を決した表情で付いて来る。

今までとは違う。
風呂好きなこの方向けに拵えた大きな湯舟が大半を占める、大人二人が向かい合うには少々狭い空間。
立ち上る白い湯気が目隠しになるとはいえ、此方は上半身の肌を曝している。
寝屋以外でこんな薄着で向かい合うのは、真夏の庭先での水浴びくらいだ。
そんな折も下衣までは脱がぬのだから、気まずい事この上ない。

「・・・衣が濡れます」
「だから、話を聞いてって言ったでしょ」
「此処では無理です」
無理と判っていた筈だ。
此方は湯舟には浸かれず、この方は衣を纏うたままで。
「ヨンア、まず座って。足首に悪い」

そう言われても適当な場所が見つからず、一先ず手近な湯舟の縁に腰を降ろす。
その足許の床に座り込まれ、仰天して再び立ち上がる。
「何を!」

怒鳴るのも当然だろう。
此方は腰に薄い手拭いを巻いただけの姿で、何時手拭いが透けるか捲れるかと、気が気でないのに。
あなたは床に座ったままで、声を張り上げた俺を見上げた。
「だって、狭いもの。足首をケガしてるあなたを立たせておくわけにいかないでしょ?」

何処までも計算高いのか、それとも全く無垢なのか。
何方にしても厄介この上ない。
上半身露わなまま思わず蟀谷を押さえた俺を確かめると、あなたはにっこり笑って念を押す。
「話、聞いてくれる気になった?」

敵の戦意を削ぐ為に裸にさせるのは、大層有効のようだ。
鎧による守りが低くなるだけではない。
相手が衣を纏っている目前で薄着になると、これ程心が追い詰められる。

次に戦に出た時は、無益な殺生の前に鎧を脱がせるべし。
頭に刻みつつ、俺は渋々頷いた。
「じゃあ待ってるから。体だけ洗ったらすぐ出て来てね?」

鼻歌交じりに湯煙の中、扉を出て行く細い後ろ姿。
握った湯桶を投げつける訳にもいかず、俺は乱暴に床へ腰を降ろすと、湯舟の湯を掬い上げて頭の上からぶち撒いた。

 

「あー、終わったの?」
まだ湯気を立てる上気した体で居間へ戻ると、あなたが笑いかける。
「はい」
「湯舟につからなかった?座る時は気を付けてね」

先刻向かい合った座椅子に再び腰を降ろそうとする俺に声を添え、あなたは卓上の茶碗を差し出した。
「疲れたでしょ。2日間、頑張ってたもの」
「頂きます」

冷えた椀の中身を喉へ流し込みつつ、様子を伺う。
既に腹を立て飽いたか、あなたは穏やかに此方を見ていた。
また諍いになるのは御免だが、言わねばならん事もある。
「イムジャ」

半分程干した椀を卓へ据え直して呼ぶと、あなたの背が伸びる。
「なぁに?」
「教えて下さい」
「賞品のこと?」
「はい」

当初から判らなかった。避ける道はあったのに何故名乗り出たか。
そういう扱いを何より嫌うと思っていたのに。

「あのね、もともとこの大会は、王様と媽媽が一般市民の中でも強い人を見つけようって始めたことなの。
これから先、たとえば大きな戦争があって軍人が足りなくなった時に、あなたやみんなを助けられる人がすぐ見つかるようにって」

詰問を予想していたのか、それとも隠す事に疲れていたのか。
あなたはすらすらと答えた。
「市民のみんなは、賞品や賞金があれば腕自慢が集まるでしょう?でも肝心のあなたや、迂達赤のみんなが出る気にさせるには、って」
「成程」

この方は竿に付けられた餌。俺はまんまと喰いついた愚かな魚。
「あんな長くなるとも、あんな強い人が出るとも思ってなかった。それは王様も媽媽も、叔母様もそうだったと思う。
ヤラセは一切なしで、公平にみんなに声をかけたでしょ?誰が出場するかなんて当日まで分からなかったもの」
「はい」

天界の言の葉は別として、言いたい事はよく判る。
確かに条件は唯一つ。十五を超えた男であれば誰でも参加出来た。
当日あの場で初めて顔を見た者が、数え切れぬ程居た。
だからこそ、あの戦士らと会い見える事も出来たのだ。

それでも掌の上で転がされた気分は拭えぬ。思わず眉を顰めると、
「ほらね、先に知ってたらそういう顔になっちゃうと思ったから、秘密にしてたの」
優しい指先が眉間に伸びて来て、刻んだ深い皺を伸ばす。

「眉間のシワは癖になっちゃう。ボトックスなんてないんだから、寄せないようにしないと。
ここにシワがあるとね、悲しいことやツラいことが寄ってきやすくなるのよ」

そうして眉間を伸ばし、次に指先が俺の唇の両端を押し上げた。
「そうそう。そうやって笑うといいの。最初は作り笑いでもいい。脳は意外と簡単にだませるから、ハッピーホルモンが出るわ」

好き勝手にこの顔を散々弄った後で、あなたの顔に浮かんだ決まり悪そうな作り笑いが消えた。
「もしかして、まだ怒ってる?ヨンア」
「・・・いえ。ただ」
「みんなまで巻き込んで、悪いと思ってる。あなたにもヒドさんにもケガさせちゃったし。そんなつもりはなかったの、本当に。
だけど媽媽や叔母様のおっしゃることもよく分かったから、だから反対しきれなくて」
「奴らとは一蓮托生です。判ってくれるでしょう、ですが」
「分かってる!」

一体何を判っていると言うのか。
あなたは両掌を此方に向けて、制止を掛けるよう腕を伸ばす。
「分かってる、あなたに黙ってたことも悪いと思ってる!だけど大会前にネタばらししちゃったら、あなたが出ないって言いだすかと思って、だから」

そうだ。判っている、判っていると言いながら何も判っていない。
この方はそういう方だ。知っていて選んだから、文句など言わん。
ただ滾々と諭す。幾度でも繰り返し、憶えて下さるまで。
口で言わねば判らぬと、教えてくれたのはこの方だから。

「厭なのです」
「だからゴメンって」
「必要もない怪我人を診るのが」
「ヨンア、それはね?そうでもしないと、私が賞品に名乗り出た意味がないからで」
「必要のない男に触れて」

そうだ。此度の角力の条件は唯一つ。十五を超えた男。
当然怪我を負うのも全員男という事になる。
賞品なら賞品らしく米俵と共に鎮座して、この手で取り返すまで静かに待っていてくれれば良かったのだ。

「ちょっと待ってよ!」
ようやく此方の真意の伝わったこの方は、大きな声を張り上げた。

 

 

 

 

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