2016 再開祭 | 木香薔薇・参

 

 

急いでた。

確かにそれは認めるわ。
だってまさか、あんなに多種多様に揃った典医寺で、薬草が一つ欠けるなんて思いもしなかった。
それも絶対に切らしたくない、切れたら困っちゃう薬草が。

 

「ウンスさま!」
その朝。 典医寺の門をくぐるなり、薬員のオンニがそう言いながら私たちのところに走って来た。
ここまで送って来てくれたあの人も思わず足を止めて、お互いの目を見交わすほど切羽詰まった声。
「ど、どうしたの?まさか媽媽か、王様に何か」

その慌てぶりにまだ遠くにいるオンニに向かって返した私の大声、この人の顔に緊張が走った瞬間。
薬員のオンニは私たちに首を振ると私たちのところまで走り寄り、息を切らせたまま深々と頭を下げた。
「いえ、王様も王妃媽媽もお変わりありません」

その声にあの人が安心したみたいに息を吐いた。
でも肩で息をしながら、オンニは申し訳なさそうに言った。
「ただ、王妃媽媽の御薬湯の当帰を、切らしてしまいました」
「え?」

媽媽が毎日お飲みになっている当帰芍薬散。
主原料の当帰が切れたら意味がないじゃないと、私も思わず声が大きくなる。
薬員オンニは肩身が狭そうに縮こまってしまう。
「本当に申し訳ございません。このところの雨で、乾に予想以上の刻が掛かって・・・」
「いいの、誰が悪いんじゃないし、責めたりしてない!みんなよく頑張ったじゃない!」

確かにここ数日、お天気はグズついてた。
みんなが晴れ間を縫って薬草を広げては、少し曇ると慌ててしまってたのもよく知ってる。責めたりするわけない。

「でも・・・当帰芍薬散に当帰がないのはねえ」
「冬の間に連珠飲や四逆湯でかなり使いましたので、思った以上に減りが早かった為」
「そうよね」
「町の薬房に行けば、上等の物が置いてあるのですが」
「え?」

私は思わず薬員のオンニをじっと見た。
何しろ典医寺に何でもあるから、漢方の薬草を町で買うなんて、滅多にないもの。
買おうと思ったのは、この人と一緒に逃げた時くらい。

「売ってるの?そりゃそうよね・・・」
「はい。紅参や芍薬と違い、当帰はどこで手に入れても然程質には違いがありません。
もちろん、トギが丹精込めた薬草園のものが最上ではありますが」
「典医寺のは、あとどれくらいで使えそう?」
「晴天が続けば一日、長くても二日で」
「ヨンア」

薬員オンニに頷いて、私は横のあなたを見上げた。
あなたはもう分かってるって顔で頷くと空を見た。
久しぶりの晴れ空。
雨を降らせそうな雲はどこにも見当たらないキレイに晴れた空を見てから、困ったような目が戻って来る。

「迂達赤も鍛錬が滞っております」
「違うの。私1人で行っ」
「トクマンを付けます」

1人で行っていい?って聞く隙も与えずに、あなたは短く言った。
「それまで典医寺で。決して御一人では出ず」
それだけ残すと小さく顎を下げて、あっという間に走り出す背中。

そのダッシュの速さに思わず唸っちゃう。
うーん。
ちょっとでも遅くなったら私1人で抜け出すと思ってるのよね・・・過去が過去だから、仕方ないけど。

「じゃあ、それまで私も薬草干すの、お手伝いするわ!」
私は薬員のオンニにうなずくと、2人並んで典医寺の門をくぐる。

 

*****

 

急いでた。

だってトクマン君だって、トレーニングがあるだろうし。
ここまで高麗に慣れたつもりでも、出掛けるたび毎回足手まといになるのも、迷惑かけるのもイヤだもの。
あの人にはもちろん、迂達赤の誰にも。

あの人が走って行ってからすぐに、トクマン君はテマンと一緒に典医寺に駆けて来た。
「医仙!」
「遅くなりました!」

みんなで薬草を干してた広々した典医寺の庭に響く、2人分の声。
トクマン君はともかくとしてテマンも一緒なのが理解できなくて首を傾げると、2人は頷きながら
「俺は、トギを手伝って薬草を干せって、大護軍が」

テマンはそう言ってトクマン君を見上げると
「頼むぞ」
とだけ言って、トギ目がけて庭を走り抜けていく。

トクマン君は
「任せとけ!」
って、あっという間に薬員のみんなの中に紛れたテマンの背中に声を掛けると、
「さぁ、行きましょう医仙」
そう言ってにっこり笑ってくれた。

 

そのまま足早に皇宮の正面門を抜けて、キョンヒさまのお邸の前を走り抜けて、マンボ姐さんの薬房まで。
キョンヒさまのお邸の垣には、見事に咲いたモッコウバラが春風に揺れていた。
慣れた道だし、迷うなんてありえない。第一道行くみんなだって、この辺りなら顔を知ってる人ばっかり。

走る私に頭を下げてくれる人、お店の前からお気をつけて、って声をかけてくれる人。
そんなみんなにちゃんと止まって頭を下げて挨拶も返せないくらい、今日だけは急いでた。

次のお薬はお昼ご飯前。煎じる時間を考えれば、あと2、3時間。
なるべく早く買って、なるべく早く帰りたい。そうやって気持ちばっかりが焦る状態で。

時間がないんじゃない。
時間より、むしろトクマン君や・・・もっと言っちゃえば、あの人の迷惑になりたくなくて。

「お気を付けて」
沿道のお店の店長さんからの声に頭を下げて、
「また寄りますね!」
横を向いてそう言いながら走ってた時。

よそ見をしてた私は体ごと、何か大きなものにぶつかった。
ぶつかったのは両手を空に突き上げた男性で、グラっと揺れて、体勢を崩すと地面に半分崩れ落ちて止まった。
「ああ、ご、ごめんなさい!」

突き飛ばして転ばせかけて、逃げるわけにもいかない。
私は慌てて、半分崩れ落ちた彼の前にしゃがみ込んだ。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    とっても とっても
    急いでたから…
    やっちゃった。(笑)
    でもこれで 転んだのが
    ウンスだったら トクマンに 一発ケリが…
    それでも なにかあるかも コワイよー(笑)

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    王妃様のお薬ですもんね。
    ウンスも必死になりますよね!
    本当はヨンが行きたかっただろうし
    こんな厄介な事に
    なるとは誰も思って無かった
    だろうし…
    ウンスも災難ですよね(^_^;)

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    キョンヒ様のお邸の垣根の木香薔薇。
    二人のお友達から
    いただいた小さな挿し木からの木香薔薇。思いの外大きくなってくれたので、もしや今年は何色か判明するかも?と咲くことを期待しましたが残念ながら葉の勢いのみで花は見ること叶わず。
    よもや自身のリクエストのお話で垣根の木香薔薇の情景を思い浮かばせていただけるなんて!
    さらん様に二重の感謝です。
    日常の中のひとしずくの潤い(笑)
    この先のお話もワクワクしながら楽しみにしています♪
    ありがとうございます~m(__)m

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