2016 再開祭 | 眠りの森・壱

 

 

「ううう、う、医仙!」
「・・・て、マナ?」
「医仙、う、医仙!!」

タウンさんは寝室の中で、手早く私の着替えを手伝ってくれた。
最低限の身支度だけ整えて寝室を出た瞬間に、まだ真っ暗い庭先に揺れている小さな明かりが見える。
目を凝らしてよく見ると、その明かりはコムさんが持っててくれた松明だった。
そしてコムさんの大きな影の横、一回り小さな影がそこから縁側の私のところまですごい早さで駆けて来た。

松明の光から離れたせいで顔は見えないけど、その声を聞けばすぐ分かる。
「テマナ、どうして?あの人と一緒にいるはずじゃ」
「大護軍が」

やめてお願い、言わないで。あの嫌な夢を見ただけで十分。
タウンさんがあんな風に、無断で寝室に入って来ただけで。

耳を両手でふさぎたい。何も聞かずに逃げ出したい。

これでテマンにまで何か言われたら、認めるしかなくなる。
あの人を守るはずよね?一緒に戦場に行ってるはずでしょ?

「・・・どうして、ここにいるの?」

自分の声じゃないような、低い低いかすれ声。自分の口から出たはずなのに、別の人間が話してるみたい。

「医仙、て、護軍が」
「どうしてここにいるの?」
「医仙。お願いします。すぐ来てください。天界の道具を持って。御医が医仙を呼んで来いって。
足りなきゃ俺が典医寺に行きます、何でも言って下さい、何でも持ってきますから、だから、だから」

天界の、道具。天界の道具。治療器具。
道具を持って来いってことは、少なくとも。
「あの人、生きてるのね?」
「はははい、息してます。してますから早く」

その瞬間に脳のスイッチが切り替わる音がした。
まるで目の前の霧が晴れるみたいに、景色がハッキリ見えるようになる。

私の横の真っ青なタウンさん、縁側の下からこっちを見上げるテマンの泣き顔、庭先で松明を持ったまま心配そうに歪んでるコムさんの表情。

あの人は生きてるのね?それが分かればもう十分。心臓さえ動いてるなら、絶対どうにかしてみせる。
外傷?上等よ。チャン先生が残してくれた抗生物質だってある。
それが出来なくて何が天の医者よ?何のための医仙の称号よ?

唇を一回だけ、血が出るくらいに噛みしめる。大丈夫よ、ユ・ウンス。あなたなら必ず出来る。
あの人を救えなくて何が医者よ?何のための医大卒の学歴よ?
いったい何のためにあのうんざりするくらい長かったインターン、レジデント、研究に臨床に、自分の方が貧血を起こしそうな長時間のオペをこなして来たのよ?

「テマナ」
「ははは、はい、はい、医仙」
「馬は?」
「あります。俺が乗って来た奴が」
「皇宮まで乗せてくれる?皇宮で私の分を、一頭借りられるかな」
「借ります!貸さなきゃ盗んでも」
「ウンスさま」

物騒なテマンの発言に、すかさずタウンさんが口を挟む。
「まず隊長にお話し下さい。必ず手配して下さいます。テマン様、皇宮大門の官営に、先刻の迂達赤隊長からの文をご提示下さい」
「あ、は、はい。はい」

隊長。タウンさんの声を聞いても連想するのはあの人の笑顔。
隊長。迂達赤にもぐり込んで初めてそう呼んだ時のビックリした、そして嬉しそうな優しい目。

違う。私の隊長はあの人だけど、タウンさんの隊長はチェ尚宮の叔母様。
そうだ、叔母様に話さなきゃ。
しなきゃいけないことはたくさんある。皇宮を出るなら叔母様に、そして媽媽にお許しをもらわなきゃ。

ばちんと両手で、自分のほっぺたを思いっきり叩く。
しっかりしろユ・ウンス。泣くならいつでも出来る。
その音にタウンさんもテマンもコムさんも、ビックリしたみたいに私をじっと見た。

「行こう、テマナ」
その声にタウンさんがこの手にピンクのポジャギを渡してくれる。

「お出掛け前にお改め下さい。お忘れ物はございませんか」
渡された治療器具の入ったポジャギを開けて、中を確かめる。救急セット。縫合セット。麻酔薬。消毒薬。

「大丈夫。足りない分は典医寺で調達するわ。キム先生が現地にいるから薬草も持ってった分が現地にある。
テマナ、他にひどいケガした人はいる?」
「いません。それに・・・」
今まで私以上に焦って、そして泣いてたテマンはブンブン音がするくらい、大きく首を横に振った。
「大護軍もたいしてひどいけがじゃないんです。ただ、全然起きてくれない」
「・・・起きてくれない?」

予想外のテマンの声に動きが止まる。
「・・・あの人は、じゃあ寝てるの?」
「はい。ただ」

テマンは袖で涙を拭くと、私に向かって訴えた。
「起きない。もう三日三晩です。理由が分からないって。それで御医が、医仙を呼ぼうって」

たいしてひどくないって、どの程度?外傷はないのに意識がないってこと?
それなら最悪の場合は脳損傷。
ダメ。今は考えれば考えるほど、どんどん悪い方へ行く。
心拍数。呼吸。バイタルサインはあると言ったって、正常範囲じゃなかったら?

もうやめよう。今は考えるより先に、動かなきゃいけない。
あの人を診れば分かる。診るまではどれだけ心配したって、何も分からないんだから。
「ウンスさま」

最悪なら開頭手術?硬膜外出血、脳内出血、脳浮腫、脳ヘルニア、頭蓋内圧亢進、頭蓋骨骨折。
臨床的に疑うって言ったって、あの人を診なきゃ何も分からない。
疑いがあったって、CTもないのにどうやって最終的に診断するの?

「ウンスさま!」
タウンさんに肩をを揺さぶられて気付く。私、今どれくらいぼおっとしてた?
「お邸は守ります。ウンスさま、よろしいですか」
タウンさんは揺すった私の肩を今度は痛いくらいに握って、視線を合わせた。

「馬に乗ったら考え事はいけません。しっかり手綱を握って、何も考えずに前だけ見て走って下さい。
落ちたら大護軍が困りますよ。よろしいですね」
「・・・あの人が」
「よろしいですね!」

無言で頷く私の手を引っ張って、タウンさんが痺れを切らした顔で先に縁側を飛び下りた。

 

 

 

 

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