2016 再開祭 | 気魂合競・丗弐

 

 

「旦那!」

まだ開始の卯の刻までは充分にある。
酒楼の門をくぐる俺達の姿を見つけ、チホとシウルが駆け寄った。

「二人とも早いな。コムさんたちは一緒じゃないのか」
「後で来る。ヒドは如何した」
俺達の背後を確かめながらじゃれつく二人を躱しつつ、酒楼の庭を見渡す。
見慣れたあの墨染衣はない。
シウルが頷きながら離れの方角を目で示した。

「珍しくもう起きてるよ。すぐ来るはずだ。呼んで来ようか」
「いや、構わん」
昨日性に合わぬ外出をした所為で機嫌を損ねておるだろう。
それが理由で今日の取組への出場を渋られたのでは困る。
奴とは組み合ってみたい。今まで一度もないからこそ。

「そういえばさ」
東屋に戻り椅子へ腰を下ろすと、待ちきれぬようチホが口を開く。
「身内を改めて調べるってのも妙な気分だったけど。昨日の九人のうち、手裏房は六人いた」
シウルも頷きながら言葉を添える。

「元貴族の用心棒とかどっかの元私兵とか、腕の立つ奴らばっかりだぞ。俺達も初めて知ったけど、大丈夫なのか」
「ああ」
私兵だろうと何だろうと、高麗の者なら負ける気はせぬ。
ということは托克托の戦士は残りの三名。
どの者に敗れる訳にもいかん。
そんな事になればこの方を取り戻すのは難しくなろう。

俺の横、無言でチホの話に耳を傾ける小さな姿を視線で確かめる。
ご自身の立場が判っておるのかおらぬのか、この方は怯える気配もなく微笑んだままだ。
俺の視線に気付いた瞳が上がり、それが緩やかな弧を描く。

「・・・勝ちます」

それしか道はない。宣言した俺にこの方は迷いなく頷いて言った。

「もちろん。信じてる」

その時門をくぐる男たちの姿に、あなたの視線が逸れる。
「あ、大護軍!」
「お早うございます」
「大護軍、医仙、お早いですね」

昨日勝ち上がったトクマン始め迂達赤と禁軍の居並ぶ姿に
「おはよう、みんなよく眠れた?」
この方はそう言いながら伸び上がり、大きく腕を振り回した。

頭を下げつつ集まって来る男らを目の前に、次に凛凛とした声が響く。
「じゃあさっそくだけどみんなこっち来て、そこの椅子に座ってくれる?」

促されて三々五々東屋の椅子へ腰を下ろす男らに場所を譲るよう、チホとシウルは立ち上がり
「じゃあ俺達、あの皮胴着の居場所を調べて来るよ」
「判ったら伝えに行くからな。勝ってくれよ、旦那」
俺にだけ届く小声で囁くと、そのまま並んで門へと歩き去った。

 

*****

 

まるで燕の雛だ。一列に横並びで腰掛け順に口を開ける男ら。
その顔色を診、脈を読み、口を開けさせ中を覗き込み、一々頷くこの方はさしずめ餌を運ぶ母燕か。
「うん、大丈夫」
「昨日試合中にどこかにぶつけました?口の中がちょっと切れてるし、腫れてる。痛くないですか?」
「少し疲れがたまってるかな。昨日暑かったから。今日は取組の時以外は水をよく飲むようにして、日陰でゆっくり休んでね」

そんな風に一人一人に丁寧に声をかけるこの方。
それに何の文句も言わず顔を触られ、脈診の腕を預け、口を開けたまま
「ありがとうございます」
「大丈夫です」
「はい、そうします」
と嬉し気に笑いつつ、素直に頷く男達。

取組前で気が立っているのか。 托克托の戦士を警戒しているのか。
そんないつもの光景に、何故か無性に神経を逆撫でされる。
目の前で奴らの診立てをするこの方も、唯々諾々と従う奴らも。

では如何しろと言うのか。この方が診ると言っているのに断れと言うのか。
そんな事を言えば言ったで、生意気を言うなと腹が立つに違いない。
結局何方も腹が立つ。従おうと逆らおうと。

「ヨンア」

見るから腹が立つのだとその列に背を向け、東屋の欄干に両腕を突く。
離れから庭を横切って来たヒドが、東屋の階を上がりさり気なく隣に並ぶ。

俺の顔を見る事はない。視線は薄曇りの庭へ向けたまま
「下らぬことで乱れるな」
ヒドは黒鉄手甲の掌を俺の肩へ置き、すぐにその場から歩き去る。
そのまま酒楼の門へと向かうヒドに
「あ、ヒドさん!ちょっと待って、ヒドさんも脈診を」

あの方が大きな声で呼び掛ける。その声に振り向きもせず
「刻の無駄だ。不戦敗は御免だからな。先に行く」

聞こえよがしの奴の声に、燕たちが慌てて椅子を立ち
「ありがとうございました、医仙!」
「先に行って参ります、大護軍!」
「広場でお待ちしています」
そう頭を下げ、ヒドの背を追って門を出て行く。

やはりだ。結局何方も腹が立つ。従おうと逆らおうと。
兄の口の悪さを知ってはいても、無駄と言われれば。

俺だけを見ていない事に。俺だけを考えていない事に。
その思い遣りを無碍にする事に。努力を有難く受け止めぬ事に。
何方にしても腹が立つのは、性分だから仕方ない。

改めて思いながらこの方が慌てて抱えた桃色の包みを無言で取り上げ、横を守って庭を歩き出す。
こんな下らぬ雑念など真先に忘れるべきだ。ヒドの言う通り。
気を散らすような馬鹿げた悋気は一先ず置いて、取組にだけ集中せねばならん。

そう考えつつ爪先にあった小石を蹴る。

どれ程小さかろうと下らなかろうと、歩みを邪魔し躓かせるのはいつでもそんな小石なのだ。

 

 

 

 

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