「まるっきり見当もつかない」
調息に入る前ぼんやり座り込んだ手裏房の石段で呟くと、横にいたチホとシウルが頷いた。
「俺達も出来る限りはやるけどさ。旦那が掴まえらんないのに、俺達でどうにかなるのか」
シウルが首を傾げて
「ヒドヒョンならともかくなぁ」
チホが半分あきらめたみたいに、溜息をついた。
「鬼遊びじゃないんだ。早く掴まえた者勝ちってわけじゃない。
ただ今日は暑いから、早くしないと医仙が」
「・・・女人が如何した」
石段の影から突然声が掛かって、俺は跳び上がるほど驚いた。
チホとシウルも同じみたいで、ぎょっとしたように声へ振り向く。
「答えろ、テマン」
その影の中のヒドヒョンは、空の下に出て来る事はない。
壁にもたれかかって腕組みのまんま、俺に向かって恐い声でもう一度聞いた。
「え、ああの」
「天女が旦那のお邸を飛び出したんだってさ」
俺が何かを言う前に、気の短いチホが言い出した。
「・・・いつ」
「いつだ、テマナ」
詳しく話してない分、ヒドヒョンに聞かれればすぐにぼろが出る。
シウルがおうむ返しに俺に聞き、大護軍に許しをもらってない俺は言っていいのか判らずに、ただ黙って唇をかむ。
「テマナ」
ヒドヒョンの声と目がなおさら険しくなって、渋々認める事になる。
「い、えないです」
「おい、今更」
チホの声を無視して、それでも首を振る。
「大護軍が、いいって言ってないんです。
俺には探せって言ったけど、ヒドヒョンに頼んでもいいって言われてないんです」
「そうか」
ヒドヒョンは頷くと二度と振り返らない勢いで、そのまままっすぐ門の方へ歩き出した。
「ヒドヒョン」
「ヒョン!待ってくれよ」
シウルとチホも立ちあがり、慌てて三人で後を追い駆ける。
それでもヒョンの足が止まる事はない。
「何だ」
「どこ行くんだよ」
「そうだよ、探すなら探すって」
チホとシウルの声に、歩くヒドヒョンは呆れたみたいに息を吐く。
「探しはせん」
「え」
「じゃあ、どうすんだよ」
「ヨンに言われていない以上、探すわけにはいかん」
「それなら見捨てんのかよ!かわいそうだろ、天女が」
「見捨てもせん」
「・・・ヒドヒョン」
俺が最後に声を掛けると、ヒョンは大きく欠伸をした。
「あ奴が頼まぬのにも訳がある。頼まれるまで待つ。意地張りが折れて来るまでな。但し」
そこで初めて肩越しに、目だけで俺達を振り返ったヒドヒョンの口許がほんの少しだけ上がった。
「俺は町で寝床を探す。暑いからな、探すまでに時間も掛かる。
彼方此方覗き込む事になるな。お前らも手伝え。二刻後、此処で落ち合う。
但し、もしも」
少し楽し気になったヒョンの声が続く。
「寝床探しの途中で女人が見つかったら戻るな。跡を追え」
「ヒョン」
みんながヒドヒョンの声に、嬉しそうに笑った。
「シウル」
「うん」
「お前は西だ。女人が行きそうな店・・・小間物屋を中心に行け」
「判った!」
シウルがその声に頷いて、ぱっと駈け出していく。
「チホ」
「おう」
「お前は東だ。細道が多い。なるべく奥に入らずに、川沿いから探して行け」
「何でだよ、隠れるなら奥に入らねえか」
「女人一人であの入り組んだ路地に入るのは怖かろう。地理に詳しくなくば尚更な。
表通りから探す方が早い」
「そうか」
チホは頷くと槍を構え直し、そのまま俺達を追い抜いて走った。
「テマン」
「は、はい」
「北へ行け。今まで女人がヨンと立寄った場所は、お前が一番詳しく知っている」
飯屋、薬房、衣を売る店。医仙は開京でほとんど外に出た事はない。
その声に背中を押されるように俺は頷く。
「見つけたら、すぐには掴まえるな」
「え」
「あ奴に掴まえさせるのが良い」
「で、でも」
「女人が家を出たなら理由あっての事だ。俺達が掴まえても、解決にはならん。違うか」
「・・・はい」
「奴が話すのが良い。ただ見つけてやれ。見失うな」
「はい!」
その声に頷くと一目散に門を出て、俺は町の北への道を走り始めた。
*****
陽は中天近くまで登り、足元の影は短く黒い。
明るい市井をぶらつきつつ、眼だけを道の左右へ走らせる。
柳の影。店の奥。しかし旅籠にでも籠られれば探し出すのは厄介だ。
入密法とはいかぬまでも周囲へ内気を向け、あの女人の気配だけを追い求める。
裏通りの曲がり角。薬房の店先に下げた袋の裏。
それでも未だに長い髪も、高い声も見つからん。
何故俺は高い陽の下、こんな事をやっている。
あの女人が事起こしなのは噂を聞いた時から知っていた筈だ。
ヨンが天門とやらをくぐり、異界の異形の女を連れて来た。
紅い髪、白い肌の、見た事も無いような別嬪だと。
あの頃の噂話を思い出し、夏空の下で低く笑む。
そんな女にあ奴の心が動く筈など無いと思い込んでいた。
俺が黒鉄手甲を外した風の中、血飛沫を糧に生きるように。
あ奴も昔を想って死を数え、待っていると思い込んでいた。
髪を揺らし通りを吹き抜ける風に、夏の香がする。
俺達の弟が、死んだように生きて来た男が、女一人で変わるなど夢にも思ってみなかった。
俺の夢の中は、いつでもあの日々で止まっていた。
静かな眼をしたムン・チフ隊長、痛みも知らず無邪気に笑うヨン。
そのヨンに影のように添い、穏やかに頷くメヒ。
それを囲む懐かしい朋達の顔。
皆が可愛くて仕方が無かった、皆の弟だったあの若いヨン。
己がどれ程窮地に立とうと、まずはこ奴を守らねばならん。
どれ程内功を磨こうと、どれ程武術の腕が上がろうと。
それでも奴は俺達にとって何より、誰より大切な弟だった。
気付けば奴が俺達を守ってくれるようになっていた。
壁を超え、崖を伝い、暗闇の荒海の中で船を飛び移り。
既に己らには到底熟せぬ危険な任を、熟す男になっていた。
それでも俺達にとって奴は特別な存在だった。
己は死んでも、こ奴を死なせるわけにはいかん。
こ奴さえ生きていれば、赤月隊の志は、魂は生き続ける。
何故そんな風に思ったのだろう。
隊長以来、初めて目にした雷功遣いだったからか。
その成長ぶりが、目を瞠る程に著しかったからか。
それであれ程に嬉しいか。血を分けた肉親以上に大切か。
それとも既にあの頃から、奴に特別な何かがあったのか。
内功だけでも武技だけでも無く、人の心を動かすものが。
益体もない思い出に浸る俺の足が、何かを察して先に止まる。
足が止まって頭が追いつき、身を翻すと真横の脇道へ滑り込む。
路地から目を凝らす通り向かいの茶店。
店の軒下の卓へ腰掛け、両手に余る程の白い饅頭を美味そうに齧る横顔は、風に揺れる長い髪に半分も隠れている。
おいヨン。どうしてくれようか。
お前の所為ですっかりあの女人の気配を覚えた。 足が先に止まる程。
手に握る饅頭がまだ残っているのを確かめ、裏通りを駆ける。
此処から一番近い、手裏房の息の掛かった店の裏への近道を。

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王命が下ったのも知らないで
呑気に饅頭を食してる
ウンスさんでした~~(爆)
頼もしいヒドヒョン登場!
さらんさん❤
嬉しいです(^^)
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もう ヒドヒョンにまで
ウンスの行動パターン読まれてる…
わかりやすい わかりやすいんだもの…
饅頭の大きさで
稼げる時間を計って…
はやく ヨンを連れてこないとね
仲直りは 本人同士じゃないとね
あ~ なんとも 世話の焼ける 二人だ事
それなのに だれも 文句言わない( ´艸`)
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きゃ~~~。
ありがとうございます♡
私のヒドの登場ですヾ(@⌒ー⌒@)ノ
いつの間にか、ヨン♡ウンスの次に 大切な人になっていました。
大事な弟・ヨンの為に、日中出歩くのが似合わないのに、ウンスを探してる ヒド・・・。
好きだなぁ♡♡♡
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さらんさん
ありがとうございます。(;>_<;)
ヒドヒョンです。(;>_<;)
ヒドヒョンですよ。
頼れるお兄ちゃんが降臨されました。
嬉しい(≧∇≦)
お目見えに、感謝(><)
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さらんさん、おはヨンございます❤️
さすが頼れる兄貴!ヒドヒョン!
考え事をしてたってウンスの気配を感じるなんて!
ヒドヒョンとにとってヨンは肉親以上で血は繋がってなくても同志として、家族として絆は強いんですよね。
そのヨンの大事な人ってヒドヒョンも認めてる
生きた屍だったヨンを救った事に感謝の念もあるんだろうし。
この二人は離れたらいけない、ヨン同様護って大切にしなくちゃいけない
ヒドヒョンの想いを感じますね~!