寿ぎ | 翌暁 【 家族 】

 

 

「おはようございます!」
良く晴れた縁側の光の中、居間を覗き込んだ義姪。
「・・・何してる」
秋晴れの庭を背景に、その横に渋い表情で立ち尽くす甥。

「起きたか」
私の声に恥ずかし気に頷いたウンスが
「はい、すみません。うっかりちょっと寝す」
「顔を洗ってすぐ戻る」

続きそうな声を遮ってこの目の前で嫁の手を掴むと、あ奴は廊下を足音高く湯屋の方へと歩き去った。

その高い足音の隙間に、不満げな声が聞こえる。
ちょっとヨンア、失礼でしょ。
叔母様にもうちょっとご挨拶させてよ。
タウンさんにもまだちゃんとお礼してないのに。

遠くなっていく声に肩を竦めて振り返る。
見ればタウンも遠くなるその声を、満面の笑みで送っている。
「タウナ」
「はい、隊長」
「朝餉を用意してやってくれるか」
「勿論です。隊長はもうお済みですか」
「ああ、もうそろそろ坤成殿へ戻らねばならん」
「ではご一緒にお茶だけ。いらっしゃらぬ間にお帰りでは、ウンスさまが」
「・・・そうだな」
「迂達赤の皆様をお呼びして参ります」

律儀に頭を下げ居間を素早く出て行く後姿を見送りながら、倖せの息を吐く。

これからあの騒がしい二人が生涯共におるのか。
タウンとあの夫君が傍に居ってくれるとはいえ。
手が掛かる。眼も離せんな。子でも成せば尚更だ。子か。そんな事になれば。

「チェ尚宮殿」
庭先から掛かる声に顔を上げれば相も変らぬ迂達赤の面々の中、迂達赤隊長が不思議そうに首を傾げている。
「佳き事でも」
「何故聞く」

迂達赤隊長は姿勢を正し、小さく頭を下げて言った。
「いえ、大層嬉しそうなお顔だったので」

 

*****

 

顔を洗って居間へと戻れば、確りと整えられた朝餉の卓。
そしてそれを囲んで座した面々が、一斉に此方を向いた。
淹れたばかりの茶に立つ湯気で居間の景色が優しく霞む。

叔母上、チュンソク、トクマン、そしてテマンだけが立ったまま
「大護軍!!」
そう言って廊下の俺に寄って来た。
「医仙!!」
「おはよう、テマナ」
「お早うございます!!」

こいつの判りやすさは変わらない。
すっかりこの方に懐いたこいつが、俺達へと等分に頭を下げた。
その礼の頭を下げるのが、昨日までより明らかに長い。
俺の妻となれば俺同様にそうして礼を尽くしてくれる。
「本当に早いな」
「朝の鍛錬の後、すぐ来たんです」
「無理して来るな」
「無理なんてしてません!」

俺達が卓前へ進むのに合わせ、テマンが添いながら口を尖らせる。
「みんな来たがってました。だけどそれじゃ迷惑だから」
「テマナ」
見兼ねたチュンソクが声を上げ手招きをする。
「まずは座れ」
「は、はい」

チュンソクの声に、テマンが己の席へと戻る。
「大護軍、医仙。早々から申し訳ありません」
「おう」
いつもの相槌に横のこの方が卓下で、この手の甲を小さく抓る。
手首を軽く捻って悪戯な指先を逆に握り込み、目前のチュンソクを見る。

「改めて」
奴はそう言い、目の前で背を伸ばした。
「御婚儀おめでとう御座います。昨日はありがとうございました」
その声にトクマンとテマンも一斉に頭を下げる。
「ああ」
「これからもどうぞ御幸せに」
「おう」
「昨日の片付けに伺いました」
「済まん」
「いえ、俺達こそ散らかしたままで」

その声に居間の中、そして庭先を眺める。
すっかり片付いた様子の秋の庭、そして居間の中もいつも通りだ。
「騒がしくて、起こしてしまったのでは」
「・・・いや」

一晩中この方を見つめて起きていたのに、騒がしいも何もない。
俺が首を振るとチュンソクは安堵したように息を吐く。
「この後は」
「暫し留守にする」
「ご旅行ですね」
「ああ。何かあれば手裏房へ走れ。俺達は鉄原から東へ抜ける。テマナ」
「はい、大護軍」
「ヒドに伝えておけ」
「はい!」
確りと頷くテマンを見遣り、返る声を聞く。
これで終いだ。もうする事は無い。そう思った刹那、横のこの方が口を開く。

俺の握っていた指先を静かに解き、小さな両手を膝上で合わせ。
「叔母様、昨日はありがとうございました」
「こちらこそ慌ただしくして申し訳ないな」
「媽媽はいかがですか?」
「昨日お帰りになった後も、王様と共に遅くまで婚儀のお話で、殊の外愉し気に過ごしていらした」
「良かった。また改めて、ご挨拶に」
「そうだな、そうすると良い。お伝えしておく」
「よろしくお願いします!」

ああ、ここにも判りやすい方が居る。
昨日までは医仙と呼び、一歩距離を置き尚宮として相対していた叔母上が、今朝はもうすっかり身内だ。
「タウンさんにも、本当にたくさん協力してもらって、ありがとうございます」
「とんでもありません、ウンスさま」

タウンが優しい目でこの方を見て、眩しそうに笑んだ。
「本当にお綺麗でした。昨日のウンスさまは。けれど」
そう言って言葉を切り、タウンが叔母上と目を交わす。
「今朝のウンスさまは、もっとお綺麗です」

その声に、タウンの横の叔母上が深く頷いた。
洗いざらしの素顔のまま、白い豪奢な婚礼衣装を纏わずとも。
そうだ。俺のこの方は、この世で一番に美しい。
俺の何より大切な嫁は、この世の誰より美しい。

「・・・お前が得意がってどうする、馬鹿者が」
叔母上の呆れたような声に、トクマンが口を付けた茶を吹いた。

 

*****

 

居間の中でみんなで茶を飲みながら、笑ってる医仙を見る。
そして医仙を隣に置いて、静かに茶を飲む大護軍を。

大護軍は、もうちょっと変わると思っていた。
医仙を嫁にして、もうちょっと変わるかって。
それなのに居間に戻って来る足音も、そしてそこで見た顔も、婚儀の前と何も変わらない。
幸せそうで、けどもっともっと欲しいって、医仙を見てるあの顔のまんまだ。

医仙はけちなんだろうか。大護軍が欲しいものをあげてないのか。
俺の姉さんみたいな、母さんみたいな医仙だけど、でも大護軍が欲しい物をちゃんとあげてほしい。

そうじゃなかったら。二人がせっかく一緒になったのに大護軍が倖せになれなかったら、俺は困る。
二人がもっともっと幸せにならなかったら、俺は困るんだ。

「テマナ」
突然呼ばれて、睨んでた茶碗から目を上げる。
「は、はい大護軍」
「来い」

そう言っていきなり居間を立って庭に降りる大護軍に従いて、俺は縁側から秋の庭へ飛び出した。

 

 

 

 

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