寿ぎ | 15

 

 

 

 

「ヨンさんが」

離れの静かな部屋の中。並んで布団に入ったコムがそっと呟く。
寄り添って頷きながら、私は外の気配を読む。

寝屋のお部屋の扉を乱暴に開け、思い直され気配を殺した。
気配を殺した大護軍の動きは、私のような者には到底追えない。
けれど一つだけ判った事がある。私はコムの横、低く笑いながら告げる。

「外に、ウンスさまが来てる」
あの天真爛漫な方は、たとえ宵の表でも気配を殺したりなさらない。
おっしゃりたい事をおっしゃり、笑いたい時に笑い、怒りたい時に怒る方。

今も宵の中、垣根越しに声がする。
大護軍の声はまるで聞こえないけれど、ウンスさまの声だけが。

「だって、ヨンアが来るなんて思わないもの!!」

その声に並んだ布団の中、コムと目を見交わして微笑みあう。
兵でないコムにも、垣根向こうのウンスさまのそのお声だけは聞こえたのだろう。

お出掛け先の典医寺から、こっそりと抜け出ていらしたのだ。
武閣氏の誰かが守りについているのだろう。
そうでなければ禁軍が大護軍の命よりも大切なウンスさまを、黙ってお一人で皇宮の門から出すわけがない。

今までも勿論、大護軍に対して尊敬や畏敬の念は抱いて来た。
但し同じだけ大護軍へと、反発や抵抗感を持つ者もいたはずだ。
赤月隊の最年少部隊長、そして迂達赤隊長へと昇進し、大切に召し抱えられているチェ・ヨン隊長に。
口数少なく滅法気の荒いと噂のあの方は、誤解される事も多かった。

兵を退いた今だからこそ見える事がある。今の兵達はみんなあの御二人が大切だ。
何故ならきっとあの御二人の姿が、自分たちの夢に見えるから。

死なないと心に決め、どんな戦場に立とうと離れないと誓いあう。
その誓いを決して破らずに、その名とその命を懸けて守り抜く。
王様や王妃媽媽のお力や御威光をいくらでも利用できる御立場で、そんな事を微塵も考える事無く。
ただその腕だけで護り、その足だけで地に立ち、その背だけで庇い合う御二人を見る度に考える。
そうして生きて行くなら、自分たちにもできるのではと夢を見る。

口で言うだけなら易い。兵であれば誰もが知っている。
己を守り切るのが精いっぱいの状況で、横に置く大切な相手を 守るのが、どれ程怖ろしい事か。
そして無言でそれを成す大護軍に、どれだけの憧れを抱くか。
だから願う。せめてあの大護軍の届かぬ処は、自分たちがと。
己自身が元武閣氏として、同じように考える。
せめて大護軍のご不在時には、ウンスさまは私が守りたい。
大護軍の届かぬ処は、どうにかして助けて差し上げたい。
そして私も愛する男を大護軍のように守りたい。
どんなに困難な時にも、コムだけは必ず守りたい。
「コムヤ」
「ん」
「私、あなたを守れなかったらどうしよう」

どうしよう。これ程大切な人を守れなかったら。
夜盗と見間違え、斬りかかった時とは違う。
そうではなくて今、これ程大切なあなたを失ったら。

 

*****

 

あの日の、墨を流したように真黒い夜の闇。
高官から呼び出された邸の中、庭には小さな灯籠一つだけが仄かに揺れていた。

呼び出した武閣氏の私たちを並べ皇宮高官である夫を目前に、その夫人は何故か夫を見もせず、私達に向かって吐き捨てた。
「夜盗に入られた。盗まれた物はないが、あの窓から出て行った」

夫人の指す飾り窓は、確かに扉が外れかけ斜めに傾いでいた。
「湯上りだった故、後を追う事も出来なかった」
夫人は乱れた髪と着衣を気にしてか、その頭から長い部屋着で全身を覆ったまま、私達に向かってぞんざいに言い放った。
「さっさと探しに行け」

お前に仕えている訳ではない。お前の命令を何故聞かねばならん。
目の前の偉そうな女を、そう怒鳴りつけられればどれ程に良いか。
それでもそれが出来ぬのが、宮仕えという事か。
私は諦めて息を吐き、感情の籠らぬ声で告げる。
「男ですか、女ですか」
「男に決まっているだろう」
「背の丈は」
「私より頭一つ半ほど高い」

この墨夜。夜盗が入ったという部屋の中には蝋燭一つ灯っていない。
蝋燭の溶けた様子もない、つまり揉み合って消えたのではない。
賊が押し入った時、この部屋には灯など無かったはずだ。
何故男と決まっている。何故闇の中の賊の背の丈まで判るのだ。

そこでおかしいと疑うべきだった。
私は己の感情を殺す事ばかり考え、夫人の言葉など聞き流していた。
ただ腹の立つ命令に、高官の夫人だからと従い、部屋を飛び出した。

そこで庭を廻る組と外へ回る組とに分かれ、私は真先に邸の門から表へと駆け出た。
途端に邸の外垣の角から、すごい勢いで走って来た大きな影と 鉢合わせになった。

頭を冷やし考えれば済む事だった。
その男があの高官の夫人と比べ、 頭一つ半で済むはずない程に大きい事など。
ただ賊を追って駆け出た。居るのか居ないのかすら分からぬのに。
そして目の前で怪しい男と出喰わした。だからそのまま斬りつけた。
何も考えず、正しいのかすら考えず、ただ糸で操られる人形のように。

「違う」

私が刀を鞘から抜き去った瞬間、目の前の山のように大きい男が真直ぐ私の目を見て言った。
その瞬間に、全ての殺していた感情が、そして理性が戻って来た。

そうだ、違う。この男のはずがない。
だってあの扉が外れ掛けた小さな飾り窓、あの窓からこの大きな男が抜け出られるわけがない。

そう考えるのが一瞬遅ければ、幾ら逞しいその腕も、この剣で一刀のもと斬り落としていたに違いない。
その違うという優しい声にこの剣が一瞬止まり、刃先が鈍った。

不幸中の幸いだった。その腕を斬りつけ、肉を浅く抉ったものの骨を絶つまでの惨事にならなくて。
「・・・済まない!」

私は握っていた刀を取り落とし、慌ててその山のような男の目の前へとしゃがみ込んだ。

 

 

 

 

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7 件のコメント

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    さらんさん
    おお!まさかのタウンとコムの出会い編ですね!
    いつか書いて頂けたらな~と思ってたので
    嬉しいです(*^_^*)

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    実は‥
    あの夜の事が気になってたんです。
    大きな音が響き渡るほど乱暴に
    戸を開けたヨンに、コムとタウンが
    気がつかなかった事が・・・
    此度のお話でスッキリしました(^^)
    こうしてお話を紡いでくださる
    さらんさんに脱帽です!
    大好きなコムとタウンの出会いを
    描いてくださって
    ありがとうございます❤

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    こんにちは
    ずーっと気になっていました・・コムとタウンの馴れ初め(#^_^#)
    それに、タウンならではの二人への想いがこれまた・・ステキ!!
    コムとタウンだって充分『理想の夫婦』ですけど(笑)

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    コムとタウンのお話、楽しみです!
    二人を取り巻く どのキャラも魅力的で
    さらんさんの腕にかかれば、
    いくらでも お話が涌き出てくるね~~!
    チュンソクしかり、チェ尚宮しかり、トギもまた、、
    仕事が続く、忙しい中のお楽しみ、わくわくしてます!

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    さらんさん♥
    チェ家を護ってくれる心強いこのお二人のこと、いつかさらんさんが教えてくださると楽しみにしていました!
    ああ…、ここにも何やらドラマが…Σ(゚д゚;)。
    さらにワクワクしてきました♥
    恋愛感情というのは、大なり小なり「事件」がきっかけとなるものだ…と、最近 何一つ事件の無い私は思っております。
    コム&タンの間にも、何やら ややこしい事件が起こっていたのですね。
    さらんさんのところに登場するオリジナルキャラ、どなたも本当に魅力的です♥

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