呼ばれて、何を言われるかと思ってその背に従いて歩いても、大護軍は何も言わない。
ただ心地良さそうに秋の木の下を、ゆっくり歩いてる。
もうほとんど葉を落とした枝の隙間から落ちて来る陽の中を。
足元の落葉がかさかさと鳴る。
「テマナ」
音に紛れて大護軍の声がした。
「はい」
「あのな」
前を歩く大護軍が足を止めた。
落葉の音が止まって、俺は黙って言葉を待った。
振り向いた大護軍は困ったみたいに口を結んで、俺をまっすぐ見た。
「お前を山から連れて来た時」
「はい、大護軍」
「追い駆けたな」
「あ、あれは俺が逃げたから」
急に昔の話をされて、俺は照れ臭いやら大護軍に済まないやらで、頭をがりがり搔いた。
「でも良かったです。テジャ・・・大護軍に見つけてもらわなかったら俺、山で野垂れ死んだか、今でも一人だったから」
大護軍はいつもみたいに黙ってる。でもいつもよりずっと優しい目で。
「テマナ」
「はい」
「なら、分かるだろ」
「え」
何が分かると聞かれてるのかが分からずに、首をかしげる。
「大護軍」
「おう」
「俺、俺は」
俺は、見つけてもらわなかったら山で野垂れ死んだか、今でも一人で。
でも隊長が、あの時見つけて追いかけてくれたから。
なのに一回も言われたことはない。俺が見つけてやったんだ、追いかけてやったんだなんて。
大護軍は今も、追いかけてるのか。医仙の事。
いや、医仙だけじゃなくて大切なみんなの事。
追いかけて、掴まえて、そうして守ろうとしてくれるんだろうか。
道を間違えたら歯が飛ぶほどぶん殴っても、立てなくなるまで蹴飛ばしても。
それでもこっちに来いって、道を教えようとしてくれてるんだろうか。
俺の父さんみたいな、兄さんみたいな人は、誰にとってもそうで。
誰にとっても道を教える、間違ってたら怒る人で。
だからみんなが信じて、安心してついて行く人で。
なのにそれをしてやってるなんて、これっぽっちも思わない人だ。
今だって押し付けてるわけじゃない。
分かるだろっていうのは大切な奴なら、守る奴なら追いかける、分かるだろって言ってるだけだ。
一番分かってないのは、きっと大護軍だ。
皆がどれくらい嬉しいのか。大護軍の幸せを、どれくらい喜んでるか。
皆がどれくらい助けたいと思ってるか。二人を守りたいと思ってるか。
俺だって皆だって、その背を追いかけてどこまでも守りたいんだ。
この人がしてくれる半分でも、どうにか守りたいって思うんだ。
そしてきっと誰より、あの人が一番思ってる。
どれだけ離れても待ってた、姉さんみたいなあの人が。
たくさん泣いても帰って来た、母さんみたいなあの人が。
「けちなんて思って、すみませんでした」
俺の心からの詫びの声に、大護軍が不思議そうに首をひねる。
だけど頭を下げ続ける俺を見て大きく息を吐くと、でかい掌が頭を懐かしい具合にぐしゃぐしゃにかき回した。
*****
「皆、朝餉は終わったのか」
あなたがそう言って、集まったみんなの顔を見渡した。
「俺達はいつも通り、鍛錬前に」
チュンソク隊長が頷いた。
「私ももう済ませた。そろそろ坤成殿へ戻る」
叔母様がそこで立ち上がる。
「何とかいう旅の前には、必ず王様に拝謁しろ」
そしてこの人に言いながら、廊下を歩き出す。
「お、叔母様!」
慌ててかけた声にようやく足を止めて下さった叔母様に頷くと、私は走り出した。
「待っててください、大切なものが」
そう言って廊下を走り抜けて、昨日入れた寝台脇のひきだしからあの小刀をそっと取り出して駆け戻る。
まだそのまま立って待ってて下さった叔母様に、大切な借り物を両手で渡して
「本当に、ありがとうございました!」
深く頭を下げると、叔母様が頷いて小刀を懐にしまう。
タウンさんが私たちのやりとりを見て、にこりと笑う。
「隊長」
「何だ、タウナ」
「その御守刀を、お貸しになったのですか」
叔母様は小さく笑って、タウンさんに頷いた。
「相当の覚悟が必要かと思うてな」
そうか、そうよね。
叔母様が、その前の大切な隊長から頂いたっていう小刀。
きっと前に武閣氏だったタウンさんも、経緯は知ってるんだろう。
「ウンスさま、すごいものを御借りになったのですね」
タウンさんの声に私は頷いた。
そう、すごいものをお借りした。それは今日から一生守ってく誓い。
あの人を傷つけるなら絶対に許さないって覚悟。そして私の刀は人を助けるために使うって思い。
話の見えないあなたは私達の顔を順番に見て、最後に私の目をじっと見つめて、頷いてくれた。
その黒い瞳に、何も言わずにただ大きく笑い返す。
そうよ、女同士の話だから。
私の覚悟を、あなたは知らなくていい。
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さらんさん♥
さらんさんのお話は、毎回、あちこちに秀逸ワードが散りばめられています。
一つには絞れぬほどで…、何なら一つひとつ感想とともに解説したっていいくらいですが、それはそれで野暮というものですね。
今日は最後の一行!
「私の覚悟を、あなたは知らなくていい。」
ひゃああ!
カッコいい、カッコいいです、ウンス姐さん♥
鳥肌プチプチです。
そうですね、愛するヨンだからこそ、知らせなくていいこともあるわけですね。
「俺には隠し事は無しに…」と約束しているから、隠しはしませんが、言いもしないということです、うんうん。
さらんさん♥
今夜は特に冷えます。暖かくしてお休みくださいね。
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ヨンの表情が…
それでも 嬉しいに決まってるでしょ
ちょっと心配しちゃったのね
ヨンはヨンなりにちゃんと
ウンスだけじゃなく みんなを守りたいって
思ってるし
ヨンのことは ウンス筆頭に
み~んな 守りたいって… 思ってる
うん 家族だね~