寿ぎ | 8

 

 

「医仙」

媽媽のお部屋の守りを他の武閣氏のオンニに変わり、チェ尚宮の叔母様が、静かにお部屋の中へ滑り込んで来た。

その声に私と媽媽はジュエリーボックスを挟んで向かい合った卓の前から、扉の叔母様を見つめる。
「此方が、ヨンの母が編んだ飾り紐です」
叔母様はそう言って、絹で包んだ小さなものを懐から取り出した。

「義姉・・・いえ、ヨンの母は大層手先が器用でした。
寝付いた後も、調子の良い時には布団から身を起こして、あれこれとあの男や、あの男の父に拵えておりました」

差し出して下さる包みをそうっと受け取って胸に当て、私は目を閉じる。
お会いする事が出来なかった。
世界で一番大切なあの人を、生んで下さったお母さま。
本当にごめんなさい。毎朝お仏壇の前で手を合わせる事しか出来なくて。
でも、絶対にあの人を幸せにします。必ず2人で、一緒に幸せになります。

お父さまの分も、お母さまの分も、絶対にあの人を守ります。
離れません。1人にしません。もう泣かせたくないんです。
頼りないかもしれないけれど、よろしくお願いします。

そうお伝えして、そっと包みを開く。
中から出て来た、少し色の褪せた紅と藤色、そして白絹を組み合わせた飾り紐の房。
その先には小さな玉飾りが揺れている。

「・・・とってもきれいです。ほんとに」
そう言って、目の前の叔母様をじっと見つめる。
「お借りしても、いいんですか?」
叔母様が困ったみたいな目で、首を横に振る。
「医仙に差し上げます」
「それはダメです!」
「医仙」

叔母様がもう一度首を振る。
「あの男の母のものです。誰が持つより、きっと医仙が持つことを望まれるでしょう」
そして叔母様は、自信ありげに深く頷いた。
「そういう、深く優しい心根の女人でございました」

叔母様は気付いているかしら。
深く優しい心、ってあの人のお母さまをほめる叔母様の、その目だって本当に優しいこと。
きっとそんな事を言ったら、叱られちゃうんだろうけど。

ねえ、ヨンア。
あなたがあの時、天門の前で誓ってくれた意味が分かる。
きっと繋がりたいって思ってくれたのよね。アッパとオンマに。
ヨンア、私も同じよ。
こんな風にあなたを愛するみんなに繋がっていきたいって願う。
あなたが今ここにいてくれる、その全ての理由に感謝する。
辛かった事も悲しかった事も、きっと理由があって起きたって思う。
そして二度と辛い事も悲しい事も起きないように守る。あなたの体も心も、必ず最後まで私が守るから。

「それから、お貸ししたい物がもうひとつ」
叔母様がもう一度、ご自分の懐の中に手を入れる。
「これは、必ずお返し頂かねば困ります」
「・・・はい」

その目に向かって頷くと、叔母様は小さな音を立て、懐から細長い筒を卓の上の飾り紐の脇に置いた。
いつも叔母様の懐に納まっていた小刀を。
「私の護り刀です。武閣氏になりたての頃、当時の武閣氏隊長に頂いたものです」
「そんな大切なものは」
「・・・医仙」

叔母様の目が、黙れと光る。私はその目を見て、頷いた。
「・・・ありがとうございます。大切にお借りします」

 

己の身を守れるくらいに強くなれ。あの男を守る為に刃を持つ覚悟をしろ。

此処で生きるとは、守るとはそういう事だ。
実際にその手で刃を握り、振り回せと言っているのではない。
それは武人の務め、医仙のされる事ではない。

ただ人から人へと渡される心の強さと烈しさとを知って欲しい。
愛していると泣き崩れるばかりでは、最後まで守る事など叶わぬ。
この時代を生きる女人であれば。

一人と決めた男なら、誰にも傷つけさせぬように護れ。
二夫に見えるくらいならば、己を刺し殺す気概を持て。
私はそんな事くらいしか思い浮かばん。

義姉上の飾り紐が女人の優しさの顕れならば、己は戦いしか知らぬ女としてこんな事しか出来ぬ。

それでもウンス、お前が嫁ぐあ奴は高麗の最高の武士。
嫁ぐお前に覚悟がなくば到底支え切れるものではない。

心に刃を持て。握るのではなく、相手を傷つけるのではなく。
だからこそ貸す。この護りの小刀を。
あの時隊長に頂いてより、誰にも触れさせた事無き小刀を。

まあ、この老婆心が伝わるかどうかは知らぬがな。

婚儀まであとほんの数日とはいえ、それまでどのように軽くなった懐を宥めるか。
尚宮服の上からこの手で懐を抑えつつ、そう案じて息を吐く。

 

 

 

 

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6 件のコメント

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    ヨンのお母様が作った飾り紐、そして叔母さまからは自身の大切な守り刀。 素敵なものをお借りできましたね。
    この地で生きていくのならば、心には刃を持つそれなりの覚悟が必要なんですよね。
    平和な天界とは違うもの…
    somethingBlueはなにかなぁ
    天界ならガーターベルトなんだろうけども…
    着々と準備が進められていますね❤️

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    叔母様のヨンを大切にする思い、そして、そのヨンが愛したウンスに対する思いが、貸す方の思いが、解り。心に残る式が、できれば良いと、期待致します。

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    さらんさん♥
    「あの男を守る為に刃を持つ覚悟をしろ」…。
    はあああ…♥
    クリスマスイブの今宵のコモは、本当にかっこいいです。
    優しい人とは、自分の欲にも打ち勝つ強さを持つ人であり、強い人とは人の痛みをも優しく包める人であり…。
    それを教えてくれるコモって、最高の味方ですね。
    ああ、こんな聡明かつ頼りがいコのあるコモが私にも居てくれたら、もうちょっと思慮深くなれたのかもしれません。
    はっ((゚m゚;)! ごめんなさい。
    他力本願もいい加減にしないといけません。
    デキるコモがいても、頭のいいチャムソンがいても、理想の女性にはなれません、間違いなく…。
    私のことはどうでもいいのです。
    さらんさん♥
    ウンスのようなご準備はされていますか?

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    叔母さま
    大好きです(*^^*)
    さらんさんのお話は
    どうしてこんなにも
    素敵な言葉が紡げるのかと
    いつも、いつも感激の涙です!
    ありがとうございます❤

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    叔母さま
    かっこよすぎです!
    叔母さまの言葉 深いです…。
    考えさせられます。
    さらん様、いつも素敵な言の葉をありがとうございます。

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