寿ぎ ｜ 4

「ねえ、トギ？」

典医寺の薬室。乾かした薬草をすり鉢で丁寧にすっているトギに、声をかけてみる。

トギは手を止めずにその目だけ上げて、一度すり鉢を覗き込む。
どうやら手を止めてもいいって思ってくれたみたい。
コトンと静かにすりこぎ棒をすり鉢の縁に立てると、トギの手が猛然と話し出す。

いい加減覚えて！
「え、どうしたの急に」
あたしは薬草を擂ってる時、話せないんだから。
「･･･うん、それはごめんね？だからボチボチいいかなーって、これでも待ってたのよ？」

言い訳がましくそう言うと、トギは大きな溜息を吐いた。
それは分かってるけど。どうしたの。
「そうそう、そうなの」
私はトギのカーキ色の上衣の裾を引く。
「あのね、トギにお願いと相談があるの」

*****

向かい合って腰を下ろした、部屋の中の卓の前。
私は墨で書いた一枚の下手な絵を、トギの前にずいっと滑らせた。

何、これ。

その絵をじっと眺めたトギが目を上げて、指で訊いてくる。
「これね、ウエディングブーケなんだけど」
ぶーけ？
「そう。花束なの。結婚式･･･婚儀の時、絶対に欲しいの」
それなら、典医寺の花を適当に摘んでいけば良い。

不思議そうに窓の外を指さすトギに、私は首を振った。
「ううん、これ、実は欲しい花があるのよ。どうしても調べるのにトギに力を貸して欲しくて」
調べるって、何を。
「うん。花言葉って、この世界にはないの？」
花言葉っていうのは聞いた事はないけど、確かに木や花は意味がある。
良い意味も、悪い意味も。
「そうでしょ？それでね。集めて欲しいのは」

私は数えるみたいに指を折る。
「永遠の愛情、とか、あなたを慕い続ける、とか、そういう意味の花や木だけを集めたいの。
縁起が悪いのが1種類でも入るのは困る」
ねえ、ウンス。
袖を引くトギの指先に、指を折りながら空を見つめていた目を戻す。

「なあに？」
自分で言って、恥ずかしくならないか？
真顔で指で問いかけるトギの指摘に、初めて気が付く。
「恥ずかしい？何が」
永遠の愛、あなたを慕い続ける･･･そういう言葉。
「何で恥ずかしいの？そう思うから結婚するんだもの」

呆気に取られてそう訊くと、逆にトギが唖然としたみたいに口をぽかんと開けた。
「な、なあに？」
私の問いかけに、いつもは険しいトギの目許がふわんと笑った。
「あ！」
な、なに急に！
「トギ、いっつもそういう顔してて！」

私が出した大声にトギが自分の顔を確かめるみたいに、顔中をその手で撫でまわす。
「すごい、すっごく可愛い！やっぱり女の子は愛嬌よ、うん！」

私の声に、また怒ったみたいにその眉間にしわが寄る。
可愛くなんか。
「どうして？わざとらしく振りまく愛嬌なんて大っ嫌いだけど、でもトギの今の顔、すっごく可愛かった。
トギの事を好きな人があれを見たら、いっぺんで惚れ直しちゃう」

その声に指のおしゃべりも忘れて、耳まで真っ赤になったトギを見て、恋愛方面には鈍い私にもピンとくる。
「･･････いるの？！」

私の大声に、トギがぶんぶんと首を振った。
「嘘だ、いるんだ！！ねえねえ誰よ、私の知ってる人よね？」
そんなのいない！
「えーーっ隠さないでよ、ねえねえ」
しつこいってば！！

怒ったみたいに大きな音で椅子から立ち上がって、私をきっと睨む目。
トギは机の上にあった紙を取り上げて、まだ座ったままの私に突き付けた。
そしてそれを乱暴に折りたたんで懐にしまい込んで、
そんな事これ以上言ったら、絶対に協力しないから！！
指でそう言って、ぷいっと顔を背けて部屋から出て行く。

でも分かる。分かっちゃうの。きっといるのよね。

だって薬草や薬湯が何より大切だったはずのトギが、作業途中のすり鉢を置き忘れたまんまだもの。
ぽつんと残されたまんまの明るい窓際のすり鉢に近寄って、中を覗き込む。
きれいにすられたその中身。

すりこぎ棒を摘まんで、私は1人になった部屋の中で、いつまでもくすくす笑った。

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