窓の外から部屋を照らす紅葉越しの紅い陽射しの中でも、向き合う医仙の顔色の悪さは隠しきれぬ。
真直ぐな方だ。妾の我儘のせいで、きっと心を痛めていらっしゃる。
大護軍に黙っている事も、周囲の者たちを巻き込んでいる事も。
申し訳なさに頭が下がる。
それでも妾はどうしても、この方と大護軍の婚儀に参列したい。
己の婚儀で果たせなかった夢を果たしたいからだろうか。
愛し合う二人が挙げる婚儀を覗きたいからだろうか。
そんな事ではない気がするのだ。
妾の時には、最初から無理をし過ぎた。
あれ程長い間お慕いしていた、江陵大君とのお顔合わせ。
幼い頃の秋祭りで助けて頂き、初めて月の下でお会いし、馬車から手を引かれ共に逃げてより、ずっとお慕いしていた。
それなのに忘れられなかった妾とは逆に、あの方は妾の顔を目と鼻の先でご覧になっても、思い出して下さらなかった。
たとえ面紗でこの顔を覆っておっても、声も判らなかった。
そしておっしゃられた。一緒に行こうと、そうおっしゃりこの手を引いて下さった。
何故そうおっしゃったのかは、直に察しがついた。
この方は、妾を高麗の女子と思うていらっしゃる。
高麗語を話した妾を、貢女として元へ連れて来られた女子だと思うていらっしゃるのだ。
それでもどうしても添いたかった。
あの方以外に、妾が欲しい方などこの世には居らぬ。
あの方以外に添うならば、こんな命など意味はない。
それなら生まれ変わり、次の世で添い遂げたかった。
だから池に入って行った。
水の中で眠る睡蓮のように、せめて次の世で添える夢を見たかった。
冷たい水を搔く両の腕が重かった。
底に積もった泥の中を歩む脚が取られた。
纏った絹の衣はその水も泥も含んで、肩から垂れた。
それでも夢が見たかった。見られるなら倖せと思うた。
途中で気付いて大騒ぎされ、護衛に止められるまでは。
そしてやっと折れて下さった父君からの婚儀の後押しを、あの方が断れるはずがない事も、きっとどこかで知っていた。
そうして我儘を言って周囲を困らせ、ようやく添えたあの方。その婚儀の間中、あの方が妾をご覧になる事はなかった。
全ての侍女や侍従が下がった初夜の床の間。
あの方は婚儀の紅い面紗で隠していた妾の顔を初めてご覧になり、興味も無さげに目を逸らされた後。
ふと気づいたように振り返りこの顔を、この目をまじまじとご覧になった。
「何処かで会った事がありますか」
それが王様と妾の、心がすれ違うばかりの時間の始まる合図だった。
意地を張り、矜持を曲げられず、それを見透かされる事すら怖くて互いに傷つけ合った。
それでも心の奥底で、秋祭りの夜の幼い私が泣いていた。
お慕いしていると、何故言えぬ。
お逢いしたかったと、何故お伝えできぬ。妾の立場を利用されても良い、王様の役に立ちたいと。
王様のお側にいたいのです、離れたくないのですと、何故素直に泣きじゃくり、縋ってお願いする事が出来ぬのだ。
そう素直にお伝えするまで、王様のお肩にこの手で触れるまで、一体どれ程に遠回りをして来たか。
医仙にはそんな想いをして頂きたくない。
天界から遥か高麗までいらしたこの方に。
妾どころではない。
知る者とて一人もいない地上のこの国へ妾の治療の為に攫われて、それでもこうして戻って来られた。
ただ大護軍のみを愛され、そのお心のまま真っ直ぐに。
言葉にできないほど相手を想い、側にいるのに恋しいと思うのが、愛です。
心に痛いほどの大切な言葉を、教えて頂いた。
そんな想いの意味を御存知のこの方だからこそ。
だからこそ、お一人で御婚儀の席に立って頂きたくはない。
チェ尚宮もおる。無論典医寺よりの参列もあろう。皇宮中の皆が祝っている。己の事のよう喜んでいる。
それでも山河を超え国を超えて一人嫁す、心の支えは不要だろうか。
妾だからこそ何か出来る事があるのではないかと自惚れる。
淋しかった。慕う方と添いたかっただけなのに。離れた心がすれ違っている間、ずっとずっと辛かった。
そして心が通じたからこそ、もう二度と離れたくない。
そのお気持ちが、教えて下さった愛の意味が、身に沁みて判る。
あの時抱き締めて下さった医仙の胸の暖かさを、忘れられずにいるからこそ。
だからこの不器用だった妹からの御婚儀前の最後の我儘を、どうかお聞き届けくださいませんか。
王妃媽媽のお部屋内。
言葉少なに語り合う王妃媽媽と医仙のご様子を、部屋の隅から静かに見守る。
若い女人同士、そして御婚儀のあれこれとなく、そのお話は膨らんでいくことだろう。
尚宮として皇宮に仕え殿方との縁のなかった己には、全てを理解して差し上げる事は難しい。
けれどその己だからこそ、成せることも多い。
皇宮の隅々までの目配り。何処で湧くともしれぬ噂話の収集。
婚儀一般取り仕切るのはあの甥の役目だろうが、高麗大護軍ともと天界の医仙であれば、目を光らせても光らせ過ぎはない。
分かっておるからこそあの指輪を作った後に、あ奴はわざわざ私と迂達赤隊長に頭を下げた。
滅多どころか全く晒さぬその肚裡を打ち明けてまで、ああして援軍を頼んだのだ。
元の奇皇后、トゴン・テムル。片腕を失くした徳興君。
敵がそれだけなら良いが、そうとばかりも言い切れぬ。
まして王妃媽媽と王様の、此度の婚儀への御参列の御意志は固い。
その噂が漏れでもすれば、いつ何処からどう狙われようと、全くもって不思議はない。
そしてあ奴の我慢もそろそろ限界だろう。
あの面倒臭がりが幾度も婚儀の陣を敷き直し、場所を変え日を変え、その上土壇場で秘密裡の作戦が立ったと知りでもすれば。
ああ、怒り狂うその姿が目に浮かぶ。
目立たぬよう騒がぬよう、媽媽と医仙のお話を右から左へ流しつつ、今成すべき事のみ考える。
媽媽の護り。 武閣氏に敷ける限り最高の護りの陣を。
王様の護り。 迂達赤隊長に任せれば問題は無かろう。
皇宮の雀どもの噂話を封じるなど、そもそも出来る事ではない。
そうであれば、何か目くらましの別の噂を流すが良いか。
それでは却って耳目を集め、騒ぎが大きくなるだけか。
ならば、まずは婚儀の日取りがばれなければ良い。
王様と媽媽が婚儀にお出ましになると知れたとて、日取りが分からねば襲いようもなかろう。
それならば、己が日を取り決めてしまえば良いのだ。
そしてこの口が漏らさねば、噂などたちようもない。
そうだ。私以上に適任者はおらぬ。
絶対に口を割らぬ者、そして婚儀を執り行う崔家の菩提寺の和尚様に繋ぎを取れる者。
貸しだな、ヨン。
甥のしかめっ面を思い描き、部屋隅に控えたまま私はにやりと笑んだ。

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叔母様~ 策士ねえ~
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流石です。
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さらんさん❤︎
きました、きました、きましたね!
われらが女子会リーダー チェ・コモ(≧∇≦)の登場、ありがとうございます❤︎
ヨンと同じで 口数少なく、控えめではありますが、此度の立役者としては打ってつけですし、内心 楽しくて仕方ないという感じですね(#^.^#)
力強い味方ほど、敵に回したら手強いですからね~。
ヨンの運命を握る鍵を持つ、最強の味方コモの動きから、目が離せません。
さらんさん❤︎
いよいよ明日は、新しいチュホンがやってきます。
サクサク動いてくれるでしょうか!