寿ぎ | 13

 

 

「・・・よくあ奴が黙って、医仙の外泊を許しましたね」

グスグスした鼻声で、叔母様がそう言った。
さっき典医寺に来て下さってからずっと気になっている。まるで泣き腫らしたみたいに、目が真赤だし。
「叔母様?」
「はい、医仙」
「もしや、お体の具合が悪いですか?ちょっと脈診しても」
「・・・結構です。問題ございません」

何故か少し慌てた様子で、叔母様が尚宮服の両袖をその背中に回す。
「でも鼻声だし、目も」
私の声に横のトギも、同意するように叔母様をじっと見て頷いた。
チェ尚宮様は風邪でもひいたのか、明日は大丈夫なのか。
心配そうに私を振り返り、トギがそう指で問いかける。
私が首を傾げると、叔母様がそんな私達をじっと見ている。

「医仙、トギ、本当に大事ない故」
「これでも医者ですからね、お体の調子が悪かったら」
「すぐにお伝えしますから」

叔母様も頑固な方だし、これ以上お伝えしてもなあ。そう思いながら私は渋々頷いた。
「約束ですよ?」
「はい」
自棄になったように低く唸る叔母様に、小さく笑う。
「そっくりですね」
「え」
「あの人と。あの人も最初の頃なかなか診察させてくれなくて」

何気なく言ったその言葉が何かのスイッチだったのか。
叔母様の目がみるみるまた赤くなって、私はぎょっと息を呑む。
「そっくり、なのですか」
「え、ええ」
震えをこらえるような叔母様の声に、思わずコクコク頷く。

「叔母様、まさかあの人とケンカでも」
その問い掛けに大きく首を振りながら、叔母様は息を深く吐いた。
「そうでしたか」
「は、はい」
「小さい頃に、私が初めてあれに剣を握らせました」
「・・・え?」
「兄に、あ奴の父に頼まれて。才有りやと聞かれて」
「叔母様」
「代々文官として名を継いだ東州崔公、崔 元直の跡取り息子を。崔家出自の逸れ者の武官など、己一人で良かったものを」
「・・・叔母様?」
「あ奴があれ程辛い思いをしたのも、元はと言えばあの時己が剣を握らせた所為だったのではないかと。
一度握らせればもう 二度と離さぬ子だと、分かっていたのに」

叔母様は赤い目のまま、力なく笑う。
「ありがとうございます、叔母様」
「・・・は?」

立ち上がり勢い良くお辞儀をすると、叔母様は涙も引っ込んだように仰天した顔で私を見つめた。
「叔母様のお蔭で今あんなに強い頼りがいある男性になって、高麗を、王様の事を守れるようになりました。
全部、叔母様のおかげです。ありがとうございます」
私はにっこり笑って、叔母様を見つめ直した。

「文官と言うのは、学者さんのような方々ですよね?」
「ええ、確かに」
「だったら、天門をくぐって私を迎えには来てくれなかったと思います。あの人じゃなかったら、私の事を見つけてくれなかったかも。
今頃全然違う人が、医仙として典医寺にいたかもしれないし。そう考えたら、そうですよ!
明日私が結婚できるのも、元はと言えば叔母様のおかげで。それを叔母様にお願いして下さったお義父様のおかげです」

私の能天気な声に呆気に取られたように、叔母様はじっと私を見て、そして次に笑い出した。
「・・・成程、そんな考え方も出来ますか」
「そうですよ!」
「悪い事ばかりではありませんね」
「もちろんですよ、何事も考え方次第です」
「縁結びが出来た、と」
「はい!だから、ありがとうございます」

私が笑うと、叔母様は私を見つめたままようやく頷いて下さった。
「あ奴が言うはずだ」
「・・・え?あの人、何か言ったんですか?」
「ええ」

ねえ、ヨンア。
何か言ったのね?でも、深く聞くのはやめておくわ。今の叔母様が、すっごく嬉しそうに笑ってるから。
きっとあなたはとてもいいことを言ったんだと思う。
明日から出来る限りあなたに秘密を持ちたくないし、あなたにも持ってほしくはないけど、でも今日は。

「そう言えば、医仙」
「はい」
笑いの収まった叔母様は、息を整えて私を見つめ直した。
「王様と媽媽の御列席が、あ奴に露呈いたしました」
「・・・・・・え?」
「もう知っております。明日王様と媽媽が婚儀にいらっしゃることを」
「お、怒ってましたか?」
「いいえ、全く」

叔母様は首を振って下さるけど。本当に?本当に、怒ってないの?
私に何も、言いたいことはないのかしら。責めないとしたって、聞きたいことはないかしら。
だって逆だったら、私なら聞きたい。どうして?って。

思わず黙り込んで唇に握った拳を当てて考え込む私を励ますように、隣からトギが私の肩をその指で叩く。

花束を、考えた。
秋桜、小菊、万年竹、管丁字、山茶花、美花蘭。
ウンスの言う通り、全て良い言葉を持つ草木ばかり。
明日の朝早く、庭に咲いてるもので花束を作るから待ってて。
「秋桜、小菊、万年竹、管丁字、山茶花、美花蘭ね。どんな意味があるの?」

勢い込んで聞くと、トギは少し笑って首を振る。
自分で時間がある時調べて。その方が勉強になる。
そう言ってわたしに、ぎっしり漢字で書きつけた紙を押し付けた。
「だからトギ、私漢字は苦手だって」

困り果てて漢字の列を見つめる私の卓向かいから叔母様の指が伸びて来て、その紙の端に触れる。
「拝見しても良いですか、医仙」
「ええ、もちろんです。なんて書いてあるか、教えてください」

叔母様の手にその紙を押し付けて頭を下げると、叔母様はその漢字を読み上げる。
「トギ、何と言ったか。秋桜」
トギが叔母様の言葉に大きく頷く。
「小菊」
トギが嬉しそうに私を見て、またコクコク頷く。
「万年竹に、管丁字、山茶花」
からかうような叔母様の声、トギは企み顔で笑い返す。
「留めに美花蘭か」

叔母様はその紙を小さく畳み、私の方へと卓の上を滑らせた。
「医仙」
「はい」
「ご自身で、お読みください」
「・・・叔母様まで、そんな・・・」

私が絶望的な声を漏らすと、トギと叔母様は目を見交わして笑う。
「トギヤ、お前がこの御二人をどう思うかがよく分かった」
その声にトギが嬉しそうに頷いた。
「感謝する」

二人にぴったりだと思う、だから選んだ。調べたらたくさんあって。
そう指で話し始めたトギに困ったように首を振り、
「済まぬな、まだその指は読めん」
そう言う叔母様に、トギが渋々頷いた。

「叔母様、だから読み上げて頂けると」
「いや、これはご自身でお読みになるべきです・・・まあ」
叔母様は卓の隅に片付けていた筆入れの蓋を持ち上げ、もう一度開いたその紙にいくつか点を付けていく。

「この草木がトギの選んだものです。医仙が読めずとも、あ奴ならば読めるでしょうが。
明日の婚儀の後、読ませてはいががでしょう」
そうしてもう一度トギと目配せして、クスクス笑う。

そうよ、ねえヨンア。
もう明日。今日一晩眠ったら、明日私はあなたの花嫁になる。
そして独身最後の夜を、こうして叔母様とトギと過ごしてる。
最後の最後まで、こんな風に準備に追われて。

だけど逢いたい。結婚する前に、きちんと言いたい。私だったら聞きたいって思うもの。
どうして王様と媽媽の事、秘密にしてたか。
そして知りたい。トギがどんな花を選んでくれたのか。私たちの結婚式のブーケのために。

うーん、ごめんヨンア。全部言い訳。本当は気になって仕方ない。
私はこうして叔母様とトギと一緒に過ごしてる独身最後の夜。
でもあなたは私たちの家、私たちの寝室で1人でいる気がする。
私だったら淋しいから、あなたが淋しいと思うのが我慢できないだけ。
やっぱりどうしても、あなたに逢いたいだけ。
明日から一生一緒にいるって分かってても、それでも我慢できないだけ。

 

 

 

 

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