寿ぎ | 23

 

 

叔母上の手に落ちた花の束は、庭の宴会場の卓の上に飾られた。

皆が振る舞い酒に口をつけ、呑む程に酔う程に無礼講となる。
広い庭の中、門からの人の出入りも途切れる事はない。
未だ中天に掛かる前の眩しい陽の中で、これ程賑やかになるとは。
「おめでとうございます!!」
「・・・何度目だ」
「何度でも言いたいんですよ!」

トクマンの声に顎で頷く。 奴は酔っておらん。それならまだ良い。
すれ違うたびそう声を掛けられるのは嬉しい。
嬉しいが、酔客のしつこさにはそろそろ痺れが切れる。

「目出てえなあ、なあ、ヨンアよ!」
酒臭い息で叫ぶ師叔の掌で、背を幾度も叩かれる。
「全くだよ、ほんとに目出度いよ旦那!!」
叫んで抱き付くチホの襟首をでかい手で掴み引き剥がしたヒドが、行け、とその眼で伝える。

俺が頷き歩き出すと、数歩も行かずに次の声が掛かる。
「大護軍様、俺はもう、嬉しくて嬉しくて」
「・・・ムソン」
「はい!」
「来い」

こいつの懐の中が心配になる。気軽に持ち運べるはずのないものが其処に納まっている。
王様がいらっしゃる。宴の盛り上がりの中、頃合いも良かろう。
低く声を掛けると
「はい」
浮かべた笑顔を拭ったように消し、ムソンは真顔に戻り頷き返す。

庭へと眸を走らせる。
今あの方は笑いながら庭の隅で料理を拵えるタウンとマンボ、そして武閣氏たちと共に、何やらつまんで嬉し気に頬を押さえている。
あの方のすぐ横には、テマンがトギと並んで立っている。
庭を抜けて届いた俺の視線に気づいたテマンが頷いてトギの手を取り、さり気ない足取りで一歩半、あの方へと寄る。

暫しなら問題は無かろう。
そう判じ、ムソンと共に庭を歩き出す。

火薬屋ムソン。こいつの肚も読み切れん。
底抜けに明るいと思えば、こうして俺の声を聞き分けて従う。
火薬を扱う男を野放しには出来ん。王様に楯突くならば考えものだ。
しかし少なくとも俺に対し、二心があるようには見えん。

出会った時からあの赤月隊の話を聞いても、そして碧瀾渡で俺の衣装の仕立てを手助けした折にも。
「ムソン」
「はい、大護軍様」
「天に仇成せば斬る」

玉座へ向けて庭を歩みつつ、周囲の酔客の耳に届かぬ声で告げる。
「大護軍様、俺は尊い方の事は分からない」
相変わらずだ、こいつは馬鹿ではない。俺の伏せ言葉の意味をこうして確りと分かって返す。

「俺はあなたを信じてる。それだけです。助けてもらった、感謝してる。
大護軍様の役に立ちたい。それ以外は正直言って、どうでも良いんだ」
「・・・そうか」
「はい!」

玉座の前で頭を下げると、王妃媽媽と御言葉を交わしていらした王様が御口を閉じ、御前の俺達へ向き直られる。
「如何した、大護軍」
「王様、折り入ってお話が」
「婚儀の日にも難儀であるな」
「この日故です」

声を切り、この眸を僅かに横のムソンへと移す。
「碧瀾渡のチェ・ムソンと申します。王様に御目にかけたきものを持参させました」

俺の声に続き頭を下げたままのムソンが慌てて懐へ手を突込むと、取り出した小さな銅の壺を王様ではなく俺の手に渡す。
その遣り取りをご覧の王様の目が眇められるのを視界の隅に認め、俺は受け取った壺を手に王様へと一歩寄る。
「失礼致します」

そのまま王様の御前で壺の蓋を開き、何も言わずに中身をご確認頂く。
玉座の周囲は禁軍と迂達赤。信頼できる者だけだ。
それでも不特定多数が出入りしている。何処にどのような耳目があっても不思議はない。

無言で開けた蓋の中の黒い粉、秋風に乗り鼻を掠める硫黄の匂い。
王様が覗き込んで微かに息を呑み、上げた御目が俺の眸を捉える。
その御目に無言のまま、小さく顎で頷き返す。

王様はそれを受けてもう一度ゆっくりと御目を落とし、次に竜顔をお上げになった時には、いつもの穏やかな御顔を装われる。
この方も大した方だ。
初めてお会いした時に俺に向かい、そなたは私が嫌いであろう、そう感情をぶつけて来られた方が。

現在の高麗であれば、火薬は欲しい。まさしく喉から手が出る程に。
元に対峙するにも、その元からの火薬に頼っていては勝ち目がない。
そして南の倭寇を殲滅するにも。まさにそれこそがムソンの望みだ。
「チェ・ムソンと申したか」
「は、はい。王様」

尊い方の事は分からんと大口を叩いた割には、緊張しているな。奴の枯れた返答の声に片頬で笑む。
それで良い。俺だけに忠誠を誓うより、王様への畏敬と感服の念があれば尚更に励めるかもしれん。
「一度チェ・ヨンと共に、皇宮へ来てくれぬか。この婚儀が総て滞りなく済んだ折には」
「はい。必ず」
「そうしてくれ。待っておる。委細はチェ・ヨンが伝えよう」
「はい。王様」

王様へご覧頂いた壺に蓋をし直し、ムソンの手へと戻そうと差し出すと、何故かムソンは首を左右へ強く振る。
「お前のものだ」
「いえ、大護軍様に持っててほしいんです」

御前で始まった小さな騒ぎに、王様が御首を傾げられる。
「婚儀で何かあったらって、俺じゃ緊張しちまって。幾らでも作れます。
これから大護軍様の為に幾らでも作ります。だから持っててください」

御前でそこまで言う奴があるか、この馬鹿が。
どうせ言うなら王様の御為に幾らでも作りますだろうが。

俺の呆れた息と王様が愉快気な息の音が、秋の庭に殆ど同時に重なった。

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    今日ぐらい… なんだけど
    今日だからなのね。
    背負うものが 多くて、大きい
    ヨン ほんと大変ですね。
    ウンスは ガーデンを楽しんでるし
    ちゃーんと 誰かが守ってくれてる
    任せられる人がいるって いいですね。
    もうちょっとしたら…
    ウンスのことだけよね♥

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    こんにちは♪
    私も何度でも言いたいです❤
    ヨン、ウンス
    本当におめでとう~~
    またヨンにムソンという 
    真の家族が出来ましたね♪
    嬉しいことです。

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    2人の周りには2人を思う人達で溢れていますね。それも、2人が周りの人達を強く思ってるから。きっと、運命も2人に味方してくれますよね。

  • SECRET: 0
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    さらんさん♥
    二人のことが大好きな大勢の人たちに
    囲まれての温かいがーでんぱーてぃ♥
    どんなにエグゼクティブなホテルよりも
    きどんなにきらびやかなドレスで集うよりも
    どんなに高価なシャンパンを抜くよりも
    思い出に残るはずです。
    それにしても…、待ちに待った自分の
    婚儀の最中にもしっかり仕事をしている
    ヨン…|д゚)。
    ああ…親しみを感じる~~♥
    あ、私の場合は“しっかり”ではなくて
    ヨロヨロと頼りなく…ですが(iДi)。
    成人式にちゃらけた派手な羽織袴で
    出席し、ぎゃんぎゃん大騒ぎしている輩に
    ヨンの凜とした姿を見せてやりたいです。

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