威風堂々 | 21

 

 

天門へ上がる丘の下。
街道沿いの村の厩へと二頭を預け、其処から徒歩で山道を上がる。
一歩ずつ近づくたびに、鼓動が咽喉までせり上がる。

横のこの方は涼しい顔で、鼻唄交じりについて来る。
緊張しているのは俺だけらしいと、この方の様子に息を吐く。
この方はまるで散策気分で
「ヨンアーぁ、歩くの早いってば」
そんな風に愚痴りながら、頬を膨らませて見せる。
「どうしたの、そんなに早く行きたいの?」
「・・・・・・ええ」
ようやく絞り出したこの声に、小さな足が止まる。

そして何を訊くより早く素早く眸の前へ回り込まれ、細い指がこの手首へと伸びる。
驚く間もなく手首が取られ、その暖かい指先がぴたりと当たる。
「ヨンア」
「・・・・・・はい」
「どうしたの」

低くなった声と共に次に指がこの頸へ、そして頬へと伸びる。
「どうしてこんなに緊張してるの?」

誰よりこの心と脈を知る方に、隠そうとして隠せる訳もない。
「御義父上と御義母上への、初めての御挨拶ですから」
「そりゃそうだけど」
その細い指がこの額に浮かぶ汗を拭ってくれる。
「だからって汗までかくほど?こんな寒いのに」

黙って頷き息を継ぎ、目の前のこの方の手を握る。
「行きましょう」
それだけを伝え、小さなその手を引いて歩き出す。

丘へと続く山道を上がり切る。その先は緩やかな下り坂。
足元の下草も瑞々しさを失い、軽い音を立て秋風に揺れている。
この方が足を滑らせぬよう歩を固め、ゆっくりと降りて行く。

下り坂、左手に見えて来るあの大きな影。
根元に腰掛け、この方の帰りを待った欅。
幹に凭れかかり大きな空を見つめ続けた。
風が吹き下草が揺れるたびに振り返った。

今年もその木の根元には、あの時の黄色い花が咲き誇る。
耳元に挿された黄色い花。拾い上げ瓶の中へ詰めた花。
血の匂いを和らげてくれるわ。あの時の声が蘇る。

今、吹く風の中には確かにこの方が居る。
戻りを待つまでも無く、いつも己の横に。
それがどれ程幸せな事か、痛いほど判る。
それを奪った事が、どれ程罪深い事かも。

大きく息を吐き、もう一度肚に力を籠める。
此処まで来ればすぐそこに待つ、石造りの朽ちかけた祠。
俺達の始まりだった、あの天界の門へ。

「・・・イムジャ」
門へと丘を上がりつつ、手を握ったままで声を掛ける。
「なあに?」
「もしも」

今こうして祠へ行き、もしもあの天門が開いたら。
そんな奇跡がもしも再び目の前で起これば。

けれど問うのも残酷な気がして、続く言葉が咽喉に詰まる。
期待だけをさせる気がする。一人きり帰せるはずなど無いのに。
この手を離す勇気など無いのに、その気も無いのに問うなど。

声を止めた俺の顔を横から見上げたこの方は此方を見つめた後に、その瞳を三日月の形に緩めた。
「絶対行かない、1人では」

この肚などとうに見通されている。
「あなたなら行かせられる?」
「いいえ」
「でしょ?同じよ、私も」

あなたなしでは、生きて行けない。
もう一人では朝は来ない。色は無く、季節は巡らない。
そしてその時は凍るだけは済まない。
あなたを探し永遠の昏い迷路の中で呼び続けるだろう。
此処にいると。早く戻って来いと。

あなたなしでは、生きて行けない。
同じだと言うこの方の心を信じる。

上り切った秋草の茂る丘、石塀に沿いこの方の手を引いて、俺達は最後の角を曲がる。

朽ちかけた祠は静まり返り、目前に小さく口を開いている。
蒼い光が眸を射る事も、足を止める強い風が吹く事も無い。
紅い靄が周囲を覆う事も、空を覆う黒雲も雨の気配も無い。

ただ秋の空の下、静かに其処にある石祠。

己の掌の中、握った小さな手が戸惑うように指を絡め直す。
「・・・どうしました」
「何だか不思議な気がして」
その声が、僅かに不安げに揺れる。

「不思議ですか」
「うん。ここに来るたび、いつも開いてたから」
確かにそうだ。そう度々訪れる場所でもない。
攫って来た時。奇轍から逃れて潜った時。そして此処へ戻る時。
いつでも門は光り、風は吹き荒れ、蒼い渦を巻いていただろう。

己とは逆だ。訪うといつも天門は押し黙るよう閉じていた。丁度今のように。
強い風が凭れたあの木の枝を揺らす度、下草が音を立てる度、心の底から叫ぶように祈った。
此度こそは開け。

しかし風は止み、音は止まり、待ち続けた小さな姿は戻らず、この眸は空へと戻った。

そうして待った。待って待って待ち続けた。

掌の中、握っている暖かな手を静かに離す。

下から仰ぐような視線に小さく頷き、そこから一人歩き出す。
そこに残したあの方の優しい目が、背に当たるのを感じつつ。

あの時。俺の背には王様がいらした。迂達赤らが並んでいた。
昏い闇の中に蒼白い光が渦を巻き、強い風が吹きつけていた。
その中を一歩一歩、祠へと進んでいった。

王命だ。神医を連れ帰る。

それだけを心で繰り返した。
入れるのか、見つかるのかと疑う事も無く。

だから此度も疑わぬ。この声が届くと信じる。
この世の何処よりも天界に近い、天の門の前。
これ以上に御挨拶に相応しい場所など思いつかない。

一歩、また一歩。

この沓の下、白茶け乾いた砂が鳴る。

一歩、また一歩。

目の前に、石造りの祠の口が近づく。

最後の一歩で足を止め、そのまま其処へ膝をつく。

地面に正座し姿勢を正した俺の後で、あの方が小さく息を呑む。
その音が聞こえる程に、天門の周囲は静かだった。
眩い光も無い。草木を揺らす風も無い。鳥の声すら聞こえない。

祠の前、乾いた土の上で俺は深くこの頭を垂れた。

 

 

 

 

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