威風堂々 | 61

 

 

右へ。
冷たい寝台に張った敷布が、体の下で捩れる。

左へ。
まるで白い土のよう味気ない布が頬に触れる。

また右へ。夜の寝台の上幾度も寝返りを打つ。
もうあの方は眠ったろうか。それともまだトギと話し込んでいるか。
今日の昼に逢ったのに、もう逢いたいのは何故だ。
あれ程呼んで頂いて、もうあの声を聴きたいのは何故だ。

久々の一人きりの寝台。護るあの方が今宵はおらん。
今頃は皇宮の中、典医寺の私室できっとのびのびと楽しんでおろう。
そうだ。俺とてここで手足を伸ばして眠れば良い。

寝台の上、思い切り手足を伸ばし大の字になってみる。
伸ばした軽い腕が、軽い胸が、途端に暖かな小さな重みを恋しがる。
枕の上で頭を振ってその雑念を振り払う。

寝てしまえば良い。寝てしまえばすぐに明るくなる。
窓の外さえ明るくなれば、もうすぐそこだ。
あの方を永遠に俺の妻とする、生涯一人の女人と誓う日は。

この窓の外さえ明るくなれば。
そう思いながら横たわり眺める窓の外。

窓から斜めに射し込む月光の筋。
寝台の足許を照らす光が消える朝は来ないような気がする。
窓の桟の隙間から覗く黒絹の空。
その空色が明の浅葱に変わる事は永遠にない気がするのだ。

明日だと思っていた。その明日が来なかったらどうすれば良い。
来ると思った朝が来なかったら。
戦場では幾らでもある事だろう。
また明日な、そう言って別れ明日を迎えられなかった奴がいる。

今夜は何故こんなに寒いのだろうか。
寒がりではない。寒がりなのはあの方だ。
あれ程温かな指なのに、夏が終われば寒い寒いと擦り寄って来る。
胸に当たるすんなりと小さな鼻先は確かに冷たくて、いつもそこに唇を当て温めたくなる。

眠れるのだろうか。俺がこれ程寒いのに、あの寒がりな方が。
いや、互いに子供ではない。寒ければ一枚掛布を増やせば良い。
そうだ。増やせばいい。これ程寒いなら。

そう思いつつ寝台から跳ね起きる。

そうだ、増やせば良い。
増やせば良いが宅に移る折、あの方の荷はどれ程典医寺に置いたままにしてあるのか。
もしも羽織るものも無く、増やす掛布も無ければどうするのだ。
誰があの方が眠るまで、腕の中で暖まるまでじっと待ってやるのだ。

夜着を脱ぎ捨て勢い良く寝台へ放り投げ、壁に掛かった上衣を煽って着込む。
胸の袷紐を結ぶ間すら惜しいと、この指先が焦れる。

ようやく最後に外套を羽織り、部屋の戸を蹴破るように開ける。
黒絹の夜空の下、静まり返った庭先。
浮かぶ銀の月、照らされる木々の影。
その中に戸を開けた音だけが余りに大きく響き渡る。
振り返りもせずに、沓脱石の上の沓へと足を突込む。

寒がりだから眠るまで。暖かくなった体を確かめるまで。
もしあの方が眠っていれば、静かに戻って来れば良い。

音を立てずに開ける門戸。足音を殺し駈け出した外。
遮るものもない一本道が、大路に向かって目の前に伸びている。

月に照らされた一本道。
門から僅かに離れた先に見慣れた小さな影を見つけ、この足も息も止める。

細い腕をいっぱいに伸ばして高い塀の端にようやく指先を掛けた影。
精一杯爪先立ちで塀向こう、立木の隙間からご自分の宅の庭を、明日婚儀を挙げるその庭を覗き込む影。

まるで今から夜盗に入ると、知らぬ者にはそう見える。
何をしているのだ。いくら宵の口、どれ程皇宮に近いとはいえ。

顔を上げて周囲を見渡し、大路とぶつかる辻に武閣氏の隊服の端を認め、安堵の息を吐く。
この視線に気づいた武閣氏が、向こう辻から頭を下げる。
守りは付いている。あの影がそれを知るか知らぬかは別として。

気配を殺して傍に寄っても気付く気配も無い。
俺の眸には十分明るい月光も、あの天界の灯に慣れた瞳には未だ十分な明るさではないのか。

三歩の距離まで寄り、ようやく薄闇の中から
「・・・イムジャ」
低く声を掛けると、この方は罠にかかった兎のように跳び跳ねた。
その細い腰を支えつつ、塀から倒れる小さな体を胸で受け止める。
「ご自分の宅を物色ですか」
「びっくりさせないで!!」
「熱心にご覧だったので」
「だってヨンアが来るなんて思わないもの!!」

この季節の宵には余りに薄い衣で、この方が小さく叫ぶ。
「来ると思わぬから覗いたのですか」
「だって、私」
「はい」
「勝手に決めちゃったけど、あなた1人ぼっちじゃない」
「は」
「私が泊まりに行っちゃったら淋しいじゃない。私なら淋しいもの」
「トギとぶーけの話を」
「うん、もうした」
「明日の巳の刻、ぶーけを持って戻るのでしょう」
「そうよ、もちろんそうだけど」
「典医寺なら安全です。皇宮の中ですし、キム侍医もトギもいる」

だからこそ寝台の上で暢気に寝返りが打てた。
寒さに跳び起きるまでは、そう思えたものを。
「淋しく、ないの?」
「は」
「ヨンアは私がいなくても淋しくないの?」
「・・・それは」
「淋しくて覗きに来た私が馬鹿だった!」

いきなり叫んで一本道を大通りへと走り出す小さな影を追う。
慣れぬ夜道でそんなに急に走れば。

「淋しくはない」

背後から伝えれば、すぐに足が止まる。
小さな背に悠々と追いつき、薄すぎる衣の上から己の上衣で包み込む。
懐の中へそうして閉じ込めると、その髪も肩もが固く冷えている。
「何故こんな薄着で」
「逢いたくていてもたってもいられなかったの! あなたは淋しくないのに勝手に来ちゃってごめんなさいね!」
「イムジャ」

淋しくないのは、いつも共にいるからだ。
二度と離れぬと知っているからだ。
淋しいではなくただ俺は。

「俺は、寒かった」

あなたがいなくて寒かった。一人の寝台で寒かった。
その声に後ろから抱き締めたこの方が、首から上を振り向ける。
「・・・そうなの?」
「はい」

懐にしまい込んだ何よりも大切な宝が、俺の熱で暖まっていく。
この体温を吸い込み、溶けるように緩やかに柔らかく。
あなたを暖められるだけで良い。そして今は俺も暖かい。
「戻りましょう。典医寺までお送りします」
「・・・ねえ、ヨンア?」

悪戯を思いついた幼子の顔で、胸の中、上衣に包んだこの方が言った。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

7 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    もう~ 一時も離れてたくない…
    (///∇///)重症かな?
    相手が気になって しかたない
    こっそり のぞきみウンス 可愛らしいわぁ
    あと ちょっとだね。
    ウンスのイタズラゴゴロ ?
    婚儀直前でも 楽しませてくれますね。

  • SECRET: 0
    PASS:
    チェヨン君たら、愛しいウンスちゃんが腕の中に居ないと眠れないだなんて~
    あまあま~。
    ウンスちゃんも、何やってるんだか。
    何かちょいワルな事を思いついちゃったみたい⁈

  • SECRET: 0
    PASS:
    いよいよ明日婚儀と思っていても、一晩でも離れているのは寂しいし、寒いですよね。
    普段からそのぬくもりを知っていれば尚更…
    2人揃って典医寺で婚儀前最後の素敵な夜を過ごすのかな❤️

  • SECRET: 0
    PASS:
    初めて、コメントします。
    色々な二次小説を読ませていただいてますが、さらんさんの物語、大好きです。
    他の方のものも含めて、初めてのコメントです。
    婚儀前日になり、この長い一年間のヨンの想いと、物語も佳境という感じで、とても感慨深いです。
    仕事と育児と家事に追われる毎日で、朝と夜の定期的な更新を、いつも楽しみにしてます。
    プライベートがお忙しく大変になられると思いますし、勝手なお願いですが、できれば、今後も末永くお話続けていただければとてもうれしいてす。
    寒い日が続いていますが、お体に気をつけて頑張って下さい。

  • SECRET: 0
    PASS:
    も~ウンス、可愛過ぎです。
    こんなにひたむきで一途なヨンの傍に居たら、そうしようと
    思って無くても可愛くなっちゃう気がします。
    婚儀ですね婚儀ですね、明日^^
    でも一生一度しかない婚儀の前夜、もう少しこの二人を
    覗いていたいです。
    さらんさま、いつもとびっきりのお話ありがとうございます!

  • SECRET: 0
    PASS:
    せつない。なんだかチェヨンが投獄されて、いつの間にかお守りのようになった小菊の入った薬瓶に口づけるシーンを思い出しました。
    速く明日になれ❗速く二人の幸せの姿がみたい❗でも、結局二人ともお互いがいないとさみしいですよね

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん❤
    ああ…なんという殺し文句…。
    「俺は寒かった」だとお~?!
    マシンガンで撃たれたようですよ、私…。
    いや、こんなマシンガンなら、いつだってどこからだって
    絶え間なく撃って欲しいですけどね(〃∇〃)。
    家を飛び出し、ウンスの元へと駆け出したヨン。
    ヨンが淋しいのでは…と思い、家に戻ってきたウンス。
    まさに以心伝心。相思相愛。
    はああ…、ヨン、私も寒いよおお…。……来ませんね、当然。
    さらんさん❤
    くまみやさんのクリパ予告に、さらんさんの玉稿が抽選で当たる!というクラクラする企画があるとか…!
    楽しみでなりません❤

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です