威風堂々 | 32

 

 

「何故じゃ」
窓の外、紅い葉の揺れる影を壁に映す媽媽の御部屋の中。
媽媽のお問いに言葉に窮し、顔を伏せる。
「答えよ、チェ尚宮」
「媽媽」
「大護軍は高麗の、そして王様の懐刀だ。そうだな」
「仰せの通りです」
「その婚儀に王様が参列されて、何がおかしい」
「媽媽。どれ程優れた者であれ、たかが兵です」

私の声に媽媽は御気分を損ねられたように、御背を伸ばされる。
「チェ尚宮」
「はい、媽媽」
「では王様はその”たかが兵”を御自身の懐刀に重宝とされていると、そなたそう申しておるのか」
「滅相もございません」
「身内贔屓をせぬのは感心だ。しかし謙遜も時には控えよ。
この高麗で大護軍以上に腕が立ち、国へ王様へ忠を尽くし信を貫き、義を立てる兵が何処におる」
「畏れ多い御言葉です」
「故にその大切な臣の婚儀に参列する。準備を整えよ」
「媽媽、しかし」

私の反論に柳眉を掲げ、真っ直ぐ伸ばした鶴のような美しい御首を巡らせ、王妃媽媽が此方をご覧になった。

御輿入れの後に皇宮へ入られたあの頃は、その御首には医仙の手当てした大きな白い布が当てられておった。
そんな瀕死のお怪我の後でも、王妃媽媽は気が御強くていらした。
キチョルの邸へ王様のお許し無しで乗り込み、医仙を奪い返そうとする程に。

こうして思い返すほど、当時から私はこの王妃媽媽にどれ程肝の冷える思いをして来た事か。
王様に面と向かって厳しい御声を掛けられる媽媽の気位の高さに。
そして一度仰ったら引く事を御存知ない、その負けん気の強さに。

あの甥の心情は分かっておる。自身の婚儀を政の場とはしないと。
しかし媽媽のおっしゃる通り。信を貫き義を立てるあ奴が、王様の御参列のご希望を断り切れるのか。

私事の筆頭である婚儀に王様が参列される。
即ちあ奴と医仙が政に加担する企てを持っておるのかと、肚黒い大臣どもに痛くも無い肚を探られる事になり兼ねん。

その婚儀に王様が御出席されるなら、大臣たちをどう納得させる。名分をどう立てる。
王様が御参列下さると判れば、大臣達も雪崩を打つように倣おう。あ奴ではなく、王様の御覚えを目出度くする為に。
あ奴が最も疎ましがり、嫌うやり方だ。

ならば奴に隠して算段を図るか。しかし王様が御列席される以上、守りの手を抜く事は出来ぬ。
誰にも隠して当日を迎える事など不可能だ。
かといって目の前の王妃媽媽が御意志を曲げるとも思えぬ。一度御口に出した以上その御決心は固い。

「大臣たちに示しがつきませぬ」
「それでは妾が、天界の姉上の婚儀に参列する」
「畏れながらこの高麗には、もう医仙はおりませぬ」

そうだ。医仙は表向き、もう居ない事となっている。
元との国交を正式に断絶したとて、医仙が生きていると判れば。
兄の敵と恨みつつその医術を手に入れるか、入れられねば弑すと、奇皇后が動かないとも限らん。
何しろ業の深い女人と見ゆる。そこまで深くなくば、奴婢同然の貢女の身分から元皇帝の愛妾にまで上り詰める事は出来ん。

婚儀に大臣が出る。医仙が人目に晒される。危険が増える。それをあの男が首を縦に振る訳が無い。
しかし己で選び仕えると決めた王様が婚儀に出るとおっしゃれば、正当な理由なしで首を横に振る男でも無い。

どちらかが折れれば丸く収まる。しかしどちらにもそれは望めん。
ならば甥の生涯一度の婚儀を優先してやるか。
それとも主としてお仕えする御二人に従うか。

もしくは。

「媽媽」
「何だ」
「大護軍と医仙が戻るまで、あと五日ございます」
「そうだな」
「畏れながらお伺い致します」
「申せ」
「此度は大護軍と医仙の婚儀故、もしもあの二人が王様の御参列を謹んで辞退すれば、御納得頂けますか」

媽媽は御口を結び、小首を傾げられる。
「・・・大護軍と医仙にお話した上で、それでも断られれば仕方あるまい。
但し理由が護衛の問題であれば、そなたが抜かりなく準備をして欲しい」
「大臣方には御参列の旨、伏せて頂けますか」
「無論じゃ。此度は王様の御気持ち、そして妾の身勝手で参列したいと言っておるのだから」
「畏まりました」

最後に頭を深く下げ、ついでに漏れた溜息を誤魔化す。
顔を上げると同時に媽媽の御部屋の扉外へ顔を向け、そこに立つ武閣氏を小さな声で呼ぶ。
「媽媽の御部屋の守に立て」

その声に扉が開き外の武閣氏副長が御部屋の中へと滑り込む。
その武閣氏とすれ違うように、扉から外へと足音を立てず踏み出す。

面倒だと口癖のように言うお主の気持ちもよく分かる。
しかしどれ程お主が面倒がっても、周囲は祝わずにおられぬらしい。
文句を言いつつこうして力を尽くそうとする自身も含めて。

行き先は迂達赤兵舎。とっ摑まえるはあの弟分。まずは家族が尽力するしかあるまい。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    媽媽~ なかなかの策士!
    直接ダメなら 身内から…
    しかも テマン!
    怪しい動きは 全て 媽媽でしたか~!
    うふふ ♥
    それだけ ヨンと ウンスの門出を
    祝ってやりたいとのお気持ち
    うれしいですよね~
    どうなりますやら ( ´艸`)

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    さらんさん、今日も素敵なお話をお届け頂き、ありがとうございます。
    ああ、媽媽…。
    頭の良い媽媽の理屈は、まったくその通りで…、さすがの伯母様もお断りすることができなかったのですね…。
    ひゃあ大変だあ(>_<)、ヨンには一切知らせずに、尊いお二人を無事に婚儀に招くことができるのでしょうか。
    どうしてこうも、さらんさんのお話はドキドキ、ワクワクすることが頻発するのでしょうか❤
    目が離せないではありませんか❤ヽ(^o^)丿
    大切な家族のテマンも、今回は大活躍で 大忙しで、実に頼もしい限りです。
    (#^.^#)

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