威風堂々 | 65

 

 

「来たよ、旦那!」
シウルが叫ぶとヨンに近寄っていく。
「なんだよ、もう一人の主役はまだか?」
チホがそう言い庭の中をぐるりと見回す。

良い顔をしておる。
辺りを払うような気を纏い、奴がゆったりと俺達を振り向く。

空が高い。陽も、風も、全てが透き通っている。
明るく眩しく、一点の曇りも無く。
見上げれば色付いた赤い葉が、陽射しに透けている。
何もかもが美しい。この俺ですらそう思う。
この世の全てが、お主とあの女人を祝福しているようだ。

それで良い。
お主はそれに相応しい。そしてあの女人もだ。お主ら二人共が、それに相応しい。

「来たか」
そうかかった奴の声に
「来ぬでか」
黒絹正装のその肩を、己の手でぼんと叩く。
「どうだ」

叩いた肩が強張っておるのに気づき、そのまま握る。
「・・・・・・ああ」
「言葉も出んか」
俺を見つめた奴が、聞こえないほど微かに呟く。

「怖い」
「何が」
問うた此方から眸を逸らし、その白い歯が唇を噛む。
「幸せにできるのか」

その言葉に鼻で笑ってやる。
「ならばやめるか」
お前は一瞬此方を見、そして咽喉で低く笑う。
「やめん」
「だろう」

そんなに体を強張らせるな。お主らしく居れば良いのだ。
誰にも奪われるな。 お主にしか出来ぬ事がある。そしてあの女人にしか。
お主ら二人を互いに幸せに導くのは、互いしか居らん。
何にも縛られるな。他人の言葉、世間の思惑。そんな物犬に喰わせてやれ。
誰が何を言おうと思おうと、お主が判っていれば良い。

 

兄者。見ておられるか。ヨンアが嫁取りですよ。お相手は天からいらした天女ときたもんだ。
兄者なら
「あいつらしい」
と言いますかね。それとも
「あいつに嫁か」
と心配されますかね。

ヨンアはえらく幸せそうですよ。

「師叔」
俺の側に寄ってきて、珍しく頭を下げるヨンが見えますかね、兄者。
もしここにいてくれればこいつは真っ先に飛んで行って兄者にこうして深く頭を下げたかったはずです。
考えたって仕方ない。分かってますよ。兄者はそんな女々しい事は大嫌いだって。
「えらく良い天気だな」
「ああ」
「兄・・・ムン・チフ殿が喜んでるんだろう」

黙って頷くヨンに、俺は笑う。
「おいおい、えらく緊張してるな。途中でぶっ倒れるなよ」

照れたように笑うヨンアを、兄者、見ておられるか。
こいつにこの笑顔を取り戻してくれた天女が、今日こいつの嫁になりますよ。

 

ここが大護軍様の邸だ。慣れない開京の町でもすぐに分かる。
あたりの空気が華やいでいる。高い塀向こうから嬉しそうな大勢の騒めき声が聞こえて来る。

門から駆け込もうとした瞬間に、門脇の雲突くほどの大男が黙って行く手を遮った。
目の前にはあの時選んだ黒絹緞子で仕立てた、銀糸の麒麟を胸に抱いた大護軍様が、すぐ近くの木の下に立ってるっていうのに。
「大護軍様!」

大男に道を遮られて門から俺が吠えると、その瞬間に大護軍様の両脇、二人の男が門を振り返った。
若い小柄な方の男が、袖口のうちに潜ませていた手刀を振り出す。
別の髭の年嵩の男が剣を構えて、大護軍様を護るように一歩出る。

その二人を抑えるように大護軍様が軽く手を挙げると、二人の男が頭を下げてそれぞれの場所へ一歩退く。
二人をそこへ置き、大護軍様がこっちへと足早に寄って来た。
「コム、良い」
「ヨンさん」
「こいつはムソンという。碧瀾渡の火薬屋だ」

その声を聞いて大男はその体に似合わない優しい目で大護軍様をじっと見て、それから俺に頭を下げた。
「済みませんでした」
「いや、構わないんだ。俺が早く着きすぎた」
「全くだ」
呆れたみたいに大護軍様がぼそりと呟く。

「何だってこれほど早い」
「いや、落ち着かなくて。朝早々に碧瀾渡を発っちまいました」
「・・・お前な」
「はい、すいません!」
「構わん」
大護軍様はそう言って、俺へと一歩寄ると低く尋ねた。
「新しいものは、持って来ているか」
「はい」
俺が懐を衣の上から軽く押さえると、大護軍様の目が満足そうに光る。
「丁度良い。絶対に身から離すな」
「はい」

その意味もよく分からないまま、俺は頷いた。この人が離すなと言うなら離さない。それが正しい。
それだけできっと全てうまく行く。そんな気がする。

 

「和尚様、こちらになります」
止まった馬車から降りるのに、兵がそう言い手を差し伸べる。
乗り慣れん馬車からその手を借り、ゆっくりと降りる。
「わざわざ済まなかったね」
「とんでもない御言葉です」

馬車から降りる拙僧に、ここまで馬を走らせてくれた若い兵は心から嬉し気に首を振った後、深く頭を下げた。
「本日の大護軍の御婚儀を、何とぞ無事に」
「分かっておるよ。案ずるな」
「どうかよろしくお願いいたします」
「うんうん」
そう頷いて若い兵の後に従い、邸の庭へと抜ける。わざわざ拙僧一人を迎えに、馬車まで出しおって。

秋の陽の溢れる庭の梔子の木の下。
見事な黒絹緞子に身を包み、久し振りに逢うあの男が凛と背を伸ばし佇んでいる。
幼い頃からそうだった。
父君ウォンジク殿に連れられ参拝する時も。事有る毎に訪れた崔家での顔合わせの折も。

遥か遠くまで見渡せるような良い目をしていた。
そして事に手を抜かぬ意志の強い眉をしていた。
母君を亡くした折には父君を支えるよう、無言で添っていた。
そして父君を亡くした折は、仏前で無言で背を伸ばしていた。

変わっておらん。その最後に逢った時から十余年が過ぎても。
ご両親の墓前に、折々に手向けられた花。
この男が供えたのかは判らんが、優しい花の色は覚えている。

「ヨンア」
拙僧の声に振り向いて、黒々とした眼が懐かし気に緩む。
そこから大きな歩幅で此方へ歩み寄る様子も変わらぬ。

幼い頃から、実に姿勢の良い子であった。
此方を臆せず真直ぐ見つめる子であった。
今こうして歩み寄るその姿に、幼い頃の姿が重なる。
ここまで幼い頃の面差しを残し変わらぬ子も珍しい。

「和尚様」
「久し振りだな、息災でおったか」
「はい」
「何よりだ。父君も母君もお慶びであろう」
「ありがとうございます」

ゆっくりと頭を下げるヨンに頷きながら、今しがた迄この男が立っていた木を目で示す。
「良い木の下を選んだな」
「・・・は」
この目を追って肩越しに今迄佇んでいた木を振り返るヨンには、拙僧の言葉の意味が判らぬ様子だ。
「あの木の意味を知らぬのか」
「不勉強なれば」

何とまあ。こんな事もあるのだな。てっきり知っていての験担ぎかと思ったが。
この変わらぬ男が伴侶に選んだ女人とは、余程の縁があるに違いない。
「教えてしんぜよう」
「はい」
「梔子とは倖せを運ぶとされておる吉祥木だ。その示す意味は」

噴き出すのを堪えつつ、拙僧は小声で呟く。
後で必ずヨンの叔母尚宮殿、あのエスクにも伝えてやらねばな。

「私は幸せ者です、というのだ」

秋の朝の陽の中で男の頬がほの紅く染まる。
困ったように少し俯く、そんな様子もあの頃のままだ。
「・・・和尚様」
「何だね」
「仏間へご案内致します」

戸惑う声に笑んで頷き、先に立って歩き出す黒絹の背を追い、立派な宅の玄関口へと歩を進める。
前を行くヨンに向け、その庭に居合わせた皆が微笑んで頭を下げる。

こんな処も変わっておらん。
あの頃から周りの子たちを率いる、不思議な魅力のある子だった。
元来無口な上に力で捻じ伏せるでも無いものを、周りの子らはヨン、ヨンと呼んで慕ってついて回ったものだ。

変わらぬ教えがここにある。
こうして成長した男の中に息づいておる。

懐から取り出した数珠を掌へと通し、小さく頭を下げる。
幸せになれ。知らぬままにあの木の下を選んだように。
欲も無く唯ひたすらに、来世の縁を結んだ女人と共に。

今日の婚儀が永久の縁を結ぶよう、拙僧も精一杯勤めさせて頂こう。

 

 

 

 

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