威風堂々 | 34

 

 

「護軍」
康安殿の私室に呼び出される事など、そうはないのだろう。王様の御身周りを直接護る迂達赤とは違う。
皇宮全体を守る役目の禁軍鷹揚隊では、例えヨンに次ぐ位の護軍とはいえ、王様より直々の御声掛けなど滅多にあるものではない。

王様に呼び掛けられたアン・ジェという男は緊張した面持ちのまま、その御声に
「はい、王様」
直立不動で王様の前、階の下へ立ち深く首を垂れた。

アン・ジェ護軍の一歩後ろへと控え、私も同じく頭を下げる。
「そう緊張するでない。余の用で呼び出したのだ」
「とんでも御座いません」
「委細は聞き及んでおるか」
「いえ、全く」

成程、テマンは相当に義理堅いと見える。内密にと言った声を確りと守って呼び出したか。
「王様」

私の声に王様がこちらへ御目を移す。
「どうした、チェ尚宮」
「迂達赤の大護軍の私兵には、民の様子をご覧になる為、王様が隠密にお出掛けになると話を通しました。
故に禁軍の護りが付くと。また婚儀中に配慮させぬよう、大護軍には絶対に伝えぬように」
「それは良い。大護軍の婚儀の式場で実際に民と語らえば、嘘にはならぬ」
「はい」
「と言う事だ、護軍。余は民と語らう為、大護軍の婚儀の日に 王妃と共に皇宮より出る。
行先は大護軍の婚儀の場。理由はその日、そこが開京で最も安全だからだ。但し外出の予定は大護軍には内密に」

護軍は心得たように頷いた。
「畏まりました」
「実は、大護軍の婚儀に参列したい」
「はい」
「しかし護軍も存じておろう。大護軍が素直に応じるとは思えぬ」
「はい」

いささかも動じず頷いた護軍に噴き出すのを堪え、何食わぬ顔で頭を下げたまま立ち続ける。
ヨン、確かにこの男もお主の事をよく知っておるようだ。
石頭の堅物で、医仙さえ守れれば己の事などどうでも良いと。
王様に御参列頂く誉れより、医仙を危険に晒さぬ道を選ぶと。

「故に余の参列は、能うなら当日まで大護軍には伏せたい」
「はい」
「出来れば大臣たちにも行先は伏せたい。隠密と言う事でな。当日は禁軍に守ってもらいたい。
迂達赤は大護軍の式に参列するであろうから」
「・・・王様。実は」

そこまで聞いたアン・ジェはさも言い辛そうに口を開く。
「我々禁軍でも・・・大護軍に祝いを述べたいと言う兵共が・・・」

・・・まさか。

「無論皇宮の歩哨を除き、当日は総力を挙げ王様をお守りします。
しかし行き先が迂達赤大護軍の婚儀と露呈すれば、非番も含め我先にと護衛の志願の兵が、殺到するかと・・・」

あの男。あの男、何処まで抜け目がない。いや違う、そうではない。あの男はそんなつもりではない。
ただ愛おしい女人を死に物狂いで護り、その為に必ず生きて帰る、そして率いる兵を全員生きて帰そうとしているだけだ。
それが兵に伝わっているだけだ。己も愛おしい者の為生きて帰ると。
あの男に従いていけば生きて帰れると、無条件で信頼している。

己でも兵を率いるからこそ分かる。口で百の綺麗言を並べるより、無言の行いが兵の心を掴む。
そしてそうした者が最も強いのだ。無言で部下を従える長、無言で長を信頼し従いて来る部下。

アン・ジェ護軍の声に暫し目を丸くされた王様は、やがて階の上で龍袍のお袖にお顔を隠し、小さく御体を揺すり始めた。
「ちょ、王様」
脇に控えた筆頭内官アン・ドチ殿が、驚いたように王様へと駆け寄る。
「王様、いかがされました。御気分でも」
「・・・いや、違うのだ」

王様はお袖から顔を上げ御首を振られた。浮かぶ笑みを押さえようと、まだ御声を揺らしながら。
「護軍」
「はい、王様」
「そなたも真先に志願しそうだが」
「・・・お許しいただけますか。王様の事は、必ず御守り致します」
「もちろんだ」

王様は息を整えられつつ、大きく頷いた。
「これ程心強い護衛もそうはない。何しろ皆、志が一緒だからな」

そこで王様の脇、心配そうにご様子を案じていたアン・ドチ殿が頭を下げる。
「王様」
「何だ、ドチヤ」
「出来れば、私も王様の外出の御供を・・・」
「・・・無論構わぬが。何だ、そちも大護軍に祝辞か」
「はい。王様と王妃媽媽を御守り頂く為、大護軍様には医仙様と是が非でもお幸せになって頂かねば」

ヨンア。 確かに思っておった。皆お主ら二人の倖せを祈っている。
しかし私が思った以上に、皆と言うのは広く大きな輪だったらしい。

お主が幾ら面倒だとその顔を顰めようと怒鳴りつけようと無駄だ。
何しろ周囲の者たちは王様のおっしゃる通り、志が同じなのだ。
当日はせいぜい医仙と共に、対応に追われるが良い。
もし許されるなら皇宮の面々の半分は駆け付けたがろう。たかが一兵の婚儀の場にな。

当日の手順を練り始めた王様とアン・ジェ護軍の交わす声を耳に、私は既に幸せな気持ちで、一人その場に立っていた。

 

 

 

 

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