威風堂々 | 11

 

 

「馬鹿者が」
私の声に頭を振りながら、脇のヨンが此方を見遣る。
なかなか良いところを突いてくる。
己ではなく、医仙に相手が居るかと思うあたりが全く見当外れではあるがな。

「天地が返ろうとも、そんな事があるものか」
「嘘は吐く、庇い立てはする。一体何だ」
「何もない」
「叔母上」
「ヨンア」
諌める声に、横のこ奴が黙り込む。
「そんな下らぬ事は、絶対にない。お前はそのままで良い」

今更思い出す必要も、傷つく必要も無い。
ただ記憶の中、懐かしい景色だけ思い出せ。
そしてせいぜい気を揉んでおれ。愛おしさ故の見当違いな悋気を抱いて。

お主には悪いが、その方が余程平穏というものだ。
お主が万一にも、あの辛さを思い出すくらいなら。
「・・・そうか」
「ああ。取りあえず、婚儀はどうする」
「王様にお願いしてある。近々天門へ行く」
「式次第は取り決めたか」
「・・・まだだ」
「何処まで暢気者なのだ!」
「菩提寺で和尚様に法話を頂く。その後はあの方の望み通り、がーでんの宴とやらを執り行う。
その後は、旅だそうだ」
「一体どれ程長く、開京を空けるつもりだ」
「あの方の望む事だ。叶えてやりたい」
「色惚けが」

低く放った怒号にこ奴の眸が戻る。
「良いんだ」
「お主は良くともな」
「叔母上」
低く呼ぶ声に目を合わせると、目の前で首を振りつつこ奴は呟いた。
「どれ程長く、この平穏が続くか」

元の事か、倭寇の事か、それとも紅巾族か。
その頭の中には常に、国の事、民の事、王様の事、戦の事が在る。

「だからこそ望む事は、今のうちに」
奇轍が凍え死に、徳興君が腕を失くし、元の国内が乱れ、紅巾族が、倭寇が攻め込んで来ぬうちに。
新たな敵が再び現れぬうちに。

美しい秋の穏やかなうちに。冬の嵐の来ぬうちに。

因果な男だ。

思わず顰めた眉に気づいたか、こ奴は小さく笑んだ。
「叔母上が心配する事ではない」
「そうだな」
「チュンソクが居る。アン・ジェも禁軍も官軍も。北方には国境隊、南方に都巡慰使。
双城総管府からの兵。城下に手裏房が居る。
巴巽村で鍛冶に武器防具を作らせている。碧瀾渡では新たな火薬を。
今これ以上に出来る事はない」
「・・・ただの色惚けではないわけか」
私の声に、こ奴が無言で首を捻る。
「よくも其処まで、手を広げたな」

人づきあいがうまい男ではない。世辞も言えず、ただ正面突破しか知らぬ、この不器用な男が。
喜んで従いて来るのは迂達赤くらいだった男がいつの間にか、立派な高麗の迂達赤大護軍ではないか。

「俺の手柄ではない」
嬉し気に目許を緩め、こ奴は言った。
「全てあの方のお蔭だ。誰も彼も味方に付ける」
「・・・そうか」
「ああ」
これ程に穏やかに、断言する姿など見た事はない。
「ヨンア」
「何だ」
「絶対に、離すなよ」

離すな。お前は気付いておらぬだろうが。
全てが医仙の手柄ではない。医仙と出逢い変わったお前もまた、誰も彼も味方に付けている。
医仙だけがどれ程に上出来でもお前にこそ従いたいと思わねば、人は絶対に従いて来ぬのだ。

この声に片頬でほんの小さく笑むと、こ奴は抜け抜けと言い放つ。
「誰が離すか」

そう来るだろうと思うておったわ。
呆れて息を吐き、三和土に下した腰を上げる。

全て忘れろ。医仙と出逢う前の辛かった事など。
思い出せ。明るく優しい、懐かしい風景だけを。
その心のまま、目の前の倖せのみを追い掛けろ。
二度と死んだように生きるな。死に場所など求めるな。
生きて行くと、生き続けて護ると言った声を忘れるな。

あの方無しでは、生きられない。

そう告げた、あの時正にこの部屋で告げた声を忘れるな。

あれから六度目の秋、お前達の悲願が成就する。
「婚儀で、私に出来る事があるようなら伝えろ」
「・・・ああ」

頷く声に背を向け、部屋を出ようと扉へ続く階へ寄る。
「叔母上」
背から掛かった声に歩を止め、首から上のみ振り返る。
「あの方の愚痴を」
「分かっておるわ。聞いてやる。任せろ」
「・・・頼む」

駄目だ。やはりこいつは色惚けておる。私は首を振り、足早に扉への階を上がった。

 

 

 

 

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