威風堂々 | 3

 

 

闇に溶ける黒い隊服。昇る幾つもの赤い月。
曙の中、こうして夜空とそして月を眺める事が出来る。

俺達は暁闇の中で、焚火を囲んで笑っている。

闇に紛れその日の作戦を成し、泥だらけで拠点へと戻る明方。
川でこの身が切れる程に冷たい水を浴びて泥を落とし、ようやく浅く短い眠りを貪る前に皆で焚火を囲む時刻。

夢なのだと分かっている。何故なら其処にあの頃の俺がいるから。
若く無邪気でこの後起こる事など知らず、能天気に笑っている。

その愚かな俺の隣にメヒがいる。

なあ、メヒ。俺は今、こんなにも倖せだ。
残酷な言葉かもしれない。でもお前なら分かってくれるだろう。

焚火に頬を輝かせて、お前が笑う。目だけで小さく静かに。

とても倖せだ。ごめんな、だけど本心だ。

隊長がいる。皆がいる。
一番倖せだと信じていた頃の俺達が赤々と燃える焚火を囲み、思い思いに寛ぎながら笑っている。

隊長がいて、お前がいて、皆がいた頃。
その総てを喪って、心の奥まで凍りついた。溶かしてくれた暖かさを俺は忘れない。

隊長がいて、お前がいて、皆がいた頃。
あの日に戻る為に一日も早く命を終えたい。そう思っていた俺は、今はもういない。

隊長にも、皆にも、お前にもいつか会える。
絶対に会いたい。そして皆に会ってほしい。
俺が力の全てを懸け護る方、この命を懸け愛するあの方に。

隊長なら、皆なら、お前ならきっと判ってくれるだろう。
何故これ程までにあの方に惹かれてやまぬか。
何故この全てを懸けてもあの方を愛するのか。

全て喪い凍った俺に暖かさを思い出させてくれたからだ。
守ると伝えた声を、そのまま信じて下さった方だからだ。
巡り巡る時の中で出逢い、そして幾度離れても追うからだ。

重過ぎる言葉を遺した隊長を、俺だけを遺したお前を恨まない。
そんな想いも全て抱えて生きろと、前へ進めと教えて下さったあの方がいる限り、二度と振り返る事はない。

夢の中でもこうして隊長に、お前に、皆に会えるだけで倖せだ。
そしてこの倖せもあの方が今の俺に思い出させてくれた。
だから会ってくれ、いつかこの先、その時が訪れたなら。

会ってほしい、そうすればお前にも判るだろう。何しろ俺のあの方は結局誰も彼も味方にする。
隊長なら、皆なら、お前なら必ず判ってくれる。何故俺がこれ程に強くあの方に惹かれるのか。

あの方は今まで会った誰よりも生きているからだ。人目も気にせず縛られる事も無く、諦めず。
生きている。それも今まで知る誰よりも輝いて。

たとえ夢の中とても未だにこうして心は痛む。
残酷な言葉かもしれん。それでも俺は倖せだ。
全てで護ると心から叫べるあの方に逢えた事。

「・・・・・・メヒ」

ごめんな。俺はこうして一日一日、お前を忘れた。

静かに眸を開くと月の輝く真夜中の寝台の上。
揺れる焚火の焔の赤も、周囲を薄く照らした朝焼けも、やはりあの夢の中だけのものだった。

夢の中ですら追い掛ける俺のこの方は月明かりに照らされ、白い横顔で、この腕の中静かに息をしている。

その長い睫毛が震えたようで俺は慌てて眸を閉じる。
起こしたくはない。その夢の中でもう一度逢いたい。

 

あの人の苦し気な寝息に真夜中の寝台で私は目を開く。珍しい。いつもはほんとに静かなのに。
ぐっすり眠る私を起こすくらいだから相当長く、もしくは相当苦し気な息が続いていたんだろうか。

抱かれた広い胸の中。耳を押し当てて心音を確かめる。
特に乱れがあるわけじゃない。ステートなんて取り出して当てたら起きちゃいそうだし。
その手首を取って指先に神経を集めて読んでみても、特に心配な脈が出てるわけでもない。
ただ夢見が悪いのかしら。

眠るあなたの頬に、そっと指先で触れてみる。

ねえ。こんなに心配でも、夢の中にまでは忍んでいけない。
私に出来るのはこうやって緊張しながら、あなたの無事を確かめる事だけ。
そして次に黒い瞳が開く時、おはようって明るい声で笑って声を掛ける事だけ。

ヨンア。

大切で大切で、何にも代えられないくらい大切で。
そしてあなたのこの心音を守る為に、どれだけ勉強しても何かが足りないんじゃないかっていつでも不安で。
でも私が不安になればあなたは黙ってもっと心配するから。

いつも倖せでいて欲しい。いつも笑っていて欲しい。
そして思い出して欲しい。私がいつでもここにいる事。

どこにも行かない。あなたを置いてどこにも行かない。
あなたは私だけのものだって、皆に誓う日がもうすぐ来る。

ずっと愛してる。あなたの事は何があっても私が護る。
私はあなただけのものだって皆に誓う日が、すぐそこまで。

どうしよう、こんなに倖せでいいのかな。
あなたの腕にこうやって包まれて、心音を頬に感じて、黒い瞳が開いた時には必ず私を映してくれること。
ヨンア。そう声を掛けると、あの低い声が返って来る。

あなたと向かい合ってご飯を食べる事が。縁側に座っておしゃべりをする事が。
そしてたとえ戦場でも、一緒にいられる事が。

私が護る。あなたも、あなたの大切な人たちも。あなたの心も護りたい。その体だけじゃなくて。
頼りない腕でも抱き締めて、そして逃がさずに。こうすれば良かったって、後悔はしないように。

これから死ぬまであなたとそうやって一緒に歩いていきたい。
その最初の一歩を刻む日が、もうすぐそこまで。

あなたはどう思ってるのかな。
ちゃんと誓ってくれるって知ってるけど、それでも何しろ頑固だし。石頭だし、口数も少ないし。
その黒い瞳を見れば、何を考えてるかすぐにばれちゃうのに。

きっと照れるわね。皆に囲まれて、仏頂面で。
私が何か下手な事言おうものなら慌てて口を塞ぐはず。
でもそんな事したって無駄よ、盛大にみんなにバラすために結婚式を挙げるんだもの。

私はこの人を愛してるの、この人を傷つけたら私が黙ってない。何か文句あるわけ?
堂々とそう宣言するために、皆の前で誓うんだもの。

あなたが茫然とした顔で私を見る姿が想像できて、その頬を指先で撫でながら、思わず小さく吹き出した時。

「・・・・・・メヒ」

え?

ようやく穏やかになった寝息の下からそう呟いたあなたの声。
月明かりの中、あなたの頬をなぞる指先がぴたりと止まる。

指先も頭の中も白く冷たく震え始めるのを感じながら、深く大きく、深呼吸を繰り返す。

待って、待ってよ。
聞き間違いよね?
今この人、誰か女の名前を呼んだの?

メヒ。

今までこの人が紹介してくれた、全ての女性の顔を思い出す。

メヒ、メヒさん。思い当たる人は、誰一人いない。

寝言だから、そう聞こえるだけよね?
この人がとても大切そうに呼んだように思えるのは。

心臓が、痛い。やだちょっと、どうしたの。
まさか心臓疾患なんて、結婚式直前に嫌よ。
昔のドラマじゃあるまいし。不治の病、出生の秘密、階級差。
まして不倫なんて21世紀に下らないわよ。ううん。違うけど。ここは21世紀じゃないけど。

メヒ。

メヒさん。
・・・ねえ、ヨンア。
誰? メヒさんって、いったい誰の事?

その時あなたの静かな寝息がふと途切れて、その瞼が揺れる。私は急いで目を閉じる。

絶対にばれちゃ駄目。私は目を 出来る限り自然に閉じたまま、深く深く息を繰り返す。

動揺する睫毛が、ばれないように。

 

 


 

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